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第19話
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午後一番の早馬で、ミルドレッドの出奔に慌てたレナードとアダムス子爵から連絡が来た。
彼女がアダムスの邸を飛び出した理由が綴られたその2通の手紙に、ジャーヴィスは全く同じ文面で返事を書いた。
それから小一時間だけ邸で身体と馬を休ませたアダムス家の使者に、銀貨3枚と共に手渡した。
「これから半日何処かで休んでから、レイウッドへ帰れ」と。
その返信の文面とは。
『今朝、ミルドレッドが帰ってきた。
とても疲れている様子なので、体力気力が戻るまで、しばらくはこちらで面倒を見る。
そちらの問題は、そちらで解決していただきたい。
それまでミルドレッドは戻さない』
これまではレイウッドへの手紙には、美辞麗句を用いて文章をしたためていたジャーヴィスだったが、今回はそんな気は少しも起きなかったので、簡潔な愛想の無い文面だ。
彼は、ミルドレッドが長椅子でウトウトしながら、ぽつりぽつりとこぼした言葉を思い出して書いた。
「スチュ……女のひとが居たの……彼にそっくりな……
女の子も……これからは、わたしに……
おか……ね……かわりに……
もう……だれもしんじ……」
それはとても小さな声だったが。
はっきりと聞き取れて。
その内容に、側に付いて妹の手を握っていた母と、顔を見合わせた。
その後寝息をたて始めたミルドレッドを抱き、嫁入り前のままの状態の彼女の部屋まで移動した。
妹をベッドに寝かせて部屋を出ると、母が立っていた。
「さっきの……貴方はどう思ったの?」
「詳しい話は、ミリーが起きてからしか分からないので。
ただ信じられないとしか」
「わたしもよ、あのスチュワートに限って……
あんなにミリーに優しかったのよ、騙していたとは思えないわ」
「何人も同時に愛せる男は、大勢いますよ」
スチュワートがそのタイプの男とは思えなかったが、ジャーヴィスは敢えてそう言った。
母がどうしてそれほど、スチュワートのことを信じようとしているのか、聞き出せそうな気がしたからだ。
「彼にそっくりな娘……3歳ですって?」
「レナードからの手紙には、そう書いていましたね」
「彼が王都までよく会いに来ていたと、その女が言っているのよね?
それが信じられないの……
スチュワートは妊娠したミリーをどう扱えば良いのか、全然知らなかったのよ」
「母上は、彼と何か話していたのですか?」
「ミリーは妊娠して、夜以外でも時間関係なしに良く眠るようになったの。
それは妊娠初期特有の症状なんだけれど。
彼はそれを知らなくて、余りにもミリーが寝るから心配になって、彼女は以前から良く眠っていましたかと馬を飛ばして、わたしに尋ねて来たのよ。
それで説明して、出産間近になると反対に妊婦は眠れなくなるから、今の間に出来る限り寝かせてあげて、と教えたら」
「あぁ、それで……彼はいつもミリーを休ませようとしてましたね、過保護なくらいに」
ミリーが妊娠した頃に、スチュワートがひとりでウィンガムに顔を出したことは初耳だった。
「同居していたジュリア様は亡くなっていらしたから、他に聞く女性も居なくて、ここまで来たのよ。
先にお子様が誕生されていたカールトン様には、ミリーの身体についての話はしたくなかったと、言っていたわ。
それって、すごい独占欲だと微笑ましかった……
つまり彼の身近には、ミリーが身籠るまで妊婦は居なかった、じゃないかしら?」
「その女が主張するように、今でもよく会いに行っていたのなら、妊娠中の女の世話もしていただろうし。
心配はしなくてもいいと、知っていたはずですね」
「それに、可愛がっていたと言う娘に付けた名前が、実母から取ったメラニーでしょう?
彼は継母のジュリア様のことを、実の母のように慕っていたわ。
だとしたら、ミリーにも娘が生まれたらジュリアと名付けても不思議じゃないのに、彼にはそのつもりはなかったの。
男児だったら、アダムスの代々の名前を付けなくてはならないけれど。
女児だったら、ミリーが好きな花の名前を付けたいと言っていた。
あの子に内緒にして驚かせたいと、わたしに花の名前を聞いてきたのよ」
◇◇◇
ジャーヴィスは、レイウッドからの2通の手紙を繰り返し読み、考える。
スチュワートと義兄としての付き合いは、彼がミルドレッドと本格的に交際し始めてから結婚して、亡くなるまでの4年間くらいしか無いが。
高等学院では在籍が重なっていて、4学年下のスチュワートは真面目な奴だと、教師達からの評定は良かった。
それを知っているのは、ジャーヴィスは生徒会長を務めていたので、他の学年の生徒の素行情報を入手出来る立場だったからだ。
彼が在学中に女遊びをしているなんて話は聞いたことがなく、レイウッド領に帰ってからはそんな暇は無かっただろう。
もし、それがミルドレッドの誤解ではなく本当の話だとしたら、スチュワート・アダムスは二面性を持った稀代の詐欺師だ。
これは……レイウッドとの婚姻関係を解消するのに、使えるかもしれない。
どうせ向こうは、急に現れたスチュワートの愛人と娘をどう扱うか決めかねて、身内でバタバタするだけだろう。
それに水害で荒れた領内の整備も急がないといけない彼等は、直ぐには動けない。
アダムスよりも早く動いて調べる必要があると、ジャーヴィスは頼りになりそうな男を思い浮かべた。
彼女がアダムスの邸を飛び出した理由が綴られたその2通の手紙に、ジャーヴィスは全く同じ文面で返事を書いた。
それから小一時間だけ邸で身体と馬を休ませたアダムス家の使者に、銀貨3枚と共に手渡した。
「これから半日何処かで休んでから、レイウッドへ帰れ」と。
その返信の文面とは。
『今朝、ミルドレッドが帰ってきた。
とても疲れている様子なので、体力気力が戻るまで、しばらくはこちらで面倒を見る。
そちらの問題は、そちらで解決していただきたい。
それまでミルドレッドは戻さない』
これまではレイウッドへの手紙には、美辞麗句を用いて文章をしたためていたジャーヴィスだったが、今回はそんな気は少しも起きなかったので、簡潔な愛想の無い文面だ。
彼は、ミルドレッドが長椅子でウトウトしながら、ぽつりぽつりとこぼした言葉を思い出して書いた。
「スチュ……女のひとが居たの……彼にそっくりな……
女の子も……これからは、わたしに……
おか……ね……かわりに……
もう……だれもしんじ……」
それはとても小さな声だったが。
はっきりと聞き取れて。
その内容に、側に付いて妹の手を握っていた母と、顔を見合わせた。
その後寝息をたて始めたミルドレッドを抱き、嫁入り前のままの状態の彼女の部屋まで移動した。
妹をベッドに寝かせて部屋を出ると、母が立っていた。
「さっきの……貴方はどう思ったの?」
「詳しい話は、ミリーが起きてからしか分からないので。
ただ信じられないとしか」
「わたしもよ、あのスチュワートに限って……
あんなにミリーに優しかったのよ、騙していたとは思えないわ」
「何人も同時に愛せる男は、大勢いますよ」
スチュワートがそのタイプの男とは思えなかったが、ジャーヴィスは敢えてそう言った。
母がどうしてそれほど、スチュワートのことを信じようとしているのか、聞き出せそうな気がしたからだ。
「彼にそっくりな娘……3歳ですって?」
「レナードからの手紙には、そう書いていましたね」
「彼が王都までよく会いに来ていたと、その女が言っているのよね?
それが信じられないの……
スチュワートは妊娠したミリーをどう扱えば良いのか、全然知らなかったのよ」
「母上は、彼と何か話していたのですか?」
「ミリーは妊娠して、夜以外でも時間関係なしに良く眠るようになったの。
それは妊娠初期特有の症状なんだけれど。
彼はそれを知らなくて、余りにもミリーが寝るから心配になって、彼女は以前から良く眠っていましたかと馬を飛ばして、わたしに尋ねて来たのよ。
それで説明して、出産間近になると反対に妊婦は眠れなくなるから、今の間に出来る限り寝かせてあげて、と教えたら」
「あぁ、それで……彼はいつもミリーを休ませようとしてましたね、過保護なくらいに」
ミリーが妊娠した頃に、スチュワートがひとりでウィンガムに顔を出したことは初耳だった。
「同居していたジュリア様は亡くなっていらしたから、他に聞く女性も居なくて、ここまで来たのよ。
先にお子様が誕生されていたカールトン様には、ミリーの身体についての話はしたくなかったと、言っていたわ。
それって、すごい独占欲だと微笑ましかった……
つまり彼の身近には、ミリーが身籠るまで妊婦は居なかった、じゃないかしら?」
「その女が主張するように、今でもよく会いに行っていたのなら、妊娠中の女の世話もしていただろうし。
心配はしなくてもいいと、知っていたはずですね」
「それに、可愛がっていたと言う娘に付けた名前が、実母から取ったメラニーでしょう?
彼は継母のジュリア様のことを、実の母のように慕っていたわ。
だとしたら、ミリーにも娘が生まれたらジュリアと名付けても不思議じゃないのに、彼にはそのつもりはなかったの。
男児だったら、アダムスの代々の名前を付けなくてはならないけれど。
女児だったら、ミリーが好きな花の名前を付けたいと言っていた。
あの子に内緒にして驚かせたいと、わたしに花の名前を聞いてきたのよ」
◇◇◇
ジャーヴィスは、レイウッドからの2通の手紙を繰り返し読み、考える。
スチュワートと義兄としての付き合いは、彼がミルドレッドと本格的に交際し始めてから結婚して、亡くなるまでの4年間くらいしか無いが。
高等学院では在籍が重なっていて、4学年下のスチュワートは真面目な奴だと、教師達からの評定は良かった。
それを知っているのは、ジャーヴィスは生徒会長を務めていたので、他の学年の生徒の素行情報を入手出来る立場だったからだ。
彼が在学中に女遊びをしているなんて話は聞いたことがなく、レイウッド領に帰ってからはそんな暇は無かっただろう。
もし、それがミルドレッドの誤解ではなく本当の話だとしたら、スチュワート・アダムスは二面性を持った稀代の詐欺師だ。
これは……レイウッドとの婚姻関係を解消するのに、使えるかもしれない。
どうせ向こうは、急に現れたスチュワートの愛人と娘をどう扱うか決めかねて、身内でバタバタするだけだろう。
それに水害で荒れた領内の整備も急がないといけない彼等は、直ぐには動けない。
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