20 / 58
第19話
しおりを挟む
午後一番の早馬で、ミルドレッドの出奔に慌てたレナードとアダムス子爵から連絡が来た。
彼女がアダムスの邸を飛び出した理由が綴られたその2通の手紙に、ジャーヴィスは全く同じ文面で返事を書いた。
それから小一時間だけ邸で身体と馬を休ませたアダムス家の使者に、銀貨3枚と共に手渡した。
「これから半日何処かで休んでから、レイウッドへ帰れ」と。
その返信の文面とは。
『今朝、ミルドレッドが帰ってきた。
とても疲れている様子なので、体力気力が戻るまで、しばらくはこちらで面倒を見る。
そちらの問題は、そちらで解決していただきたい。
それまでミルドレッドは戻さない』
これまではレイウッドへの手紙には、美辞麗句を用いて文章をしたためていたジャーヴィスだったが、今回はそんな気は少しも起きなかったので、簡潔な愛想の無い文面だ。
彼は、ミルドレッドが長椅子でウトウトしながら、ぽつりぽつりとこぼした言葉を思い出して書いた。
「スチュ……女のひとが居たの……彼にそっくりな……
女の子も……これからは、わたしに……
おか……ね……かわりに……
もう……だれもしんじ……」
それはとても小さな声だったが。
はっきりと聞き取れて。
その内容に、側に付いて妹の手を握っていた母と、顔を見合わせた。
その後寝息をたて始めたミルドレッドを抱き、嫁入り前のままの状態の彼女の部屋まで移動した。
妹をベッドに寝かせて部屋を出ると、母が立っていた。
「さっきの……貴方はどう思ったの?」
「詳しい話は、ミリーが起きてからしか分からないので。
ただ信じられないとしか」
「わたしもよ、あのスチュワートに限って……
あんなにミリーに優しかったのよ、騙していたとは思えないわ」
「何人も同時に愛せる男は、大勢いますよ」
スチュワートがそのタイプの男とは思えなかったが、ジャーヴィスは敢えてそう言った。
母がどうしてそれほど、スチュワートのことを信じようとしているのか、聞き出せそうな気がしたからだ。
「彼にそっくりな娘……3歳ですって?」
「レナードからの手紙には、そう書いていましたね」
「彼が王都までよく会いに来ていたと、その女が言っているのよね?
それが信じられないの……
スチュワートは妊娠したミリーをどう扱えば良いのか、全然知らなかったのよ」
「母上は、彼と何か話していたのですか?」
「ミリーは妊娠して、夜以外でも時間関係なしに良く眠るようになったの。
それは妊娠初期特有の症状なんだけれど。
彼はそれを知らなくて、余りにもミリーが寝るから心配になって、彼女は以前から良く眠っていましたかと馬を飛ばして、わたしに尋ねて来たのよ。
それで説明して、出産間近になると反対に妊婦は眠れなくなるから、今の間に出来る限り寝かせてあげて、と教えたら」
「あぁ、それで……彼はいつもミリーを休ませようとしてましたね、過保護なくらいに」
ミリーが妊娠した頃に、スチュワートがひとりでウィンガムに顔を出したことは初耳だった。
「同居していたジュリア様は亡くなっていらしたから、他に聞く女性も居なくて、ここまで来たのよ。
先にお子様が誕生されていたカールトン様には、ミリーの身体についての話はしたくなかったと、言っていたわ。
それって、すごい独占欲だと微笑ましかった……
つまり彼の身近には、ミリーが身籠るまで妊婦は居なかった、じゃないかしら?」
「その女が主張するように、今でもよく会いに行っていたのなら、妊娠中の女の世話もしていただろうし。
心配はしなくてもいいと、知っていたはずですね」
「それに、可愛がっていたと言う娘に付けた名前が、実母から取ったメラニーでしょう?
彼は継母のジュリア様のことを、実の母のように慕っていたわ。
だとしたら、ミリーにも娘が生まれたらジュリアと名付けても不思議じゃないのに、彼にはそのつもりはなかったの。
男児だったら、アダムスの代々の名前を付けなくてはならないけれど。
女児だったら、ミリーが好きな花の名前を付けたいと言っていた。
あの子に内緒にして驚かせたいと、わたしに花の名前を聞いてきたのよ」
◇◇◇
ジャーヴィスは、レイウッドからの2通の手紙を繰り返し読み、考える。
スチュワートと義兄としての付き合いは、彼がミルドレッドと本格的に交際し始めてから結婚して、亡くなるまでの4年間くらいしか無いが。
高等学院では在籍が重なっていて、4学年下のスチュワートは真面目な奴だと、教師達からの評定は良かった。
それを知っているのは、ジャーヴィスは生徒会長を務めていたので、他の学年の生徒の素行情報を入手出来る立場だったからだ。
彼が在学中に女遊びをしているなんて話は聞いたことがなく、レイウッド領に帰ってからはそんな暇は無かっただろう。
もし、それがミルドレッドの誤解ではなく本当の話だとしたら、スチュワート・アダムスは二面性を持った稀代の詐欺師だ。
これは……レイウッドとの婚姻関係を解消するのに、使えるかもしれない。
どうせ向こうは、急に現れたスチュワートの愛人と娘をどう扱うか決めかねて、身内でバタバタするだけだろう。
それに水害で荒れた領内の整備も急がないといけない彼等は、直ぐには動けない。
アダムスよりも早く動いて調べる必要があると、ジャーヴィスは頼りになりそうな男を思い浮かべた。
彼女がアダムスの邸を飛び出した理由が綴られたその2通の手紙に、ジャーヴィスは全く同じ文面で返事を書いた。
それから小一時間だけ邸で身体と馬を休ませたアダムス家の使者に、銀貨3枚と共に手渡した。
「これから半日何処かで休んでから、レイウッドへ帰れ」と。
その返信の文面とは。
『今朝、ミルドレッドが帰ってきた。
とても疲れている様子なので、体力気力が戻るまで、しばらくはこちらで面倒を見る。
そちらの問題は、そちらで解決していただきたい。
それまでミルドレッドは戻さない』
これまではレイウッドへの手紙には、美辞麗句を用いて文章をしたためていたジャーヴィスだったが、今回はそんな気は少しも起きなかったので、簡潔な愛想の無い文面だ。
彼は、ミルドレッドが長椅子でウトウトしながら、ぽつりぽつりとこぼした言葉を思い出して書いた。
「スチュ……女のひとが居たの……彼にそっくりな……
女の子も……これからは、わたしに……
おか……ね……かわりに……
もう……だれもしんじ……」
それはとても小さな声だったが。
はっきりと聞き取れて。
その内容に、側に付いて妹の手を握っていた母と、顔を見合わせた。
その後寝息をたて始めたミルドレッドを抱き、嫁入り前のままの状態の彼女の部屋まで移動した。
妹をベッドに寝かせて部屋を出ると、母が立っていた。
「さっきの……貴方はどう思ったの?」
「詳しい話は、ミリーが起きてからしか分からないので。
ただ信じられないとしか」
「わたしもよ、あのスチュワートに限って……
あんなにミリーに優しかったのよ、騙していたとは思えないわ」
「何人も同時に愛せる男は、大勢いますよ」
スチュワートがそのタイプの男とは思えなかったが、ジャーヴィスは敢えてそう言った。
母がどうしてそれほど、スチュワートのことを信じようとしているのか、聞き出せそうな気がしたからだ。
「彼にそっくりな娘……3歳ですって?」
「レナードからの手紙には、そう書いていましたね」
「彼が王都までよく会いに来ていたと、その女が言っているのよね?
それが信じられないの……
スチュワートは妊娠したミリーをどう扱えば良いのか、全然知らなかったのよ」
「母上は、彼と何か話していたのですか?」
「ミリーは妊娠して、夜以外でも時間関係なしに良く眠るようになったの。
それは妊娠初期特有の症状なんだけれど。
彼はそれを知らなくて、余りにもミリーが寝るから心配になって、彼女は以前から良く眠っていましたかと馬を飛ばして、わたしに尋ねて来たのよ。
それで説明して、出産間近になると反対に妊婦は眠れなくなるから、今の間に出来る限り寝かせてあげて、と教えたら」
「あぁ、それで……彼はいつもミリーを休ませようとしてましたね、過保護なくらいに」
ミリーが妊娠した頃に、スチュワートがひとりでウィンガムに顔を出したことは初耳だった。
「同居していたジュリア様は亡くなっていらしたから、他に聞く女性も居なくて、ここまで来たのよ。
先にお子様が誕生されていたカールトン様には、ミリーの身体についての話はしたくなかったと、言っていたわ。
それって、すごい独占欲だと微笑ましかった……
つまり彼の身近には、ミリーが身籠るまで妊婦は居なかった、じゃないかしら?」
「その女が主張するように、今でもよく会いに行っていたのなら、妊娠中の女の世話もしていただろうし。
心配はしなくてもいいと、知っていたはずですね」
「それに、可愛がっていたと言う娘に付けた名前が、実母から取ったメラニーでしょう?
彼は継母のジュリア様のことを、実の母のように慕っていたわ。
だとしたら、ミリーにも娘が生まれたらジュリアと名付けても不思議じゃないのに、彼にはそのつもりはなかったの。
男児だったら、アダムスの代々の名前を付けなくてはならないけれど。
女児だったら、ミリーが好きな花の名前を付けたいと言っていた。
あの子に内緒にして驚かせたいと、わたしに花の名前を聞いてきたのよ」
◇◇◇
ジャーヴィスは、レイウッドからの2通の手紙を繰り返し読み、考える。
スチュワートと義兄としての付き合いは、彼がミルドレッドと本格的に交際し始めてから結婚して、亡くなるまでの4年間くらいしか無いが。
高等学院では在籍が重なっていて、4学年下のスチュワートは真面目な奴だと、教師達からの評定は良かった。
それを知っているのは、ジャーヴィスは生徒会長を務めていたので、他の学年の生徒の素行情報を入手出来る立場だったからだ。
彼が在学中に女遊びをしているなんて話は聞いたことがなく、レイウッド領に帰ってからはそんな暇は無かっただろう。
もし、それがミルドレッドの誤解ではなく本当の話だとしたら、スチュワート・アダムスは二面性を持った稀代の詐欺師だ。
これは……レイウッドとの婚姻関係を解消するのに、使えるかもしれない。
どうせ向こうは、急に現れたスチュワートの愛人と娘をどう扱うか決めかねて、身内でバタバタするだけだろう。
それに水害で荒れた領内の整備も急がないといけない彼等は、直ぐには動けない。
アダムスよりも早く動いて調べる必要があると、ジャーヴィスは頼りになりそうな男を思い浮かべた。
361
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる