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第18話
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時は夕暮れから夜へと移り。
侍女のユリアナを理由を作って部屋から出したミルドレッドは、密かに部屋を出て邸の裏門へと向かった。
そこには既にサリーが立っていて、彼女の姿を認めると、小さく手招きをした。
「遅いじゃない、もう外で待機してるのよ」
「ユリアナが側から離れなくて。
食欲が無いから貴女特製のスープを作って欲しいと頼んだの」
「特製スープを作れなんて命令出来るの、良いご身分ねぇ」
まだサリーには、専属の侍女は付いていない。
自分が居なくなれば、それはユリアナかもしれないし、他の誰かになるのかもしれない。
無責任だと責められようとも、もうそれはミルドレッドには関係がない。
ここへはもう戻らないとサリーに言ったのだ。
口にしてしまった言葉は戻らない。
ミルドレッドは出てきた邸を振り返ると、心の中で頭を下げた。
そして上から羽織っていたマントの首元を合わせ、足早に裏門を通り抜けようとして。
サリーに腕を取られた。
夜の闇の暗さに慣れ始めたミルドレッドの目には、彼女が笑っているのが分かる。
「結局、ミルドレッド様って後から来た女なのよねぇ」
「……何?」
「前にも話したと思うけど、わたしとレンは彼が17の時からの付き合いなの。
それなのに後から来た貴女が妻で、わたしが愛人なんてねぇ?」
「はいはい、それは何度も聞いたわ。
急ぐから、手を離してくださる?」
「道中は長いのよ、思い出す時間はたっぷりあるから。
貴女の時間潰しの助けになれば良いと思って」
「……」
早く出発しないと、ユリアナが部屋に戻ってきてしまう。
ここでサリーと言い争うことになれば、誰かに気付かれてしまう。
面倒だがサリーが何か言いたいのなら、言わせるしかないとミルドレッドは、聞き流すことにした。
どうせ、いつもと同じ様な話を聞かされるだけだ。
レナードは、知らなかっただろうけれど。
彼が居なくてカールトンが来ない日等には、サリーはよく執務室へとやって来ていた。
そして、返事も相槌もしないミルドレッド相手に一方的におしゃべりを聞かせ、満足すると出ていく。
それを何度かされたミルドレッドは、最後にまたレナードとの色事を聞かされるのかと思っていたのだが。
「あの子、3歳くらいなんですって?
厨房で夕食の献立の相談をしているのを聞いたわ。
……ねぇ、スチュワート様はいつから、その母親と付き合っていたのだと思う?」
「何が言いたいの!」
レナードの話なら、いつも聞き流されていたのに。
ミルドレッドが激しく反応したことで、サリーは嬉しくなった。
「ウィンガムへの馬車の中でゆっくり思い出してみてよ。
結婚するまでのスチュワート様のこと。
少しも気が付かなかったの?
死ぬまでずっと、女を囲っていたのよ?
余程、スチュワート様は貴女を騙すのがお上手だったのねぇ。
……だからねぇ、結局また貴女は後からの女なの。
結婚前からじゃなくて、もしかしたら婚約する前からの恋人だったのに、その女もまた愛人にされたの。
あんたが後から来たせいでね!」
◇◇◇
ジャーヴィスが母のキャサリンと朝食を摂っていると、家令のホールデンがブレックファストルームに入ってきた。
朝食会場のここには給仕やメイドは出入りするが、用事がない限りホールデンが来ることはない。
いつもなら落ち着いている彼の慌てた様子に、ジャーヴィスは茹で玉子の殻をスプーンの底で割っていた手を止めた。
「どうした?」
「ミルドレッド様がお戻りになりました」
「は?どう言うことだ?」
「貸馬車で、レイウッドから夜通し駆けてこられたようで、今はグレイトルームの暖炉の前でお休みになっておられます」
「貸馬車?
アダムスの馬車じゃないのか?」
立ち上がったジャーヴィスは珍しく感情を露にして、ナプキンをテーブルに叩きつけ。
母が傍に居たことを思い出し、女性の前で失礼な真似をしてしまったことを直ぐに詫びた。
そのキャサリンの椅子をホールデンが引き、先に行きなさいと母から手を振られたので、彼は妹が休んでいると言う居間に早足で向かった。
朝早くから下男が暖炉の火を起こしてくれていたので、部屋の中は暖かい。
その前のクッションをいくつも並べた長椅子が妹のお気に入りの場所だった。
彼が近付くと、眠っているように見えたミルドレッドが目を覚ました。
「……済まない、起こしてしまった?」
「……違うの、こちらこそごめんなさい。
お食事中だったでしょう?
ホールデンに断って……
身体が冷えていたから、ここで暖めてから……
わたしもいただこうと思ったのだけれど、もう動けなくなってしまったの。
身体はすごく疲れているのに、眠れない……」
「直ぐに母上も来られる。
事情は後で聞く、今はゆっくり休みなさい」
兄からの労りに、ミルドレッドが微笑んだ。
この子はいつから、こんな儚げな微笑みを見せるようになったのか。
ミルドレッドが横たわった長椅子の肘にジャーヴィスは腰掛け、彼女の頭を撫でた。
この後現れる母から、その格好無作法ねと言われるまで、彼はその体勢で妹の頭を撫で続けていた。
侍女のユリアナを理由を作って部屋から出したミルドレッドは、密かに部屋を出て邸の裏門へと向かった。
そこには既にサリーが立っていて、彼女の姿を認めると、小さく手招きをした。
「遅いじゃない、もう外で待機してるのよ」
「ユリアナが側から離れなくて。
食欲が無いから貴女特製のスープを作って欲しいと頼んだの」
「特製スープを作れなんて命令出来るの、良いご身分ねぇ」
まだサリーには、専属の侍女は付いていない。
自分が居なくなれば、それはユリアナかもしれないし、他の誰かになるのかもしれない。
無責任だと責められようとも、もうそれはミルドレッドには関係がない。
ここへはもう戻らないとサリーに言ったのだ。
口にしてしまった言葉は戻らない。
ミルドレッドは出てきた邸を振り返ると、心の中で頭を下げた。
そして上から羽織っていたマントの首元を合わせ、足早に裏門を通り抜けようとして。
サリーに腕を取られた。
夜の闇の暗さに慣れ始めたミルドレッドの目には、彼女が笑っているのが分かる。
「結局、ミルドレッド様って後から来た女なのよねぇ」
「……何?」
「前にも話したと思うけど、わたしとレンは彼が17の時からの付き合いなの。
それなのに後から来た貴女が妻で、わたしが愛人なんてねぇ?」
「はいはい、それは何度も聞いたわ。
急ぐから、手を離してくださる?」
「道中は長いのよ、思い出す時間はたっぷりあるから。
貴女の時間潰しの助けになれば良いと思って」
「……」
早く出発しないと、ユリアナが部屋に戻ってきてしまう。
ここでサリーと言い争うことになれば、誰かに気付かれてしまう。
面倒だがサリーが何か言いたいのなら、言わせるしかないとミルドレッドは、聞き流すことにした。
どうせ、いつもと同じ様な話を聞かされるだけだ。
レナードは、知らなかっただろうけれど。
彼が居なくてカールトンが来ない日等には、サリーはよく執務室へとやって来ていた。
そして、返事も相槌もしないミルドレッド相手に一方的におしゃべりを聞かせ、満足すると出ていく。
それを何度かされたミルドレッドは、最後にまたレナードとの色事を聞かされるのかと思っていたのだが。
「あの子、3歳くらいなんですって?
厨房で夕食の献立の相談をしているのを聞いたわ。
……ねぇ、スチュワート様はいつから、その母親と付き合っていたのだと思う?」
「何が言いたいの!」
レナードの話なら、いつも聞き流されていたのに。
ミルドレッドが激しく反応したことで、サリーは嬉しくなった。
「ウィンガムへの馬車の中でゆっくり思い出してみてよ。
結婚するまでのスチュワート様のこと。
少しも気が付かなかったの?
死ぬまでずっと、女を囲っていたのよ?
余程、スチュワート様は貴女を騙すのがお上手だったのねぇ。
……だからねぇ、結局また貴女は後からの女なの。
結婚前からじゃなくて、もしかしたら婚約する前からの恋人だったのに、その女もまた愛人にされたの。
あんたが後から来たせいでね!」
◇◇◇
ジャーヴィスが母のキャサリンと朝食を摂っていると、家令のホールデンがブレックファストルームに入ってきた。
朝食会場のここには給仕やメイドは出入りするが、用事がない限りホールデンが来ることはない。
いつもなら落ち着いている彼の慌てた様子に、ジャーヴィスは茹で玉子の殻をスプーンの底で割っていた手を止めた。
「どうした?」
「ミルドレッド様がお戻りになりました」
「は?どう言うことだ?」
「貸馬車で、レイウッドから夜通し駆けてこられたようで、今はグレイトルームの暖炉の前でお休みになっておられます」
「貸馬車?
アダムスの馬車じゃないのか?」
立ち上がったジャーヴィスは珍しく感情を露にして、ナプキンをテーブルに叩きつけ。
母が傍に居たことを思い出し、女性の前で失礼な真似をしてしまったことを直ぐに詫びた。
そのキャサリンの椅子をホールデンが引き、先に行きなさいと母から手を振られたので、彼は妹が休んでいると言う居間に早足で向かった。
朝早くから下男が暖炉の火を起こしてくれていたので、部屋の中は暖かい。
その前のクッションをいくつも並べた長椅子が妹のお気に入りの場所だった。
彼が近付くと、眠っているように見えたミルドレッドが目を覚ました。
「……済まない、起こしてしまった?」
「……違うの、こちらこそごめんなさい。
お食事中だったでしょう?
ホールデンに断って……
身体が冷えていたから、ここで暖めてから……
わたしもいただこうと思ったのだけれど、もう動けなくなってしまったの。
身体はすごく疲れているのに、眠れない……」
「直ぐに母上も来られる。
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兄からの労りに、ミルドレッドが微笑んだ。
この子はいつから、こんな儚げな微笑みを見せるようになったのか。
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