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第17話
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レナードは自分の後ろをついてきたサリーも、部屋に入ってきたことすら気付いていないのか、ミルドレッドの方に手を伸ばしてきたので、それを躱すと。
彼女に逃げられた右手を、そのまま力が抜けたように下ろしたレナードだった。
「……ハモンドに聞いた。
スチュワートを、女が尋ねてきたって。
泊めるって、どうして?」
「まだ貴方は会っていないでしょう?
……そのひとはスチュワートに生き写しの娘を連れてきたの」
レナードはそこまで説明されていなかったのか、本当に驚いた顔を見せたが、部屋の隅に立ったサリーがひっそりと笑ったのを、ミルドレッドは横目で確認していた。
「明日叔父様達がいらっしゃるから、貴方はその時に会った方が良いと思うわ」
「そんな、娘って……偽者だろ?
兄上に限って、そんなこと有るわけ無い!
これから直ぐに俺が追い出してやるから、待ってて……」
「騒いで大事にしないで。
貴方は頭に血が上ると、怒らせた相手を容赦なく攻撃するでしょう?
だけど、わたしを相手にした時のようには簡単にはいかないの。
母親って子供を守る為なら、捨て身で向かってくる。
ここを追い出して、有ること無いことを外で触れ回られたらどうするの?」
「……」
「だったら、はっきりするまで。
ここで、ふたりを世話した方が良いと思ったのよ。
頭が空っぽの馬鹿な女の浅知恵だった?」
腹を立てたとは言え、ミルドレッドに「馬鹿だ」「お前は頭が空っぽ」と言ったのは、レナードだ。
それを冷静に返されて、彼は勢いを失った。
「じゃ、じゃあ、どうして君はそんな格好してるんだ?」
「この家を出るの。
スチュワートの子供と同じ家には、1日だって居られない」
「どうしてだ!
君が出て行く必要はない!」
「……わたしが耐えられないから、それだけよ」
君はサリーがここに居ることを受け入れていたじゃないか。
どうして、スチュワートのことなら耐えられないんだ。
レナードはその言葉を飲み込んだ。
その答えは分かっている。
それを問えば、自分が傷付くだけだ。
「……分かった。
落ち着いたらウィンガムに迎えをやるから、戻ってこい。
だが今日は駄目だ、もう日が暮れる。
馬車を出すから、帰るのは明日の朝にしてくれ。
夜の移動は危険なんだ、許さない」
それだけ言うと、レナードはサリーには目もくれずに出ていった。
その後ろ姿を見送って、サリーがミルドレッドに近付いてきた。
「ミルドレッド様、今どんなご気分かしら?」
「……楽しそうに見えますか?」
「そうねぇ、見えないわ。
わたしはとても楽しいけど」
「……もうひとりにしてくださる?
荷造りが終わっていないの」
サリーとの不毛な会話を終わらせたくて、ミルドレッドは背を向けた。
彼女はもうミルドレッドに対して、丁寧な物言いも止めたようだ。
「ねぇ、1日だってここに居たくないんでしょう?
1時間待ってくれたら、ウィンガムまで夜でも走ってくれる馬車を、裏門に用意出来るけど?」
その言葉にミルドレッドは、思わず振り向いた。
それがサリーの思惑に乗せられることなのは、承知している。
それでも振り向いてしまったのは、明日ならウィンガムまでの馬車を出すと言ったレナードだったが、一晩立てば彼の気持ちは変わって拒否されるかもしれない。
それに加えて、アダムス子爵家のふたりが来てしまえば、絶対にウィンガムへは帰れないと考えたからだ。
「安心して? ちゃんとした馬車を用意するから。
だって貴族の貴女に何か仕掛けたら、平民のわたしなんか拷問されて、家族全員が処刑されるわ」
「貴女が協力してくれるのは、わたしを早くここから追い出したいから?」
「……そうねぇ、レンは迎えに行くつもりみたいだけれどね。
どうにかして、ここへ戻らないように手を打ってよ。
だって貴女は、疫病神だもの」
「……」
「自分でも分かるでしょ、貴女がスチュワート様と結婚してから、アダムス家の人間が次々に死んでるのよ?
1年前にはご両親、そしてスチュワート様、それに赤ちゃんもね。
とうとう自分の赤ちゃんまでよ?
4人も殺しちゃった貴女は疫病神としか考えられないわ」
お腹の中の子供を、自分が殺したのだと。
初めて自分以外の人間から指摘された。
「これ以上、貴女の被害者は出したくないの。
絶対にレンは、死なせない。
どうしても次の被害者が必要なら、貴女の愛するスチュワート様が、貴女と結婚する前に本当に愛した女と娘にしてよ」
疫病神と言われて、何か言い返したかった。
義理の両親は流行り病で病死。
夫は天災による事故死。
そして、わたしの赤ちゃんは……
「……分かったわ、わたしは2度とレイウッドには戻らない。
だから、馬車をお願い……します」
ミルドレッドは生まれて初めて、大嫌いな相手に頭を下げた。
大嫌いな相手……サリーが足取り軽く部屋を出て行った。
扉が閉まったので、ミルドレッドは手持ちの小さなバッグに、切れ味を試したペーパーナイフを忍ばせた。
少しだけ気持ちが落ち着いたので、ソファに身を沈めた。
そして、血が滲んだ左手親指の腹を眺めた。
これで、何かあれば。
戦うことは出来ないけれど、自分の首くらいは切れる。
彼女に逃げられた右手を、そのまま力が抜けたように下ろしたレナードだった。
「……ハモンドに聞いた。
スチュワートを、女が尋ねてきたって。
泊めるって、どうして?」
「まだ貴方は会っていないでしょう?
……そのひとはスチュワートに生き写しの娘を連れてきたの」
レナードはそこまで説明されていなかったのか、本当に驚いた顔を見せたが、部屋の隅に立ったサリーがひっそりと笑ったのを、ミルドレッドは横目で確認していた。
「明日叔父様達がいらっしゃるから、貴方はその時に会った方が良いと思うわ」
「そんな、娘って……偽者だろ?
兄上に限って、そんなこと有るわけ無い!
これから直ぐに俺が追い出してやるから、待ってて……」
「騒いで大事にしないで。
貴方は頭に血が上ると、怒らせた相手を容赦なく攻撃するでしょう?
だけど、わたしを相手にした時のようには簡単にはいかないの。
母親って子供を守る為なら、捨て身で向かってくる。
ここを追い出して、有ること無いことを外で触れ回られたらどうするの?」
「……」
「だったら、はっきりするまで。
ここで、ふたりを世話した方が良いと思ったのよ。
頭が空っぽの馬鹿な女の浅知恵だった?」
腹を立てたとは言え、ミルドレッドに「馬鹿だ」「お前は頭が空っぽ」と言ったのは、レナードだ。
それを冷静に返されて、彼は勢いを失った。
「じゃ、じゃあ、どうして君はそんな格好してるんだ?」
「この家を出るの。
スチュワートの子供と同じ家には、1日だって居られない」
「どうしてだ!
君が出て行く必要はない!」
「……わたしが耐えられないから、それだけよ」
君はサリーがここに居ることを受け入れていたじゃないか。
どうして、スチュワートのことなら耐えられないんだ。
レナードはその言葉を飲み込んだ。
その答えは分かっている。
それを問えば、自分が傷付くだけだ。
「……分かった。
落ち着いたらウィンガムに迎えをやるから、戻ってこい。
だが今日は駄目だ、もう日が暮れる。
馬車を出すから、帰るのは明日の朝にしてくれ。
夜の移動は危険なんだ、許さない」
それだけ言うと、レナードはサリーには目もくれずに出ていった。
その後ろ姿を見送って、サリーがミルドレッドに近付いてきた。
「ミルドレッド様、今どんなご気分かしら?」
「……楽しそうに見えますか?」
「そうねぇ、見えないわ。
わたしはとても楽しいけど」
「……もうひとりにしてくださる?
荷造りが終わっていないの」
サリーとの不毛な会話を終わらせたくて、ミルドレッドは背を向けた。
彼女はもうミルドレッドに対して、丁寧な物言いも止めたようだ。
「ねぇ、1日だってここに居たくないんでしょう?
1時間待ってくれたら、ウィンガムまで夜でも走ってくれる馬車を、裏門に用意出来るけど?」
その言葉にミルドレッドは、思わず振り向いた。
それがサリーの思惑に乗せられることなのは、承知している。
それでも振り向いてしまったのは、明日ならウィンガムまでの馬車を出すと言ったレナードだったが、一晩立てば彼の気持ちは変わって拒否されるかもしれない。
それに加えて、アダムス子爵家のふたりが来てしまえば、絶対にウィンガムへは帰れないと考えたからだ。
「安心して? ちゃんとした馬車を用意するから。
だって貴族の貴女に何か仕掛けたら、平民のわたしなんか拷問されて、家族全員が処刑されるわ」
「貴女が協力してくれるのは、わたしを早くここから追い出したいから?」
「……そうねぇ、レンは迎えに行くつもりみたいだけれどね。
どうにかして、ここへ戻らないように手を打ってよ。
だって貴女は、疫病神だもの」
「……」
「自分でも分かるでしょ、貴女がスチュワート様と結婚してから、アダムス家の人間が次々に死んでるのよ?
1年前にはご両親、そしてスチュワート様、それに赤ちゃんもね。
とうとう自分の赤ちゃんまでよ?
4人も殺しちゃった貴女は疫病神としか考えられないわ」
お腹の中の子供を、自分が殺したのだと。
初めて自分以外の人間から指摘された。
「これ以上、貴女の被害者は出したくないの。
絶対にレンは、死なせない。
どうしても次の被害者が必要なら、貴女の愛するスチュワート様が、貴女と結婚する前に本当に愛した女と娘にしてよ」
疫病神と言われて、何か言い返したかった。
義理の両親は流行り病で病死。
夫は天災による事故死。
そして、わたしの赤ちゃんは……
「……分かったわ、わたしは2度とレイウッドには戻らない。
だから、馬車をお願い……します」
ミルドレッドは生まれて初めて、大嫌いな相手に頭を下げた。
大嫌いな相手……サリーが足取り軽く部屋を出て行った。
扉が閉まったので、ミルドレッドは手持ちの小さなバッグに、切れ味を試したペーパーナイフを忍ばせた。
少しだけ気持ちが落ち着いたので、ソファに身を沈めた。
そして、血が滲んだ左手親指の腹を眺めた。
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