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第16話
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ミルドレッドから一歩下がって、ローラの前では一言も声を出さなかったハモンドが続いて出た。
廊下に出た途端。
張りつめていた緊張の糸が切れて、ミルドレッドはよろめき、壁に手をついた。
「奥様、少し休みましょう」
「ハモンドは……あの子の顔を見た?
貴方には、どう見えた?
旦那様と同じ青い瞳だった。
嘘は要らないわ、はっきり答えて」
「……瞳の色だけでしたら、あの母親も青い目をしていましたから。
ただ顔立ちのことでしたら、あの泣き顔はまるで幼い頃のスチュワート様に生き写しのようだと……」
ミルドレッドは12歳の時に初めて会った、スチュワートの16歳以前の顔は知らないが、金髪碧眼の彼の面影がメラニーにあるように見えた。
メラニーと同じ年頃の、当時のスチュワートを知るハモンドが、彼に生き写しだと言ったのだ。
それは、まさしく……あの女は本当のことを言っているのだ。
あのメラニーは、スチュワートの子で。
ミルドレッドと結婚する前に生まれた娘だと言うことで……
「あの親子は、この邸から出さないで。
至急に部屋を用意して」
「あのふたりを、ここに泊めると仰るのですか?」
「貴方が言ったのよ。
あの娘は旦那様に生き写しだって。
それなのに、領都でホテル暮らし等させられない。
自由に動き回られたら……余所者は目立つの。
あの子の顔を見れば、旦那様の幼い頃を思い出す人が何人も出てくる」
「……奥様はあの子が本当に、旦那様のお子様だと?」
そのハモンドの質問に、壁に凭れかけていた身体を起こして、ミルドレッドは呟いた。
「その真贋は、カールトン様か子爵様に任せるわ。
レイウッドで解決して。
わたしはこの邸を、これから出ていきます。
誰が何と言おうと」
それは独り言のようにも聞こえたが、ハモンドはそれをミルドレッドの決意表明だと受け取った。
あれほど、当主夫人に相応しくなろうと。
まるで生まれ変わったかのように、必要な知識を学ぼうと努力されていた奥様が、その熱意を失われた。
愛の無い政略婚を。
レナードの愛人を。
受け入れようとした。
だが、スチュワートの愛人は。
そっくりな娘は。
受け入れられない。
己の娘よりも年若いミルドレッドを私室に閉じ込めて、この邸に留めることは簡単だ。
だが、ハモンドはそうしなかった。
王命が取り消されない限り、ミルドレッド・アダムスの生きる場所はレイウッド伯爵家だ。
スチュワートの過去も、レナードの現状も、全てを飲み込んで受け入れるしかない。
そんな彼女が哀れに思えた。
少しの間くらい、ここから逃がしてあげたくなった。
それで、聞こえなかった振りをして。
「アダムス子爵邸に、明日の朝連絡を入れます」と告げた。
彼等がここへ来る前に、彼女がここから逃げ出せるように。
後にアダムス家に忠実な家令ハモンドは、この時の感傷を生涯悔やむことになる。
◇◇◇
ミルドレッドはハモンドと別れると急いで私室に戻り、実家から持ってきていた自分ひとりでも着付けられる丈が短めの旅行用ドレスに着替えた。
この家で自分に用意された物は、何ひとつ身につけたくなかった。
着替え終わると、今度は小さなトランクに私物も詰めた。
これもまた、結婚前から大切にしていた物だ。
そして部屋続きの夫婦の寝室に入った。
スチュワートと眠っていたベッドは、今はもう見たくもなかったが、サイドテーブルの上に積み上げていた何冊かの本をまとめて、それもトランクに放り込んだ。
他に忘れ物が無いか、周りを見渡していると。
私室の方のドアがノックされた。
慌てたように何度も繰り返される強めのノックは、あの日の朝を思い出させたが、その想いを振り切って。
寝室から移動したミルドレッドは、無言でドアを開けた。
思っていた通り、そこに立っていたのは顔を歪ませたレナードだった。
余程慌てて階段を駆け上がったのか、息も荒い。
「ミ、ミリー……その格好……」
「どうぞ」
あの口論から1ヶ月ぶりに、ミリーと呼び掛けてきたレナードと言葉を交わすことになった。
絶対に個室では夫以外の男性とふたりきりにならなかったミルドレッドが、彼を部屋に招き入れたのは。
彼から少し遅れて向かってくるサリーの姿が見えたからだ。
レナードとサリーのふたりを私室に招いたミルドレッドだった。
廊下に出た途端。
張りつめていた緊張の糸が切れて、ミルドレッドはよろめき、壁に手をついた。
「奥様、少し休みましょう」
「ハモンドは……あの子の顔を見た?
貴方には、どう見えた?
旦那様と同じ青い瞳だった。
嘘は要らないわ、はっきり答えて」
「……瞳の色だけでしたら、あの母親も青い目をしていましたから。
ただ顔立ちのことでしたら、あの泣き顔はまるで幼い頃のスチュワート様に生き写しのようだと……」
ミルドレッドは12歳の時に初めて会った、スチュワートの16歳以前の顔は知らないが、金髪碧眼の彼の面影がメラニーにあるように見えた。
メラニーと同じ年頃の、当時のスチュワートを知るハモンドが、彼に生き写しだと言ったのだ。
それは、まさしく……あの女は本当のことを言っているのだ。
あのメラニーは、スチュワートの子で。
ミルドレッドと結婚する前に生まれた娘だと言うことで……
「あの親子は、この邸から出さないで。
至急に部屋を用意して」
「あのふたりを、ここに泊めると仰るのですか?」
「貴方が言ったのよ。
あの娘は旦那様に生き写しだって。
それなのに、領都でホテル暮らし等させられない。
自由に動き回られたら……余所者は目立つの。
あの子の顔を見れば、旦那様の幼い頃を思い出す人が何人も出てくる」
「……奥様はあの子が本当に、旦那様のお子様だと?」
そのハモンドの質問に、壁に凭れかけていた身体を起こして、ミルドレッドは呟いた。
「その真贋は、カールトン様か子爵様に任せるわ。
レイウッドで解決して。
わたしはこの邸を、これから出ていきます。
誰が何と言おうと」
それは独り言のようにも聞こえたが、ハモンドはそれをミルドレッドの決意表明だと受け取った。
あれほど、当主夫人に相応しくなろうと。
まるで生まれ変わったかのように、必要な知識を学ぼうと努力されていた奥様が、その熱意を失われた。
愛の無い政略婚を。
レナードの愛人を。
受け入れようとした。
だが、スチュワートの愛人は。
そっくりな娘は。
受け入れられない。
己の娘よりも年若いミルドレッドを私室に閉じ込めて、この邸に留めることは簡単だ。
だが、ハモンドはそうしなかった。
王命が取り消されない限り、ミルドレッド・アダムスの生きる場所はレイウッド伯爵家だ。
スチュワートの過去も、レナードの現状も、全てを飲み込んで受け入れるしかない。
そんな彼女が哀れに思えた。
少しの間くらい、ここから逃がしてあげたくなった。
それで、聞こえなかった振りをして。
「アダムス子爵邸に、明日の朝連絡を入れます」と告げた。
彼等がここへ来る前に、彼女がここから逃げ出せるように。
後にアダムス家に忠実な家令ハモンドは、この時の感傷を生涯悔やむことになる。
◇◇◇
ミルドレッドはハモンドと別れると急いで私室に戻り、実家から持ってきていた自分ひとりでも着付けられる丈が短めの旅行用ドレスに着替えた。
この家で自分に用意された物は、何ひとつ身につけたくなかった。
着替え終わると、今度は小さなトランクに私物も詰めた。
これもまた、結婚前から大切にしていた物だ。
そして部屋続きの夫婦の寝室に入った。
スチュワートと眠っていたベッドは、今はもう見たくもなかったが、サイドテーブルの上に積み上げていた何冊かの本をまとめて、それもトランクに放り込んだ。
他に忘れ物が無いか、周りを見渡していると。
私室の方のドアがノックされた。
慌てたように何度も繰り返される強めのノックは、あの日の朝を思い出させたが、その想いを振り切って。
寝室から移動したミルドレッドは、無言でドアを開けた。
思っていた通り、そこに立っていたのは顔を歪ませたレナードだった。
余程慌てて階段を駆け上がったのか、息も荒い。
「ミ、ミリー……その格好……」
「どうぞ」
あの口論から1ヶ月ぶりに、ミリーと呼び掛けてきたレナードと言葉を交わすことになった。
絶対に個室では夫以外の男性とふたりきりにならなかったミルドレッドが、彼を部屋に招き入れたのは。
彼から少し遅れて向かってくるサリーの姿が見えたからだ。
レナードとサリーのふたりを私室に招いたミルドレッドだった。
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