【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第11話

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「……いや、申し訳ありません。
 続けてください」


 つい、思わず話を遮ってしまったが。
 レナード・アダムスが異母兄スチュワートの妻との再婚に乗り気に見えた……は、今は口に出すべきではないとシールズは考え直した。


「他の娘では代わりの生贄だと言われ、ミルドレッドは留まるしか、レナードとの再婚を受け入れるしかないと諦めました。
 それに加えて、自分の妻は現在の恋人だけだと言われて、近くアダムス邸で同居すると宣言されています」


 レナードが交際していたサリー・グレイのことはシールズも知っていた。
 ホテルと言うには烏滸がましい、宿泊と朝食のみを提供する簡易宿泊施設の娘だ。
 確かレナードよりは年上で、色気のある美人だったが、ミルドレッドと比べると、その容姿は格段に落ちる。
 それが幼少時から磨き立てられている貴族令嬢と平民の娘との違いだ。



 それで余計なことかと思ったが、シールズが恋人の話をレナードに振ると。
 彼本人ではなく、横から叔父のアダムス子爵が答えた。


「あれが領主夫人になるなど、領民からの反発がどれ程になるかと。
 充分な手切れ金を渡す予定ですから」


 子爵の考える手切れ金がいくらだと聞かなかったが、そんなに簡単に済む話ではないな、とシールズは思った。


 領主様の弟の恋人として有名で、今度は領主様の元恋人で。
 そんな女性に次の男が簡単に見つかるはずはない。

 簡単に済む話ではない……それが血なまぐさい結末にならねばいいが、と言葉にはしなかった。



 レナード・アダムスは、隣で手切れ金の話をする叔父にも特に反発は見せなかった。
 だから彼の中では既に、サリー・グレイとは清算する予定だったのだ。



     ◇◇◇



 あの、スチュワート・アダムスの遺体を見て失神したミルドレッドを、抱き止められなかった自分を責めていたレナードの姿を思い出す。


 急がせたくない、とレナードはシールズに語った。
 ゆっくり時間をかけたいと言ったのだ。


 既婚女性が再婚するには半年間の猶予が必要だ。
 前夫の子供を妊娠していないか、確認するためだ。
 スチュワートとの子を流してしまったミルドレッドにはその可能性は皆無だが、規定の期間は設けなくてはならない。


 1ヶ月以上床について居たミルドレッドが散歩に出掛けられるまでに回復した。
 レナードは、これからだと張り切っていただろう。

 伯爵位を継いでから徐々にミルドレッドとの距離を詰めていき、4ヶ月後には求婚する予定だったか。


 その予定が狂ってしまった。
 気持ちのすれ違いか、言葉の行き違いか。
 その両方か。


 きっかけは自分と妻の口の軽さで、レナードには本当に申し訳なかったと思うが。
 別れる予定だった恋人を愛人にして、妻と同居させるとまで口にしたのだ。
 多分、ミルドレッドとの修復は無理だ。


 21歳のレナードと20歳のミルドレッド。
 ふたりの相性は悪くは見えなかったが、若過ぎて。
 お互いがプライドを守ろうとして、自分から頭を下げることは出来ないだろう。


「最初言い過ぎたのは自分だった、と妹は反省していましたが、それでもアダムスからの言葉は許せないと言っていました」


 許せないと言ったレナードの言葉が何なのかは、ミルドレッドは口にはしなかった。

 ただ、スチュワートが約束した養子縁組の話が無くなったので、急いで連絡を差し上げたのですと聞かされた。
 そして謝罪されたが。


 ジャーヴィスには予想がついた。
 レナードは、自分について、ミルドレッドを攻撃したのだ。
 きっと……思い当たるのはそのことしかない。


 養子のことは気にしなくていいと、ミルドレッドを慰めた。
 



「子供をたくさん産んで欲しいとミリーにお願いしました。
 義兄上も子育てに協力してください」


 結婚しないジャーヴィスに対して、我が子を養子に出すとはっきり言われなかったが、スチュワートはそう言ってくれた。
 彼はそんな人間だった。




「婚姻以外の方法を、探してもいいでしょうか?」

 
 ジャーヴィスは御伺いをたてる形で口にしたが。
 ウィンガムは婚姻以外の方法を4ヶ月以内に探すからな、と言われた気がした。


 さすが『厳冬のヴィス』だ。
 黙って流されるつもりはないようだ。

 
 だから、シールズは頷いた。
 自分はあれこれ手伝えないが。


「承知致しました。
 方法が見つかれば、私も後押しさせて貰いましょう」



 妻が先走ったことを、レナードに申し訳なく思っていても。
 それは、売り言葉に買い言葉だったのかもしれなくても。
 彼は不器用だとは呼べない、ただの愚か者だ。


 シールズは、妻公認で愛人を連れ込むと宣言したレナード・アダムスを、応援する気にはなれなかった。


 

 
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