【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第10話

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 地方行政査察官ベネディクト・シールズの元には、今日で3日連続ウィンガム領主のジャーヴィス・マーチから面会願が出ていた。


 彼の用件は分かっている。
 先週妻のレイラから、散歩中のレイウッド伯爵夫人と会い、まだ本人には伏せておくことになっていた再婚話をしてしまったと打ち明けられていたからだ。

 妹から連絡を受けて、直接に話を聞きたいと来ているのだ。
 伯爵夫人の実家とは言え、彼女はレイウッドの人間だ。
 王家からの王命は、ウィンガムには届かない。



 レイラがそんな後先考えずにミルドレッド本人に話すとは思っていなかったが、どこかでそれを想定していた自分を否定出来ない。


 妻は若くて美しいレイウッド伯爵夫妻を、悲恋小説の主人公達のように見ていた。
 領民を助けようとして亡くなったヒーローの伯爵に涙して、子供まで失ってしまったヒロインの伯爵夫人には、まるで旧知の友人であるかのように同情して、自分まで落ち込んでいたからだ。
 だからと言って……


 元々は妻に話してしまった自分が悪いのは分かっている。
 直接中央へ直訴されたら、お咎めはあるだろう。
 だが、それよりも先に何かしらレイラには処罰を与えねば、アダムス子爵は黙っていない。


 それで、早々に妻を王都の実家へ送った。
 表向きは彼女が体調を崩したことにして、期限は決めていなかったが。
 ここ西部地域の勤務が終わるまで、迎えに行く気はない。
 少なくとも後1年は息子達に会えなくて、彼女は軽はずみなことをしたと後悔するだろう。


 ベネディクト本人も、レイラの癒しが無いことは辛いが、仕方がなかった。
 二度と妻には、レイウッド-ウィンガム問題には関わらせない。



     ◇◇◇


 
 シールズは対峙したウィンガムの領主を見た。
 つくづく勿体ないな、と思った。


 ジャーヴィス・マーチ・ウィンガムは優秀で綺麗な顔をした男だ。
 彼は高等学院ではシールズの2学年下だったので、彼とフェルナンド・アパリシオとの交際も知っていた。


 高等学院は12から19歳までの国内の貴族子息を集めた全寮制の男子校で、卒業までの期間限定で同性同士で疑似恋愛をする生徒は珍しくなかった。
 シールズは成績は良かったが容姿は普通だったので、そんなお誘いを受けたことはなかったが、容姿端麗なジャーヴィス・マーチには、上級生からも下級生からも恋文が絶えないことは噂に聞いていた。


 だが、彼がそれらを完全に無視していたので。
 学生時代の思い出としても、男とはそんな関係は結びたくないのだと言うのも。
 かと言って、学校同士で交流している女子高等学院の生徒に誘われても靡かないのも、広く知られていた。


 そんなお堅い『厳冬のヴィス』が、とある国の高貴な血筋の留学生との恋に落ちた噂は、瞬く間に学院中を駆け巡った。
 留学が終わる前にアパリシオがジャーヴィスを母国に連れ帰ろうとしたとか、第何位かの継承権を放棄すると宣言したとか。


 既に卒業していたシールズは元同級生から、最終的には振られたアパリシオはひとりで帰国して、決められていた婚約者と結婚したと聞いていたのに。

 振った方のジャーヴィスは未だに独身だった。
 そんな彼の不器用な生き方が、勿体ないと思ったのだ。
 


 しかし、決してそのような心中を察せさせないように、敢えて冷たい表情をシールズはジャーヴィスに向けた。
 面会を求めてきたのは彼だ。
 自分からは話を振らない。



「お忙しいところ、何度も申し訳ありません。
 実は妹……レイウッド伯爵夫人のミルドレッド・アダムスに、会いました。
 新たに出された王命の話も聞きました。
 妹本人には秘密で事が進められた、とも聞きました」

「……」

「アダムス子爵からの請願書から、とも聞いております。
 レイウッドとウィンガムの政略がどれ程国益に叶うのかも承知しております。
 ですが妹は、自分はレナード・アダムスから憎まれていると申します。
 ウィンガムなら誰でもいいのだとアダムスは言ったそうですが、それでは代わりに生贄を差し出すことになるとも言われたようです」


 そこまで黙って聞いていたシールズだったが、それを聞いて初めて手を上げ、ジャーヴィスの話を遮った。


 ウィンガムなら誰でもいい?

 レナード・アダムスがそう言った?


 10日ほど前に叔父のアダムス子爵と訪れたレナードは、シールズからはミルドレッドとの再婚を喜んでいるように見えたのに?


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