【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

文字の大きさ
上 下
11 / 58

第10話

しおりを挟む
 地方行政査察官ベネディクト・シールズの元には、今日で3日連続ウィンガム領主のジャーヴィス・マーチから面会願が出ていた。


 彼の用件は分かっている。
 先週妻のレイラから、散歩中のレイウッド伯爵夫人と会い、まだ本人には伏せておくことになっていた再婚話をしてしまったと打ち明けられていたからだ。

 妹から連絡を受けて、直接に話を聞きたいと来ているのだ。
 伯爵夫人の実家とは言え、彼女はレイウッドの人間だ。
 王家からの王命は、ウィンガムには届かない。



 レイラがそんな後先考えずにミルドレッド本人に話すとは思っていなかったが、どこかでそれを想定していた自分を否定出来ない。


 妻は若くて美しいレイウッド伯爵夫妻を、悲恋小説の主人公達のように見ていた。
 領民を助けようとして亡くなったヒーローの伯爵に涙して、子供まで失ってしまったヒロインの伯爵夫人には、まるで旧知の友人であるかのように同情して、自分まで落ち込んでいたからだ。
 だからと言って……


 元々は妻に話してしまった自分が悪いのは分かっている。
 直接中央へ直訴されたら、お咎めはあるだろう。
 だが、それよりも先に何かしらレイラには処罰を与えねば、アダムス子爵は黙っていない。


 それで、早々に妻を王都の実家へ送った。
 表向きは彼女が体調を崩したことにして、期限は決めていなかったが。
 ここ西部地域の勤務が終わるまで、迎えに行く気はない。
 少なくとも後1年は息子達に会えなくて、彼女は軽はずみなことをしたと後悔するだろう。


 ベネディクト本人も、レイラの癒しが無いことは辛いが、仕方がなかった。
 二度と妻には、レイウッド-ウィンガム問題には関わらせない。



     ◇◇◇


 
 シールズは対峙したウィンガムの領主を見た。
 つくづく勿体ないな、と思った。


 ジャーヴィス・マーチ・ウィンガムは優秀で綺麗な顔をした男だ。
 彼は高等学院ではシールズの2学年下だったので、彼とフェルナンド・アパリシオとの交際も知っていた。


 高等学院は12から19歳までの国内の貴族子息を集めた全寮制の男子校で、卒業までの期間限定で同性同士で疑似恋愛をする生徒は珍しくなかった。
 シールズは成績は良かったが容姿は普通だったので、そんなお誘いを受けたことはなかったが、容姿端麗なジャーヴィス・マーチには、上級生からも下級生からも恋文が絶えないことは噂に聞いていた。


 だが、彼がそれらを完全に無視していたので。
 学生時代の思い出としても、男とはそんな関係は結びたくないのだと言うのも。
 かと言って、学校同士で交流している女子高等学院の生徒に誘われても靡かないのも、広く知られていた。


 そんなお堅い『厳冬のヴィス』が、とある国の高貴な血筋の留学生との恋に落ちた噂は、瞬く間に学院中を駆け巡った。
 留学が終わる前にアパリシオがジャーヴィスを母国に連れ帰ろうとしたとか、第何位かの継承権を放棄すると宣言したとか。


 既に卒業していたシールズは元同級生から、最終的には振られたアパリシオはひとりで帰国して、決められていた婚約者と結婚したと聞いていたのに。

 振った方のジャーヴィスは未だに独身だった。
 そんな彼の不器用な生き方が、勿体ないと思ったのだ。
 


 しかし、決してそのような心中を察せさせないように、敢えて冷たい表情をシールズはジャーヴィスに向けた。
 面会を求めてきたのは彼だ。
 自分からは話を振らない。



「お忙しいところ、何度も申し訳ありません。
 実は妹……レイウッド伯爵夫人のミルドレッド・アダムスに、会いました。
 新たに出された王命の話も聞きました。
 妹本人には秘密で事が進められた、とも聞きました」

「……」

「アダムス子爵からの請願書から、とも聞いております。
 レイウッドとウィンガムの政略がどれ程国益に叶うのかも承知しております。
 ですが妹は、自分はレナード・アダムスから憎まれていると申します。
 ウィンガムなら誰でもいいのだとアダムスは言ったそうですが、それでは代わりに生贄を差し出すことになるとも言われたようです」


 そこまで黙って聞いていたシールズだったが、それを聞いて初めて手を上げ、ジャーヴィスの話を遮った。


 ウィンガムなら誰でもいい?

 レナード・アダムスがそう言った?


 10日ほど前に叔父のアダムス子爵と訪れたレナードは、シールズからはミルドレッドとの再婚を喜んでいるように見えたのに?


しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

処理中です...