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第9話
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「相手が16歳のメリーアンだろうと、俺から受ける扱いは変わらない。
子供はひとりだけ。
後は相手にしない。
何故なら、俺の好みは年上で色気があって、手応えのある女だ。
お前やメリーアンみたいな年下の、すぐに泣いたり倒れたりする女は、好きじゃないんだよ。
……そんな地獄にメリーアンを突き落としたいなら、いいんじゃないか」
「あの子を生贄にしたいなんて、思ってない!」
「そうかな? 結局はそうだろう?
お前は俺から逃げたい。
だからメリーアンを代わりに置いていくんだ。
ま、結婚まで4ヶ月はある。
どうやったら、この地獄からうまく逃げられるか。
その自分のことしか考えられない、空っぽな頭で必死に考えろ」
「……」
「それと、繰り返して言うが。
他に生贄が見つからずお前を娶っても、子供はひとりだけだ。
それ以上は絶対に、お前とは作らない。
甘ちゃんのスチュワートが、どんな約束をお前としていたかは知らないが。
俺はお前の畜生みたいな兄貴には、我が子を養子になんて出す気はない」
それを捨て台詞に、レナードは出ていった。
思い切りドアを閉められて、その物音に身体が震えた。
手は出されなかったけれど、心は滅多打ちにされた。
兄弟間で妻を共有することを、畜生と言ったから?
同性愛者の兄ジャーヴィスを、畜生と返された。
そして自分の兄であるスチュワートのことも、甘ちゃんと言った。
自分の無自覚な暴言が、レナードの怒りを招いてしまったことにやっと気付けたけれど。
考えなしなわたしを、馬鹿にして軽蔑するのは構わない……けれど。
夫と兄に対する、彼の言葉は許せないと思った。
わたしはレナード・アダムスを絶対に許さない。
ミルドレッドは固く誓った。
◇◇◇
ミルドレッドが兄ジャーヴィスから、恋人の名前を知らされたのは。
スチュワートと再会する前のことだ。
今から5年前、父アイヴァンが亡くなって、ジャーヴィスが後を継ぐ手続きをしている最中だった。
兄の様子がおかしいことは、母も気付いていた。
「責任感からかしら?
あまり眠れていないんじゃないかしら?」
ジャーヴィスは幼い頃から何でも出来る自慢の兄だった。
容姿も良いので、8歳離れたミルドレッドの友人達からも人気があった。
高等学院を卒業するまで、兄には恋人も居ないようだった。
これから青年伯爵となり、増え続けるヴィスへの釣書を捌くのは大変になるわねと、母と家令のホールデンが話していた。
そんなある日、夕食前にミルドレッドは母の私室に呼ばれた。
部屋にはジャーヴィスも居た。
なんだか、より一層やつれて見えた。
ヴィス兄様は病気にでも罹ったの?とミルドレッドは心配になった。
そして告白されたのだ。
「高等学院で、僕は彼に出会ってしまった。
フェルナンしか要らない、結婚はしない、子供も作らない。
だから、僕はウィンガム伯爵にはなれない。
ミリーに婿を取って、この家を継いで欲しい」
ミルドレッドは高等学院の寮に居るスチュワートに手紙を書いた。
幼い頃に王命で結ばれた婚約者とは、ほとんど会っていない。
彼に手紙を出すのも、彼から届くのも。
お互いの誕生日だったり……特に意味のない日常も書いたかも知れないが、愛の言葉など皆無の手紙を何回かやり取りした、それくらいだ。
だから簡単だと思っていた。
わたしはスチュワート様とは、結婚出来なくなりました。
もしウィンガムとの繋がりが必要ならば。
差し支えが無いなら、レナード様をわたしのお婿さんにしてください。
そんな内容の手紙を書いた。
簡単に書いたが、読み返して捨てた。
それを何枚も書いて、何枚も捨てて。
結局は……
ごめんなさい。
貴方の妻にはなれません。
直に母からレイウッド伯爵様へ連絡が入るでしょう。
それだけを書いた。
生まれて初めて、手紙で早馬を使った。
贅沢だと母も兄も、ミルドレッドを叱らなかった。
すると、その週末にウィンガムにスチュワートが現れた。
両親は、今日私がここに来たことを知りません。
まだレイウッドには、解消すると知らせていませんね?
母に会うなり、彼は早口で確認してきた。
王都からウィンガムまでの街道を2日掛けて。
馬を2頭乗り換えて駆けてきた彼からは、汗と泥の匂いがした。
子供はひとりだけ。
後は相手にしない。
何故なら、俺の好みは年上で色気があって、手応えのある女だ。
お前やメリーアンみたいな年下の、すぐに泣いたり倒れたりする女は、好きじゃないんだよ。
……そんな地獄にメリーアンを突き落としたいなら、いいんじゃないか」
「あの子を生贄にしたいなんて、思ってない!」
「そうかな? 結局はそうだろう?
お前は俺から逃げたい。
だからメリーアンを代わりに置いていくんだ。
ま、結婚まで4ヶ月はある。
どうやったら、この地獄からうまく逃げられるか。
その自分のことしか考えられない、空っぽな頭で必死に考えろ」
「……」
「それと、繰り返して言うが。
他に生贄が見つからずお前を娶っても、子供はひとりだけだ。
それ以上は絶対に、お前とは作らない。
甘ちゃんのスチュワートが、どんな約束をお前としていたかは知らないが。
俺はお前の畜生みたいな兄貴には、我が子を養子になんて出す気はない」
それを捨て台詞に、レナードは出ていった。
思い切りドアを閉められて、その物音に身体が震えた。
手は出されなかったけれど、心は滅多打ちにされた。
兄弟間で妻を共有することを、畜生と言ったから?
同性愛者の兄ジャーヴィスを、畜生と返された。
そして自分の兄であるスチュワートのことも、甘ちゃんと言った。
自分の無自覚な暴言が、レナードの怒りを招いてしまったことにやっと気付けたけれど。
考えなしなわたしを、馬鹿にして軽蔑するのは構わない……けれど。
夫と兄に対する、彼の言葉は許せないと思った。
わたしはレナード・アダムスを絶対に許さない。
ミルドレッドは固く誓った。
◇◇◇
ミルドレッドが兄ジャーヴィスから、恋人の名前を知らされたのは。
スチュワートと再会する前のことだ。
今から5年前、父アイヴァンが亡くなって、ジャーヴィスが後を継ぐ手続きをしている最中だった。
兄の様子がおかしいことは、母も気付いていた。
「責任感からかしら?
あまり眠れていないんじゃないかしら?」
ジャーヴィスは幼い頃から何でも出来る自慢の兄だった。
容姿も良いので、8歳離れたミルドレッドの友人達からも人気があった。
高等学院を卒業するまで、兄には恋人も居ないようだった。
これから青年伯爵となり、増え続けるヴィスへの釣書を捌くのは大変になるわねと、母と家令のホールデンが話していた。
そんなある日、夕食前にミルドレッドは母の私室に呼ばれた。
部屋にはジャーヴィスも居た。
なんだか、より一層やつれて見えた。
ヴィス兄様は病気にでも罹ったの?とミルドレッドは心配になった。
そして告白されたのだ。
「高等学院で、僕は彼に出会ってしまった。
フェルナンしか要らない、結婚はしない、子供も作らない。
だから、僕はウィンガム伯爵にはなれない。
ミリーに婿を取って、この家を継いで欲しい」
ミルドレッドは高等学院の寮に居るスチュワートに手紙を書いた。
幼い頃に王命で結ばれた婚約者とは、ほとんど会っていない。
彼に手紙を出すのも、彼から届くのも。
お互いの誕生日だったり……特に意味のない日常も書いたかも知れないが、愛の言葉など皆無の手紙を何回かやり取りした、それくらいだ。
だから簡単だと思っていた。
わたしはスチュワート様とは、結婚出来なくなりました。
もしウィンガムとの繋がりが必要ならば。
差し支えが無いなら、レナード様をわたしのお婿さんにしてください。
そんな内容の手紙を書いた。
簡単に書いたが、読み返して捨てた。
それを何枚も書いて、何枚も捨てて。
結局は……
ごめんなさい。
貴方の妻にはなれません。
直に母からレイウッド伯爵様へ連絡が入るでしょう。
それだけを書いた。
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すると、その週末にウィンガムにスチュワートが現れた。
両親は、今日私がここに来たことを知りません。
まだレイウッドには、解消すると知らせていませんね?
母に会うなり、彼は早口で確認してきた。
王都からウィンガムまでの街道を2日掛けて。
馬を2頭乗り換えて駆けてきた彼からは、汗と泥の匂いがした。
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