9 / 58
第8話
しおりを挟む
それは少しの間だったかもしれないが、ミルドレッドを震え上がらせるには充分な間だった。
生まれて初めて男性を本気で怒らせたことに、ようやく彼女は気付いた。
彼女の言い訳など、彼は拒否するだろうと分かった。
「ミルドレッド・マーチ。
お前は自分だけが被害者だと思っているんじゃないか?」
普段呼ぶミリーではなく、ミルドレッドと。
アダムスではなく、旧姓のマーチと。
叔父のリチャードのように大声を出しているわけでもないのに、レナードの静かな物言いが怖かった。
お前なんて、スチュワートは勿論、義理の父や実家の父からも兄からも。
あの尊大なリチャードからさえも、言われたことはなかった。
お嬢様育ちのミルドレッドにとっては、もうそれだけで頭を殴られたほどの衝撃だ。
「……あ、あの……」
「一番の被害者はな、俺の妻になるはずだったサリーなんだよ。
お前は前と変わらず、領主の妻で伯爵夫人だが、サリーは妻だと呼ばれなくなった。
これからは、領主の愛人だ、妾だ、と後ろ指を指される。
その辛さがお前に分かるのか?」
「だっ、だから……わたしは貴方は……サリー様と結ばれるべきだと……」
「サリーと?
平民の彼女に領主の妻が務まると?
レイウッドの領民達がそれを認めると?
お前は本気で言ってるのか?」
「……」
「本当にお前は馬鹿だな、だからスチュワートには言ったんだ。
金はあるのに女子高等学院にも進学しなかった、家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女でいいのか、ってな」
家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女。
王都へ出ず、マナースクールに通ったわたしを、レナードはそんな目で見ていたの?
もしかしたら、スチュワートも?
それでもいいから、と?
「俺だって、スチュワートのお古のお前と結婚したい訳じゃない。
だが、ウィンガムとの婚姻は王命だ。
叔父上がお前を薦めたのは、お前が比較的早く身籠れる石女じゃないことを証明したからだ。
それと領内で人気があることも一因だ。
中途半端な貴族令嬢を娶っても、お前より好感度を上げるのは難しいからな」
「……」
「王家はウィンガムなら、誰でもいいんだよ。
俺だってそうだ。
お前とは子供をひとり作ったら、もう抱かないと決めている。
そしてサリーをこの邸に住まわせる。
俺の妻は彼女だけなんだからな。
理解したなら、四の五の言わずに大人しくしてろ」
それだけ言うと、レナードは立ち上がった。
もう話すことはないと言いたげな彼を、気力を振り絞ってミルドレッドは見上げた。
「ウィンガムなら、誰でもいいんでしょう?
スチューのお古のわたしが、本当はお嫌なんでしょう?」
「……ああ、そうだ。
ウィンガムで他に誰か居ると言うのか?」
「メ、メリーアンなら。
メリーアンなら、まだ乙女で綺麗な子ですから」
メリーアンはミルドレッドの再従姉妹で、まだ16歳の乙女だ。
今は女子高等学院の2年生で成績もいい。
それがレナードの好みなら、彼女の頭の中は空っぽじゃない。
それにメリーアンは、披露宴で一緒にダンスをしたレナードが素敵だと言っていた。
ミルドレッドを嫌っているレナードだって可憐なメリーアンになら、絆されるかもしれない。
……そう期待して、言ってみたが。
メリーアンの名前を出すなり、レナードは笑い出した。
今度は声をあげて。
笑い続ける彼の気持ちが、ミルドレッドにはわからない。
そんなにおかしなことを、自分は言ったのだろうか。
「はぁ、笑わせて貰ったよ。
メリーアンか……確か16だったよな?
サリーより10歳若い乙女だから、俺が絆されるとでも?」
「……そんなサリー様と比べた訳じゃ……」
「ここまで自分本位だと、反対に尊敬するよ。
お前が地獄だと言ったこの婚姻の生贄に、可愛がっていたメリーアンを差し出すんだな?
自分が逃れたいから」
レナード様には、お付き合いしている恋人が居るのよ。
ミルドレッドがそう教えると、残念そうに眉を下げたメリーアンを思い出した。
生まれて初めて男性を本気で怒らせたことに、ようやく彼女は気付いた。
彼女の言い訳など、彼は拒否するだろうと分かった。
「ミルドレッド・マーチ。
お前は自分だけが被害者だと思っているんじゃないか?」
普段呼ぶミリーではなく、ミルドレッドと。
アダムスではなく、旧姓のマーチと。
叔父のリチャードのように大声を出しているわけでもないのに、レナードの静かな物言いが怖かった。
お前なんて、スチュワートは勿論、義理の父や実家の父からも兄からも。
あの尊大なリチャードからさえも、言われたことはなかった。
お嬢様育ちのミルドレッドにとっては、もうそれだけで頭を殴られたほどの衝撃だ。
「……あ、あの……」
「一番の被害者はな、俺の妻になるはずだったサリーなんだよ。
お前は前と変わらず、領主の妻で伯爵夫人だが、サリーは妻だと呼ばれなくなった。
これからは、領主の愛人だ、妾だ、と後ろ指を指される。
その辛さがお前に分かるのか?」
「だっ、だから……わたしは貴方は……サリー様と結ばれるべきだと……」
「サリーと?
平民の彼女に領主の妻が務まると?
レイウッドの領民達がそれを認めると?
お前は本気で言ってるのか?」
「……」
「本当にお前は馬鹿だな、だからスチュワートには言ったんだ。
金はあるのに女子高等学院にも進学しなかった、家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女でいいのか、ってな」
家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女。
王都へ出ず、マナースクールに通ったわたしを、レナードはそんな目で見ていたの?
もしかしたら、スチュワートも?
それでもいいから、と?
「俺だって、スチュワートのお古のお前と結婚したい訳じゃない。
だが、ウィンガムとの婚姻は王命だ。
叔父上がお前を薦めたのは、お前が比較的早く身籠れる石女じゃないことを証明したからだ。
それと領内で人気があることも一因だ。
中途半端な貴族令嬢を娶っても、お前より好感度を上げるのは難しいからな」
「……」
「王家はウィンガムなら、誰でもいいんだよ。
俺だってそうだ。
お前とは子供をひとり作ったら、もう抱かないと決めている。
そしてサリーをこの邸に住まわせる。
俺の妻は彼女だけなんだからな。
理解したなら、四の五の言わずに大人しくしてろ」
それだけ言うと、レナードは立ち上がった。
もう話すことはないと言いたげな彼を、気力を振り絞ってミルドレッドは見上げた。
「ウィンガムなら、誰でもいいんでしょう?
スチューのお古のわたしが、本当はお嫌なんでしょう?」
「……ああ、そうだ。
ウィンガムで他に誰か居ると言うのか?」
「メ、メリーアンなら。
メリーアンなら、まだ乙女で綺麗な子ですから」
メリーアンはミルドレッドの再従姉妹で、まだ16歳の乙女だ。
今は女子高等学院の2年生で成績もいい。
それがレナードの好みなら、彼女の頭の中は空っぽじゃない。
それにメリーアンは、披露宴で一緒にダンスをしたレナードが素敵だと言っていた。
ミルドレッドを嫌っているレナードだって可憐なメリーアンになら、絆されるかもしれない。
……そう期待して、言ってみたが。
メリーアンの名前を出すなり、レナードは笑い出した。
今度は声をあげて。
笑い続ける彼の気持ちが、ミルドレッドにはわからない。
そんなにおかしなことを、自分は言ったのだろうか。
「はぁ、笑わせて貰ったよ。
メリーアンか……確か16だったよな?
サリーより10歳若い乙女だから、俺が絆されるとでも?」
「……そんなサリー様と比べた訳じゃ……」
「ここまで自分本位だと、反対に尊敬するよ。
お前が地獄だと言ったこの婚姻の生贄に、可愛がっていたメリーアンを差し出すんだな?
自分が逃れたいから」
レナード様には、お付き合いしている恋人が居るのよ。
ミルドレッドがそう教えると、残念そうに眉を下げたメリーアンを思い出した。
263
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる