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第8話
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それは少しの間だったかもしれないが、ミルドレッドを震え上がらせるには充分な間だった。
生まれて初めて男性を本気で怒らせたことに、ようやく彼女は気付いた。
彼女の言い訳など、彼は拒否するだろうと分かった。
「ミルドレッド・マーチ。
お前は自分だけが被害者だと思っているんじゃないか?」
普段呼ぶミリーではなく、ミルドレッドと。
アダムスではなく、旧姓のマーチと。
叔父のリチャードのように大声を出しているわけでもないのに、レナードの静かな物言いが怖かった。
お前なんて、スチュワートは勿論、義理の父や実家の父からも兄からも。
あの尊大なリチャードからさえも、言われたことはなかった。
お嬢様育ちのミルドレッドにとっては、もうそれだけで頭を殴られたほどの衝撃だ。
「……あ、あの……」
「一番の被害者はな、俺の妻になるはずだったサリーなんだよ。
お前は前と変わらず、領主の妻で伯爵夫人だが、サリーは妻だと呼ばれなくなった。
これからは、領主の愛人だ、妾だ、と後ろ指を指される。
その辛さがお前に分かるのか?」
「だっ、だから……わたしは貴方は……サリー様と結ばれるべきだと……」
「サリーと?
平民の彼女に領主の妻が務まると?
レイウッドの領民達がそれを認めると?
お前は本気で言ってるのか?」
「……」
「本当にお前は馬鹿だな、だからスチュワートには言ったんだ。
金はあるのに女子高等学院にも進学しなかった、家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女でいいのか、ってな」
家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女。
王都へ出ず、マナースクールに通ったわたしを、レナードはそんな目で見ていたの?
もしかしたら、スチュワートも?
それでもいいから、と?
「俺だって、スチュワートのお古のお前と結婚したい訳じゃない。
だが、ウィンガムとの婚姻は王命だ。
叔父上がお前を薦めたのは、お前が比較的早く身籠れる石女じゃないことを証明したからだ。
それと領内で人気があることも一因だ。
中途半端な貴族令嬢を娶っても、お前より好感度を上げるのは難しいからな」
「……」
「王家はウィンガムなら、誰でもいいんだよ。
俺だってそうだ。
お前とは子供をひとり作ったら、もう抱かないと決めている。
そしてサリーをこの邸に住まわせる。
俺の妻は彼女だけなんだからな。
理解したなら、四の五の言わずに大人しくしてろ」
それだけ言うと、レナードは立ち上がった。
もう話すことはないと言いたげな彼を、気力を振り絞ってミルドレッドは見上げた。
「ウィンガムなら、誰でもいいんでしょう?
スチューのお古のわたしが、本当はお嫌なんでしょう?」
「……ああ、そうだ。
ウィンガムで他に誰か居ると言うのか?」
「メ、メリーアンなら。
メリーアンなら、まだ乙女で綺麗な子ですから」
メリーアンはミルドレッドの再従姉妹で、まだ16歳の乙女だ。
今は女子高等学院の2年生で成績もいい。
それがレナードの好みなら、彼女の頭の中は空っぽじゃない。
それにメリーアンは、披露宴で一緒にダンスをしたレナードが素敵だと言っていた。
ミルドレッドを嫌っているレナードだって可憐なメリーアンになら、絆されるかもしれない。
……そう期待して、言ってみたが。
メリーアンの名前を出すなり、レナードは笑い出した。
今度は声をあげて。
笑い続ける彼の気持ちが、ミルドレッドにはわからない。
そんなにおかしなことを、自分は言ったのだろうか。
「はぁ、笑わせて貰ったよ。
メリーアンか……確か16だったよな?
サリーより10歳若い乙女だから、俺が絆されるとでも?」
「……そんなサリー様と比べた訳じゃ……」
「ここまで自分本位だと、反対に尊敬するよ。
お前が地獄だと言ったこの婚姻の生贄に、可愛がっていたメリーアンを差し出すんだな?
自分が逃れたいから」
レナード様には、お付き合いしている恋人が居るのよ。
ミルドレッドがそう教えると、残念そうに眉を下げたメリーアンを思い出した。
生まれて初めて男性を本気で怒らせたことに、ようやく彼女は気付いた。
彼女の言い訳など、彼は拒否するだろうと分かった。
「ミルドレッド・マーチ。
お前は自分だけが被害者だと思っているんじゃないか?」
普段呼ぶミリーではなく、ミルドレッドと。
アダムスではなく、旧姓のマーチと。
叔父のリチャードのように大声を出しているわけでもないのに、レナードの静かな物言いが怖かった。
お前なんて、スチュワートは勿論、義理の父や実家の父からも兄からも。
あの尊大なリチャードからさえも、言われたことはなかった。
お嬢様育ちのミルドレッドにとっては、もうそれだけで頭を殴られたほどの衝撃だ。
「……あ、あの……」
「一番の被害者はな、俺の妻になるはずだったサリーなんだよ。
お前は前と変わらず、領主の妻で伯爵夫人だが、サリーは妻だと呼ばれなくなった。
これからは、領主の愛人だ、妾だ、と後ろ指を指される。
その辛さがお前に分かるのか?」
「だっ、だから……わたしは貴方は……サリー様と結ばれるべきだと……」
「サリーと?
平民の彼女に領主の妻が務まると?
レイウッドの領民達がそれを認めると?
お前は本気で言ってるのか?」
「……」
「本当にお前は馬鹿だな、だからスチュワートには言ったんだ。
金はあるのに女子高等学院にも進学しなかった、家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女でいいのか、ってな」
家柄だけ、見た目だけで、頭の中は空っぽな女。
王都へ出ず、マナースクールに通ったわたしを、レナードはそんな目で見ていたの?
もしかしたら、スチュワートも?
それでもいいから、と?
「俺だって、スチュワートのお古のお前と結婚したい訳じゃない。
だが、ウィンガムとの婚姻は王命だ。
叔父上がお前を薦めたのは、お前が比較的早く身籠れる石女じゃないことを証明したからだ。
それと領内で人気があることも一因だ。
中途半端な貴族令嬢を娶っても、お前より好感度を上げるのは難しいからな」
「……」
「王家はウィンガムなら、誰でもいいんだよ。
俺だってそうだ。
お前とは子供をひとり作ったら、もう抱かないと決めている。
そしてサリーをこの邸に住まわせる。
俺の妻は彼女だけなんだからな。
理解したなら、四の五の言わずに大人しくしてろ」
それだけ言うと、レナードは立ち上がった。
もう話すことはないと言いたげな彼を、気力を振り絞ってミルドレッドは見上げた。
「ウィンガムなら、誰でもいいんでしょう?
スチューのお古のわたしが、本当はお嫌なんでしょう?」
「……ああ、そうだ。
ウィンガムで他に誰か居ると言うのか?」
「メ、メリーアンなら。
メリーアンなら、まだ乙女で綺麗な子ですから」
メリーアンはミルドレッドの再従姉妹で、まだ16歳の乙女だ。
今は女子高等学院の2年生で成績もいい。
それがレナードの好みなら、彼女の頭の中は空っぽじゃない。
それにメリーアンは、披露宴で一緒にダンスをしたレナードが素敵だと言っていた。
ミルドレッドを嫌っているレナードだって可憐なメリーアンになら、絆されるかもしれない。
……そう期待して、言ってみたが。
メリーアンの名前を出すなり、レナードは笑い出した。
今度は声をあげて。
笑い続ける彼の気持ちが、ミルドレッドにはわからない。
そんなにおかしなことを、自分は言ったのだろうか。
「はぁ、笑わせて貰ったよ。
メリーアンか……確か16だったよな?
サリーより10歳若い乙女だから、俺が絆されるとでも?」
「……そんなサリー様と比べた訳じゃ……」
「ここまで自分本位だと、反対に尊敬するよ。
お前が地獄だと言ったこの婚姻の生贄に、可愛がっていたメリーアンを差し出すんだな?
自分が逃れたいから」
レナード様には、お付き合いしている恋人が居るのよ。
ミルドレッドがそう教えると、残念そうに眉を下げたメリーアンを思い出した。
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