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第7話
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個室に夫以外の男性とふたりきりで居たこと等、今まで一度もない。
今回、レナードが寝室で臥せっているミルドレッドを見舞ってくれた時には、いつも侍女長のケイトを伴っていた。
彼に会いたいと、ユリアナを通して言伝てたのは自分だが、私室に招いたつもりはない。
1階のファミリールームで。
勿論ふたりだけではなく、ハモンドかケイトに付いて貰って。
当然そのように想定していた。
「……取り敢えず、下で話を聞いて貰えたら」
「わざわざ1階に下りなくちゃだめなのかな?
ここでは出来ない話?
急いでいるようだから、来た方が早いと思ったんだけど?」
レナードの態度は自然に見えた。
自分が意識し過ぎているのかもしれないが、それでも。
「確かに急いだ方がいい話なの。
でも、ここじゃない方がいいから、部屋を移りましょう」
ミルドレットがソファから立ち上がり、部屋を出ようとするのに、扉近くに居るレナードは開けてくれない。
「外出はどうだったか尋ねたら……公園で、シールズ夫人に会ったとユリアナから聞いた。
その話をしたいんなら、ここの方がいいんじゃない?」
立ち竦むミルドレッドに、レナードはいつもの義弟とは違う笑いを見せた。
「その話って……どんな話なのか、貴方もご存じなの?」
「……先週、叔父上とふたりで、シールズ査察官に会って来たからね」
そう言いながらレナードは、ミルドレッドの腕を掴んだ。
彼が既にリチャードと共に、シールズ査察官に会っている等思いもしなかった。
今朝だって彼はいつもと同じだった……
「ミリー、立ち話じゃなくて、座って話さないか?」
「ま、待って、レナード様は……」
このままふたりきりで、話し続けたくはないのに。
男性に強く腕を掴まれたのだ。
完全に体力も回復していないミルドレッドは、そのまま引き摺られるようにソファに座らされたが、さすがにレナードも隣には座らずに、彼ははす向かいの1人用の肘掛け椅子に腰をおろした。
「君との再婚の話は、兄上の葬儀の直後に叔父上から打診された。
叔父上とも相談して、直ぐには受け入れられないことだろうし、倒れてしまった君の体力が回復するまでは耳に入れるつもりはなかったんだ。
まったく……査察官殿の奥方は勝手なことをしてくれたよ。
夫婦揃って口が軽いのは、中央へ苦情を訴えてもいいな」
スチュワートの葬儀の直後?
では、わたしだけが知らなかったの?
……多分、家令のハモンドは知っていただろう。
ケイトは?ユリアナは?
「その話を聞かされて、君はどう思った?」
「貴方も知らないと思っていたわ!
ふたりで、この話はなかったことに出来ないかと相談して、シールズ様にお願いに伺おうとしていたの!
ね、レナード様だって、お嫌でしょう?
サリー様がいらっしゃるのに……」
「サリーのことは今は話さなくていい。
ミリーは嫌なんだ?」
「え、ええ……だってそんな、貴方はスチューの弟なのよ?
兄弟でそんな……畜生と言うか、地獄としか……」
本当は畜生とまで思ったわけではない。
だが、それ程酷い話なのだとレナードに分かって貰いたかった。
もし、リチャードから自分との再婚を後継の条件にされていたとしたら。
ウィンガムとの繋がりを断ってはいけないからと無理強いをされているなら。
それはレナードにとって、地獄だ。
彼だって、そう感じているはずで。
だけど、優しいひとだから、傷付けてしまうとわたしには自分からは言えなくて。
本心では他に愛するひとが居るのに、兄の子供を妊娠したわたしを、娶りたくはないはずだから。
未亡人のわたしなんかと無理に結婚しなくても、ウィンガムからはこれまでの協力体制を変えることはないと約束する。
ミルドレッドはそう言葉を続けようとしたのだが。
「ふぅん?
俺との再婚は、畜生で地獄か……」
違う、地獄と言ったのは貴方との結婚のことじゃない。
現在の貴方の心境がそうじゃないかと思っただけ。
でも、ミルドレッドがそれを告げることはもう出来なかった。
相変わらずレナードは薄く笑っていたが、正面から見ると右側の眉と口角が上がっていて。
ひどく歪んだ微笑みだった。
今回、レナードが寝室で臥せっているミルドレッドを見舞ってくれた時には、いつも侍女長のケイトを伴っていた。
彼に会いたいと、ユリアナを通して言伝てたのは自分だが、私室に招いたつもりはない。
1階のファミリールームで。
勿論ふたりだけではなく、ハモンドかケイトに付いて貰って。
当然そのように想定していた。
「……取り敢えず、下で話を聞いて貰えたら」
「わざわざ1階に下りなくちゃだめなのかな?
ここでは出来ない話?
急いでいるようだから、来た方が早いと思ったんだけど?」
レナードの態度は自然に見えた。
自分が意識し過ぎているのかもしれないが、それでも。
「確かに急いだ方がいい話なの。
でも、ここじゃない方がいいから、部屋を移りましょう」
ミルドレットがソファから立ち上がり、部屋を出ようとするのに、扉近くに居るレナードは開けてくれない。
「外出はどうだったか尋ねたら……公園で、シールズ夫人に会ったとユリアナから聞いた。
その話をしたいんなら、ここの方がいいんじゃない?」
立ち竦むミルドレッドに、レナードはいつもの義弟とは違う笑いを見せた。
「その話って……どんな話なのか、貴方もご存じなの?」
「……先週、叔父上とふたりで、シールズ査察官に会って来たからね」
そう言いながらレナードは、ミルドレッドの腕を掴んだ。
彼が既にリチャードと共に、シールズ査察官に会っている等思いもしなかった。
今朝だって彼はいつもと同じだった……
「ミリー、立ち話じゃなくて、座って話さないか?」
「ま、待って、レナード様は……」
このままふたりきりで、話し続けたくはないのに。
男性に強く腕を掴まれたのだ。
完全に体力も回復していないミルドレッドは、そのまま引き摺られるようにソファに座らされたが、さすがにレナードも隣には座らずに、彼ははす向かいの1人用の肘掛け椅子に腰をおろした。
「君との再婚の話は、兄上の葬儀の直後に叔父上から打診された。
叔父上とも相談して、直ぐには受け入れられないことだろうし、倒れてしまった君の体力が回復するまでは耳に入れるつもりはなかったんだ。
まったく……査察官殿の奥方は勝手なことをしてくれたよ。
夫婦揃って口が軽いのは、中央へ苦情を訴えてもいいな」
スチュワートの葬儀の直後?
では、わたしだけが知らなかったの?
……多分、家令のハモンドは知っていただろう。
ケイトは?ユリアナは?
「その話を聞かされて、君はどう思った?」
「貴方も知らないと思っていたわ!
ふたりで、この話はなかったことに出来ないかと相談して、シールズ様にお願いに伺おうとしていたの!
ね、レナード様だって、お嫌でしょう?
サリー様がいらっしゃるのに……」
「サリーのことは今は話さなくていい。
ミリーは嫌なんだ?」
「え、ええ……だってそんな、貴方はスチューの弟なのよ?
兄弟でそんな……畜生と言うか、地獄としか……」
本当は畜生とまで思ったわけではない。
だが、それ程酷い話なのだとレナードに分かって貰いたかった。
もし、リチャードから自分との再婚を後継の条件にされていたとしたら。
ウィンガムとの繋がりを断ってはいけないからと無理強いをされているなら。
それはレナードにとって、地獄だ。
彼だって、そう感じているはずで。
だけど、優しいひとだから、傷付けてしまうとわたしには自分からは言えなくて。
本心では他に愛するひとが居るのに、兄の子供を妊娠したわたしを、娶りたくはないはずだから。
未亡人のわたしなんかと無理に結婚しなくても、ウィンガムからはこれまでの協力体制を変えることはないと約束する。
ミルドレッドはそう言葉を続けようとしたのだが。
「ふぅん?
俺との再婚は、畜生で地獄か……」
違う、地獄と言ったのは貴方との結婚のことじゃない。
現在の貴方の心境がそうじゃないかと思っただけ。
でも、ミルドレッドがそれを告げることはもう出来なかった。
相変わらずレナードは薄く笑っていたが、正面から見ると右側の眉と口角が上がっていて。
ひどく歪んだ微笑みだった。
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