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第5話
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スチュワートの葬儀が終わって6週間が過ぎた頃。
夫との愛の証であった我が子を失ったミルドレッドがようやく私室から出られるようになった頃だった。
奇しくもミルドレッドの家族である夫と赤ん坊の命日は同日となった。
スチュワートの破壊された遺体にショックを受けたミルドレッドが失神をして。
彼女は大理石の床に倒れ、頭と腰を強く打ち付け……子供は流れた。
心身ともに傷付いた当主夫人が、夫の葬儀に参列出来なくても、それを責める者は居なかった。
若きレイウッド伯爵夫妻の仲の良さは有名であったし、4ヶ月が過ぎて悪阻が治まり、これなら心配なかろうと発表された彼等の第一子の妊娠は喜びを持って、領内で広まっていたからだ。
それと共に。
領主様のスチュワートの死因が領民を助けようとしたから、と言うのが。
益々領民達からの尊敬と同情を集めて、ショックで流産したミルドレッドへの眼差しは途轍もなく温かいものとなっていた。
待望の子供を喪ってしまったこと。
リチャードからの暴言を覚悟していたミルドレッドだったが、珍しく何も責められず。
ゆっくり身体を休めるようにと寝室には、叔父から何度も花が届けられた。
あの朝、しっかりしなくては。
そう思っていたのに。
あんなにスチュワートを愛していたのに。
いや、今も変わらずに彼を愛しているのに。
最後のお別れが出来なかった。
彼との大事な赤ちゃんも守れなかった。
もう、わたしも死んでしまいたい。
今なら、スチュワートも赤ちゃんも天国へ行く途中で。
今からなら、追い付けるかもしれない。
そしたら、3人でいつまでも一緒に居られるの。
そんな想いが何度も、ミルドレッドの頭をよぎる。
自死等したら、教会から破門されて、行く先は地獄だと。
そんな教えもどうでも良くなった。
葬儀に合わせてウィンガムから来た母のキャサリンと兄のジャーヴィスから。
スチュワートや5年前に亡くなった父アイヴァンの名前を出され、ミリーが強く生きるのを彼等も望んでいる、と励まされても。
死の誘惑はいつも彼女の側に居た。
◇◇◇
「そろそろ、外に出られてはいかがでしょうか……」
遠慮がちにケイトに勧められて、ミルドレッドは外出をした。
元より買い物や食べたい物があるわけでもないが、伯爵邸では常に誰かが彼女を見守っていた。
周囲に心配を掛けているのは承知しているが、それはまるで監視されているようで、ミルドレッドの気鬱に拍車を掛けた。
レナードが夫の後を継ぎ、次期伯爵となるのは後3ヶ月はかかりそうで、それが終わるまでは当主夫人としてアダムス家に留まらなくてはならないのは理解している。
来年の彼とサリーの結婚式の前には、わたしはここから解放されてウィンガムへ戻れるのだ。
現状ではそれだけが、ミルドレッドの願いだ。
レイウッドにはスチュワートの思い出が多すぎて、ここに居るのが辛い。
そんなミルドレッドの行く先は領都の中心に位置する自然公園だった。
専属侍女のユリアナを伴い、ただ時間潰しに池の周りを散歩するだけのミルドレッドに声を掛けてきたご婦人が居た。
レイラ・シールズ……王都から派遣された地方行政査察官ベネディクト・シールズの奥方だった。
レイラは決して噂好きの口の軽い女性ではない。
夫の立場を考えると軽薄な真似は出来ないからだ。
それでも、今回の悲劇に心を痛めているような夫のベネディクトからその王命の話を聞いたので、ミルドレッドを心配していた。
同じ女性として、王命と言えどもこんな話は受け入れ難かった。
何十年も前の戦時中なら、よくある話だったと思う。
『戦死した兄弟の妻を、生き残った方が娶る話』だ。
── 新たにレイウッド伯爵となるレナード・アダムスに、前伯爵夫人ミルドレッド・アダムスを娶らせる
その王命が出たことをシールズ査察官の妻から告げられて、蒼白になったミルドレッドに、もう一言レイラ・シールズは付け加えた。
その眼差しには同情の色が浮かんでいた。
「この沙汰はアダムス子爵からの請願書を、王家が受理されたからです」
夫との愛の証であった我が子を失ったミルドレッドがようやく私室から出られるようになった頃だった。
奇しくもミルドレッドの家族である夫と赤ん坊の命日は同日となった。
スチュワートの破壊された遺体にショックを受けたミルドレッドが失神をして。
彼女は大理石の床に倒れ、頭と腰を強く打ち付け……子供は流れた。
心身ともに傷付いた当主夫人が、夫の葬儀に参列出来なくても、それを責める者は居なかった。
若きレイウッド伯爵夫妻の仲の良さは有名であったし、4ヶ月が過ぎて悪阻が治まり、これなら心配なかろうと発表された彼等の第一子の妊娠は喜びを持って、領内で広まっていたからだ。
それと共に。
領主様のスチュワートの死因が領民を助けようとしたから、と言うのが。
益々領民達からの尊敬と同情を集めて、ショックで流産したミルドレッドへの眼差しは途轍もなく温かいものとなっていた。
待望の子供を喪ってしまったこと。
リチャードからの暴言を覚悟していたミルドレッドだったが、珍しく何も責められず。
ゆっくり身体を休めるようにと寝室には、叔父から何度も花が届けられた。
あの朝、しっかりしなくては。
そう思っていたのに。
あんなにスチュワートを愛していたのに。
いや、今も変わらずに彼を愛しているのに。
最後のお別れが出来なかった。
彼との大事な赤ちゃんも守れなかった。
もう、わたしも死んでしまいたい。
今なら、スチュワートも赤ちゃんも天国へ行く途中で。
今からなら、追い付けるかもしれない。
そしたら、3人でいつまでも一緒に居られるの。
そんな想いが何度も、ミルドレッドの頭をよぎる。
自死等したら、教会から破門されて、行く先は地獄だと。
そんな教えもどうでも良くなった。
葬儀に合わせてウィンガムから来た母のキャサリンと兄のジャーヴィスから。
スチュワートや5年前に亡くなった父アイヴァンの名前を出され、ミリーが強く生きるのを彼等も望んでいる、と励まされても。
死の誘惑はいつも彼女の側に居た。
◇◇◇
「そろそろ、外に出られてはいかがでしょうか……」
遠慮がちにケイトに勧められて、ミルドレッドは外出をした。
元より買い物や食べたい物があるわけでもないが、伯爵邸では常に誰かが彼女を見守っていた。
周囲に心配を掛けているのは承知しているが、それはまるで監視されているようで、ミルドレッドの気鬱に拍車を掛けた。
レナードが夫の後を継ぎ、次期伯爵となるのは後3ヶ月はかかりそうで、それが終わるまでは当主夫人としてアダムス家に留まらなくてはならないのは理解している。
来年の彼とサリーの結婚式の前には、わたしはここから解放されてウィンガムへ戻れるのだ。
現状ではそれだけが、ミルドレッドの願いだ。
レイウッドにはスチュワートの思い出が多すぎて、ここに居るのが辛い。
そんなミルドレッドの行く先は領都の中心に位置する自然公園だった。
専属侍女のユリアナを伴い、ただ時間潰しに池の周りを散歩するだけのミルドレッドに声を掛けてきたご婦人が居た。
レイラ・シールズ……王都から派遣された地方行政査察官ベネディクト・シールズの奥方だった。
レイラは決して噂好きの口の軽い女性ではない。
夫の立場を考えると軽薄な真似は出来ないからだ。
それでも、今回の悲劇に心を痛めているような夫のベネディクトからその王命の話を聞いたので、ミルドレッドを心配していた。
同じ女性として、王命と言えどもこんな話は受け入れ難かった。
何十年も前の戦時中なら、よくある話だったと思う。
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── 新たにレイウッド伯爵となるレナード・アダムスに、前伯爵夫人ミルドレッド・アダムスを娶らせる
その王命が出たことをシールズ査察官の妻から告げられて、蒼白になったミルドレッドに、もう一言レイラ・シールズは付け加えた。
その眼差しには同情の色が浮かんでいた。
「この沙汰はアダムス子爵からの請願書を、王家が受理されたからです」
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