【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第4話

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 この場には叔父のリチャードも居て。
 いつもなら、何かしら大きな声で話すのに。
 この時は何も言わず。


 抱き合い、慰め合うミルドレッドとレナードを見ていたこと等、当のふたりは気付いていなかった。



 直ぐにシールズ査察官が伯爵家を訪れるようなことを、リチャードは言ったが。
 彼が来たのは、それからようやく雨が止んだ2時間後のことだった。 


 ここより前に現場に寄ったシールズは、ひとりではなかった。
 肩から三角巾を吊り、憔悴しきって従者に支えられたカールトン・アダムスと。
 顔の片側が潰れて、片足が折れ曲がり、お腹だけが異常に膨らみ、物言わなくなったスチュワート・アダムス・レイウッド伯爵と共に、だ。


 取り敢えず泥を落とし、戸板に乗せられ、邸に運ばれてきた……
 生前は眉目秀麗だった夫の変わり果てた遺体を確認して。
 それまでギリギリの精神力で堪えていたミルドレッドは、気を失った。


 隣に居たレナードが素早く手を伸ばしたが間に合わず、ミルドレッドは床に倒れ、腰と頭を打ち付けた。
 頭部の切れた傷口から血が流れたが、また余計な世話を掛けさせる女だとリチャードは忌々しげにハモンドに、ミルドレッドの寝室に運び手当てをするように告げた。


 葬儀、譲位と領地の復興。
 決定することが多すぎて、これからが忙しくなる本番だ。
 遺体を見て、失神するような妊婦は寝ていた方が邪魔にならない。
 全てを決めてから、呼べばいい。


 リチャードの脳内には、これからの段取りしかなかった。



     ◇◇◇



 スチュワート・アダムスとミルドレッド・マーチは政略結婚だった。

 スチュワートのレイウッド伯領とミルドレッドのウィンガム伯領が隣り合う双方の領地を、国を挙げての一大事業の鉄道が走ることが8年前に決定されて。
 当時16歳のスチュワートと12歳のミルドレッドの縁組みが王家から持ち込まれたのだ。
 それは拒否できない縁組みだ。
 

 領地が隣り合っていても、両家はそれまで取り立てて親しくしていなかった。
 まだ社交界で顔も合わせていない子供達など特にそうだ。


 レイウッド伯爵家の兄弟スチュワートとレナードは、16歳と13歳。
 ウィンガム伯爵家の兄妹ジャーヴィスとミルドレッドは、20歳と12歳で。
 微妙に年齢差があって幼い頃から遊んでいたわけでも、共通の友人が居るわけでもない。
 王家からの縁組みでもなければ、まずは結ばれなかったふたりだった。


 4つの年の差のスチュワートとミルドレッドの交流も本格的に始まったのは、彼女が16歳になった頃からだ。

 ミルドレッドが王都の女子高等学院に進学せずに、ウィンガム領内の子女が通うマナースクールを選んだこと。
 スチュワートが8年間在籍した王都の貴族高等学院を卒業し、レイウッドへ戻ってきたこと。


 それでふたりはすれ違うことなく、交際が始まった。
 婚約当初とは違い、20歳と16歳なら。
 それは結婚するには丁度良い年齢差となっていた。
 
 初対面のようにふたりは改めて出会い、そして恋に落ち、2年後結婚した。
 今から15ヶ月前の話だ。
 それから半年後にスチュワートの両親、前レイウッド伯爵夫妻が続けて病死して、スチュワートが後を継いだ。

 義父バーナードに先立ち亡くなった義母ジュリアは、スチュワートの母メラニーが離縁されてから1年後に、後妻となりレナードを産んだ。

 アダムス家が持っていた子爵位はバーナードの弟リチャードが継ぎ、その後継者であるカールトンもレイウッド領内で領主の補佐役となっていたので、レナードは新聞社に入社した。

 そして来年には、恋人のサリー・グレイと結婚すると予定されていたのだが。



 レイウッド領主、スチュワート・アダムスの不慮の死亡により。
 次男のレナード・アダムスが後継者となり。

 異母兄の妻だったミルドレッド・アダムスと再婚するように、と。


 この王家からの申し渡しが、地方行政査察官のベネディクト・シールズの元に届けられたのは、スチュワートの葬儀から僅か1ヶ月半後のことだった。



 

 
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