5 / 58
第4話
しおりを挟む
この場には叔父のリチャードも居て。
いつもなら、何かしら大きな声で話すのに。
この時は何も言わず。
抱き合い、慰め合うミルドレッドとレナードを見ていたこと等、当のふたりは気付いていなかった。
直ぐにシールズ査察官が伯爵家を訪れるようなことを、リチャードは言ったが。
彼が来たのは、それからようやく雨が止んだ2時間後のことだった。
ここより前に現場に寄ったシールズは、ひとりではなかった。
肩から三角巾を吊り、憔悴しきって従者に支えられたカールトン・アダムスと。
顔の片側が潰れて、片足が折れ曲がり、お腹だけが異常に膨らみ、物言わなくなったスチュワート・アダムス・レイウッド伯爵と共に、だ。
取り敢えず泥を落とし、戸板に乗せられ、邸に運ばれてきた……
生前は眉目秀麗だった夫の変わり果てた遺体を確認して。
それまでギリギリの精神力で堪えていたミルドレッドは、気を失った。
隣に居たレナードが素早く手を伸ばしたが間に合わず、ミルドレッドは床に倒れ、腰と頭を打ち付けた。
頭部の切れた傷口から血が流れたが、また余計な世話を掛けさせる女だとリチャードは忌々しげにハモンドに、ミルドレッドの寝室に運び手当てをするように告げた。
葬儀、譲位と領地の復興。
決定することが多すぎて、これからが忙しくなる本番だ。
遺体を見て、失神するような妊婦は寝ていた方が邪魔にならない。
全てを決めてから、呼べばいい。
リチャードの脳内には、これからの段取りしかなかった。
◇◇◇
スチュワート・アダムスとミルドレッド・マーチは政略結婚だった。
スチュワートのレイウッド伯領とミルドレッドのウィンガム伯領が隣り合う双方の領地を、国を挙げての一大事業の鉄道が走ることが8年前に決定されて。
当時16歳のスチュワートと12歳のミルドレッドの縁組みが王家から持ち込まれたのだ。
それは拒否できない縁組みだ。
領地が隣り合っていても、両家はそれまで取り立てて親しくしていなかった。
まだ社交界で顔も合わせていない子供達など特にそうだ。
レイウッド伯爵家の兄弟スチュワートとレナードは、16歳と13歳。
ウィンガム伯爵家の兄妹ジャーヴィスとミルドレッドは、20歳と12歳で。
微妙に年齢差があって幼い頃から遊んでいたわけでも、共通の友人が居るわけでもない。
王家からの縁組みでもなければ、まずは結ばれなかったふたりだった。
4つの年の差のスチュワートとミルドレッドの交流も本格的に始まったのは、彼女が16歳になった頃からだ。
ミルドレッドが王都の女子高等学院に進学せずに、ウィンガム領内の子女が通うマナースクールを選んだこと。
スチュワートが8年間在籍した王都の貴族高等学院を卒業し、レイウッドへ戻ってきたこと。
それでふたりはすれ違うことなく、交際が始まった。
婚約当初とは違い、20歳と16歳なら。
それは結婚するには丁度良い年齢差となっていた。
初対面のようにふたりは改めて出会い、そして恋に落ち、2年後結婚した。
今から15ヶ月前の話だ。
それから半年後にスチュワートの両親、前レイウッド伯爵夫妻が続けて病死して、スチュワートが後を継いだ。
義父バーナードに先立ち亡くなった義母ジュリアは、スチュワートの母メラニーが離縁されてから1年後に、後妻となりレナードを産んだ。
アダムス家が持っていた子爵位はバーナードの弟リチャードが継ぎ、その後継者であるカールトンもレイウッド領内で領主の補佐役となっていたので、レナードは新聞社に入社した。
そして来年には、恋人のサリー・グレイと結婚すると予定されていたのだが。
レイウッド領主、スチュワート・アダムスの不慮の死亡により。
次男のレナード・アダムスが後継者となり。
異母兄の妻だったミルドレッド・アダムスと再婚するように、と。
この王家からの申し渡しが、地方行政査察官のベネディクト・シールズの元に届けられたのは、スチュワートの葬儀から僅か1ヶ月半後のことだった。
いつもなら、何かしら大きな声で話すのに。
この時は何も言わず。
抱き合い、慰め合うミルドレッドとレナードを見ていたこと等、当のふたりは気付いていなかった。
直ぐにシールズ査察官が伯爵家を訪れるようなことを、リチャードは言ったが。
彼が来たのは、それからようやく雨が止んだ2時間後のことだった。
ここより前に現場に寄ったシールズは、ひとりではなかった。
肩から三角巾を吊り、憔悴しきって従者に支えられたカールトン・アダムスと。
顔の片側が潰れて、片足が折れ曲がり、お腹だけが異常に膨らみ、物言わなくなったスチュワート・アダムス・レイウッド伯爵と共に、だ。
取り敢えず泥を落とし、戸板に乗せられ、邸に運ばれてきた……
生前は眉目秀麗だった夫の変わり果てた遺体を確認して。
それまでギリギリの精神力で堪えていたミルドレッドは、気を失った。
隣に居たレナードが素早く手を伸ばしたが間に合わず、ミルドレッドは床に倒れ、腰と頭を打ち付けた。
頭部の切れた傷口から血が流れたが、また余計な世話を掛けさせる女だとリチャードは忌々しげにハモンドに、ミルドレッドの寝室に運び手当てをするように告げた。
葬儀、譲位と領地の復興。
決定することが多すぎて、これからが忙しくなる本番だ。
遺体を見て、失神するような妊婦は寝ていた方が邪魔にならない。
全てを決めてから、呼べばいい。
リチャードの脳内には、これからの段取りしかなかった。
◇◇◇
スチュワート・アダムスとミルドレッド・マーチは政略結婚だった。
スチュワートのレイウッド伯領とミルドレッドのウィンガム伯領が隣り合う双方の領地を、国を挙げての一大事業の鉄道が走ることが8年前に決定されて。
当時16歳のスチュワートと12歳のミルドレッドの縁組みが王家から持ち込まれたのだ。
それは拒否できない縁組みだ。
領地が隣り合っていても、両家はそれまで取り立てて親しくしていなかった。
まだ社交界で顔も合わせていない子供達など特にそうだ。
レイウッド伯爵家の兄弟スチュワートとレナードは、16歳と13歳。
ウィンガム伯爵家の兄妹ジャーヴィスとミルドレッドは、20歳と12歳で。
微妙に年齢差があって幼い頃から遊んでいたわけでも、共通の友人が居るわけでもない。
王家からの縁組みでもなければ、まずは結ばれなかったふたりだった。
4つの年の差のスチュワートとミルドレッドの交流も本格的に始まったのは、彼女が16歳になった頃からだ。
ミルドレッドが王都の女子高等学院に進学せずに、ウィンガム領内の子女が通うマナースクールを選んだこと。
スチュワートが8年間在籍した王都の貴族高等学院を卒業し、レイウッドへ戻ってきたこと。
それでふたりはすれ違うことなく、交際が始まった。
婚約当初とは違い、20歳と16歳なら。
それは結婚するには丁度良い年齢差となっていた。
初対面のようにふたりは改めて出会い、そして恋に落ち、2年後結婚した。
今から15ヶ月前の話だ。
それから半年後にスチュワートの両親、前レイウッド伯爵夫妻が続けて病死して、スチュワートが後を継いだ。
義父バーナードに先立ち亡くなった義母ジュリアは、スチュワートの母メラニーが離縁されてから1年後に、後妻となりレナードを産んだ。
アダムス家が持っていた子爵位はバーナードの弟リチャードが継ぎ、その後継者であるカールトンもレイウッド領内で領主の補佐役となっていたので、レナードは新聞社に入社した。
そして来年には、恋人のサリー・グレイと結婚すると予定されていたのだが。
レイウッド領主、スチュワート・アダムスの不慮の死亡により。
次男のレナード・アダムスが後継者となり。
異母兄の妻だったミルドレッド・アダムスと再婚するように、と。
この王家からの申し渡しが、地方行政査察官のベネディクト・シールズの元に届けられたのは、スチュワートの葬儀から僅か1ヶ月半後のことだった。
225
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる