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第3話
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リチャード・アダムス子爵はこんな時でも、夫の行方不明に顔を青ざめさせている妊婦のミルドレッドを気遣う振りさえ見せない。
既に喪服を着ていた叔父は、色味を押さえているとは言え、普通のドレスを着ているミルドレッドを睨め付けた。
「まだそんな格好をしているのか。
もうすぐ査察官のシールズも来るのに、早く喪服に着替えんか!」
地方行政査察官は王都から西部地域に派遣された3人の中央官僚だ。
彼等は領地行政には直接口を出さないが、常に領内や領主をチェックして、中央に報告を送っている。
スチュワートの行方不明は、早くもこのレイウッド領とミルドレッドの実家のウィンガム領を担当する査察官のベネディクト・シールズにも届いているのだ。
「……お言葉を返すようですが。
スチュワートはまだ見つかっておりません。
現場に居たカールトン卿からも詳しい話は聞かされていないのです。
スチュワートは戻るとわたくしに言いました。
妻のわたくしが夫の言葉を信じなくて……」
正直なところ、ミルドレッドは子爵を恐れていたが、ここははっきり妻の矜持を見せなくてはと思ったことに加えて、カールトンの名前を出したのは。
天災による事故で致し方無いとは言え、主の側に居た彼が無事なことを、父親としてリチャードがどう言うのか知りたかったからだが。
「妻か!つまらん戯れ言は口にするな。
これからはスチュワートの妻よりも、レイウッド伯爵家の当主夫人として、己の立場を考えた言動を心掛けろ。
おい、お前!早くミルドレッドに伯爵夫人に相応しい格好をさせろ」
リチャードは彼女の言葉を遮り、部屋の隅に控えていたハモンドに偉そうに命じた。
カールトンの責任等、絶対に自分からは言い出さないつもりなのだろう。
ケイトが、リチャードはミルドレッドの気持ちなど分かろうともしないと言ったことは本当だった。
これから来ると言うシールズ査察官に、自分だけが早くも喪服を着ていると受け取られたくないのだ。
リチャードは今はアダムス子爵だが、この家で育ってきた次男だ。
当主のスチュワートが居ない今、彼の発言力は強くなっている。
リチャードと自分に挟まれたハモンドが気の毒で。
ミルドレッドが折れた。
そんなミルドレッドに感謝の眼差しを向けたハモンドがケイトを呼んだ。
ケイトと共に応接室を出ていくミルドレッドの耳にリチャードとハモンドの会話が聞こえていた。
「レナードはどうした?」
「……奥様のご指示でグレイズプレイスには人を出しましたので、もうすぐ帰られるかと」
「また、あの年増の平民女の所か!
……こうなったからには、早めに手を打たなくてはな」
レナードは新聞社に勤めるスチュワートの異母弟だ。
週に2日は、恋人のサリー・グレイの父が経営するホテル、グレイズプレイスに泊まっていた。
そして昨夜はその日だったので、ミルドレッドはサリーと共に居る彼に連絡するように、ハモンドに頼んでいた。
◇◇◇
最悪な気分のまま喪服に着替え、応接室に戻ると。
異母弟のレナードは帰宅していたが、シールズ査察官はまだ到着していなかった。
緊急時と言うことで、いつも身嗜みは完璧なレナードも取り敢えずといった風で、雨に濡れた髪もそのままに、ソファから立ち上がると。
義姉のミルドレッドを抱き締めた。
「ミリー、大丈夫、大丈夫だから」
「……お帰りなさい、レナード様……
わ、わたし……」
「もう大丈夫、俺が付いてる」
異母弟だが、半分血が繋がっているレナードの声は、スチュワートの声とそっくりだ。
その声で「大丈夫」と繰り返されて。
まるでスチュワートから言われたかのように思えて、ミルドレッドは初めて泣いた。
恋人の元から帰宅した義弟に対して言った「お帰りなさい」が、夫に言えたような気がした。
既に喪服を着ていた叔父は、色味を押さえているとは言え、普通のドレスを着ているミルドレッドを睨め付けた。
「まだそんな格好をしているのか。
もうすぐ査察官のシールズも来るのに、早く喪服に着替えんか!」
地方行政査察官は王都から西部地域に派遣された3人の中央官僚だ。
彼等は領地行政には直接口を出さないが、常に領内や領主をチェックして、中央に報告を送っている。
スチュワートの行方不明は、早くもこのレイウッド領とミルドレッドの実家のウィンガム領を担当する査察官のベネディクト・シールズにも届いているのだ。
「……お言葉を返すようですが。
スチュワートはまだ見つかっておりません。
現場に居たカールトン卿からも詳しい話は聞かされていないのです。
スチュワートは戻るとわたくしに言いました。
妻のわたくしが夫の言葉を信じなくて……」
正直なところ、ミルドレッドは子爵を恐れていたが、ここははっきり妻の矜持を見せなくてはと思ったことに加えて、カールトンの名前を出したのは。
天災による事故で致し方無いとは言え、主の側に居た彼が無事なことを、父親としてリチャードがどう言うのか知りたかったからだが。
「妻か!つまらん戯れ言は口にするな。
これからはスチュワートの妻よりも、レイウッド伯爵家の当主夫人として、己の立場を考えた言動を心掛けろ。
おい、お前!早くミルドレッドに伯爵夫人に相応しい格好をさせろ」
リチャードは彼女の言葉を遮り、部屋の隅に控えていたハモンドに偉そうに命じた。
カールトンの責任等、絶対に自分からは言い出さないつもりなのだろう。
ケイトが、リチャードはミルドレッドの気持ちなど分かろうともしないと言ったことは本当だった。
これから来ると言うシールズ査察官に、自分だけが早くも喪服を着ていると受け取られたくないのだ。
リチャードは今はアダムス子爵だが、この家で育ってきた次男だ。
当主のスチュワートが居ない今、彼の発言力は強くなっている。
リチャードと自分に挟まれたハモンドが気の毒で。
ミルドレッドが折れた。
そんなミルドレッドに感謝の眼差しを向けたハモンドがケイトを呼んだ。
ケイトと共に応接室を出ていくミルドレッドの耳にリチャードとハモンドの会話が聞こえていた。
「レナードはどうした?」
「……奥様のご指示でグレイズプレイスには人を出しましたので、もうすぐ帰られるかと」
「また、あの年増の平民女の所か!
……こうなったからには、早めに手を打たなくてはな」
レナードは新聞社に勤めるスチュワートの異母弟だ。
週に2日は、恋人のサリー・グレイの父が経営するホテル、グレイズプレイスに泊まっていた。
そして昨夜はその日だったので、ミルドレッドはサリーと共に居る彼に連絡するように、ハモンドに頼んでいた。
◇◇◇
最悪な気分のまま喪服に着替え、応接室に戻ると。
異母弟のレナードは帰宅していたが、シールズ査察官はまだ到着していなかった。
緊急時と言うことで、いつも身嗜みは完璧なレナードも取り敢えずといった風で、雨に濡れた髪もそのままに、ソファから立ち上がると。
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「ミリー、大丈夫、大丈夫だから」
「……お帰りなさい、レナード様……
わ、わたし……」
「もう大丈夫、俺が付いてる」
異母弟だが、半分血が繋がっているレナードの声は、スチュワートの声とそっくりだ。
その声で「大丈夫」と繰り返されて。
まるでスチュワートから言われたかのように思えて、ミルドレッドは初めて泣いた。
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