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第2話
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第一報は、「土嚢を積む現場に立ち会っていた伯爵様が足を滑らせた領民に手を延ばして、そのままふたりで濁流に飲み込まれてしまった。カールトン様も滑りかけたが、どうにか助かった」だった。
アダムス家にその報せをもたらしたのは、スチュワートの側に居たカールトンではなく彼の使いの者だったので、それ以上の詳しい話を聞くことが出来なかった。
ただ「伯爵様もあの流れじゃ……」と言葉を濁して、また現場へ戻るのか、雨の中へ再び出ていってしまったと言う。
対応したのは家令のハモンドで、ミルドレッドが直接そう言われたのではなかったから。
現時点でスチュワートが行方不明なのは確かだが、まだ死んだと決まった訳ではない。
ミルドレッドは「旦那様が亡くなりました」と伝えてきたケイトを叱った。
このまま寝室に籠って、泣き暮れて居てはいけない。
ガウン姿のまま階下へ降りたミルドレッドは、邸から出せるだけの男手を出して、スチュワートの捜索に当たらせることをハモンドに命じた。
ハモンドが頷いて、集まっていた使用人達に指示を出し始めたので、ケイトが取り敢えず着替えを、と促してきた。
ユリアナを伴い、3人で当主夫人の私室に戻ると、ケイトが取り出してきたのが喪服のような黒いドレスなので、それを着ないとミルドレッドは拒んだ。
「旦那様がわたしに一番似合っていて、一番好きだと仰ってくれた薄いピンクのデイドレスを着ます」
「……お気持ちは分かりますが。
……もうすぐアダムス子爵様もこちらへ来られます。
あの方には奥様のお気持ちは分かりませんし、分かろうともなさりません。
黒がお嫌だと仰せになられるのなら。
せめて、こちらを」
そう言って代わりに彼女が差し出したのは、灰色に青が混じった、手持ちのドレスの中ではシンプルなデザインで、地味なものだ。
このドレスを着ると、色白のミルドレッドの顔色が明るく見えないなとスチュワートが言ったので、その一度きりしか着ていない。
顔色が悪く見えるではなく、明るく見えないと。
スチュワートはそんな言い方をしてくれるひとだ。
「彼はそんなひとだった」なんて、まだ過去形では言いたくない。
だから、彼が「ミリー、心配かけてごめん」と帰ってきてくれると信じて、彼が好きだと褒めてくれたドレスで迎えたかった。
けれど……アダムス子爵の名前を出された。
スチュワートの叔父で、カールトンの父のリチャード・アダムスがこれから来ると聞かされたら、そんな意地は張れなくなった。
リチャードは押しの強い人物で、脅すように大きな声で話す。
9ヶ月前にスチュワートの両親の前レイウッド伯爵夫妻が流行り病で続けて亡くなってからは、領主となった甥のスチュワートを若造扱いしてあれこれ指図しようとしてくるので、ミルドレッドは苦手だった。
本家の領主が行方不明となったのだ。
叔父であり、政治的補佐役のリチャードが駆けつけるのは当たり前のことだ。
彼の息子のカールトンがついていながらの事態に、叔父はどう対処するつもりか。
息子の不始末だと詫びるような人物ではない。
義理の父母が亡き今。
ここにリチャードを止められるひとは居ない。
ミルドレッドは己の下腹部に手を当てた。
まだそれほど膨らんではいないが、夫がよくそうしていたように。
赤ちゃん、あなたのお父様を、お母様の元に帰してね。
スチュワートが居ない今。
ミルドレッドが頼りに出来るのは、もうこの子しか居ないように思われた。
アダムス家にその報せをもたらしたのは、スチュワートの側に居たカールトンではなく彼の使いの者だったので、それ以上の詳しい話を聞くことが出来なかった。
ただ「伯爵様もあの流れじゃ……」と言葉を濁して、また現場へ戻るのか、雨の中へ再び出ていってしまったと言う。
対応したのは家令のハモンドで、ミルドレッドが直接そう言われたのではなかったから。
現時点でスチュワートが行方不明なのは確かだが、まだ死んだと決まった訳ではない。
ミルドレッドは「旦那様が亡くなりました」と伝えてきたケイトを叱った。
このまま寝室に籠って、泣き暮れて居てはいけない。
ガウン姿のまま階下へ降りたミルドレッドは、邸から出せるだけの男手を出して、スチュワートの捜索に当たらせることをハモンドに命じた。
ハモンドが頷いて、集まっていた使用人達に指示を出し始めたので、ケイトが取り敢えず着替えを、と促してきた。
ユリアナを伴い、3人で当主夫人の私室に戻ると、ケイトが取り出してきたのが喪服のような黒いドレスなので、それを着ないとミルドレッドは拒んだ。
「旦那様がわたしに一番似合っていて、一番好きだと仰ってくれた薄いピンクのデイドレスを着ます」
「……お気持ちは分かりますが。
……もうすぐアダムス子爵様もこちらへ来られます。
あの方には奥様のお気持ちは分かりませんし、分かろうともなさりません。
黒がお嫌だと仰せになられるのなら。
せめて、こちらを」
そう言って代わりに彼女が差し出したのは、灰色に青が混じった、手持ちのドレスの中ではシンプルなデザインで、地味なものだ。
このドレスを着ると、色白のミルドレッドの顔色が明るく見えないなとスチュワートが言ったので、その一度きりしか着ていない。
顔色が悪く見えるではなく、明るく見えないと。
スチュワートはそんな言い方をしてくれるひとだ。
「彼はそんなひとだった」なんて、まだ過去形では言いたくない。
だから、彼が「ミリー、心配かけてごめん」と帰ってきてくれると信じて、彼が好きだと褒めてくれたドレスで迎えたかった。
けれど……アダムス子爵の名前を出された。
スチュワートの叔父で、カールトンの父のリチャード・アダムスがこれから来ると聞かされたら、そんな意地は張れなくなった。
リチャードは押しの強い人物で、脅すように大きな声で話す。
9ヶ月前にスチュワートの両親の前レイウッド伯爵夫妻が流行り病で続けて亡くなってからは、領主となった甥のスチュワートを若造扱いしてあれこれ指図しようとしてくるので、ミルドレッドは苦手だった。
本家の領主が行方不明となったのだ。
叔父であり、政治的補佐役のリチャードが駆けつけるのは当たり前のことだ。
彼の息子のカールトンがついていながらの事態に、叔父はどう対処するつもりか。
息子の不始末だと詫びるような人物ではない。
義理の父母が亡き今。
ここにリチャードを止められるひとは居ない。
ミルドレッドは己の下腹部に手を当てた。
まだそれほど膨らんではいないが、夫がよくそうしていたように。
赤ちゃん、あなたのお父様を、お母様の元に帰してね。
スチュワートが居ない今。
ミルドレッドが頼りに出来るのは、もうこの子しか居ないように思われた。
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