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第1話
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昨日の午後から降りだした雨は、翌日の明け方になっても降り続いていた。
現在の時刻が何時なのかはわからなかったが、部屋の中はまだ暗い。
隣に眠っていた夫スチュワートが動いた気配に、ミルドレッドも目を覚ました。
「ごめんねミリー、起こしちゃったね」
そう言いながらスチュワートはさっさとベッドから出て、ガウンを羽織った。
まだ完全には目覚めていないミルドレッドは、ぼんやりとした表情でベルトを結んでいる彼を見上げた。
すると、その視線に応えるかのようにスチュワートはベッドに上がり、妻の下腹部に掌を当てた。
「赤ちゃん、君はお父様の代わりに、お母様をしっかり守るんだ」
「……スチュー?どうしたの……」
「カールが来たらしい。
急ぎなんだろう。
話を聞いてくるよ、このまま君は寝てるといい。
……何事もなければ、直ぐ戻るからね」
そう言って微笑んだスチュワートは、ミルドレッドの唇に軽く口付けて、手を振りながら夫婦の寝室を出ていった。
カールトンはレイウッドの領主であるスチュワートの従兄に当たるが、領内の実務の片腕として、彼を支えてくれている。
まだ夜も明けきらぬこんな時間に、カールトンが訪ねてくること等初めてで、わたしもと起き上がりかけたミルドレッドをキスと微笑みで、優しく制したスチュワートだった。
専属執事のロイズがカールトンの来訪を夫に知らせる為に、寝室に入ってきたことにも気付かなかった。
それをミルドレッドは恥ずかしく思ったが、眠気が勝ち、夫の言葉もあって再び深い眠りに落ちた。
20歳のミルドレッドは現在は妊娠4ヶ月。
妊娠初期からの眠気が今も続いていて、愛妻の体調を一番に案じるスチュワートはいつも、彼女を休ませたがった。
アダムス家待望の第一子だ。
男児ならそのまま後継ぎだが、女児なら他に男児が生まれなかった場合は、次期レイウッド女伯爵になる。
どちらにしろ、誕生までは大事を取らせたい。
この時点ではスチュワートも、急激な大雨による川の増水で、領地が深刻な事態になっていることに気付いてはいなかった。
……ましてや、自分の運命など。
◇◇◇
次にミルドレッドが目覚めたのは、廊下をバタバタと走る足音と、男性の大声と女性の叫び声が聞こえたからだった。
それも何人もの声だ。
アダムス家に嫁入りして、まだ1年を過ぎた位だが、この家で大声や走り回る足音等聞いたことはなかった。
つまり、こんな異様な……
寝室のドアが強くノックされた。
いつもよりも何倍も強く。
すっかり目が覚めた。
何かあったのだ。
そうとしか思えない。
隣にスチュワートの姿は無い。
さっきまで彼が眠っていた傍らを掌で触れてみる。
そこに誰かが居た気配は感じなかった。
……あれから、彼は戻っていない?
緊張で口の中は渇いていたけれど、ミルドレッドは出来るだけ大きく、はっきりと返事をした。
しっかりしなくっちゃ、スチュワートが居ないのなら。
彼が居ないのなら、わたしがしっかりしなくては。
そう自分に言い聞かせ、奮い立たせた。
「奥様、失礼致します」
扉が開かれ入ってきたのは、侍女長のケイトと専属侍女のユリアナだった。
寝室にミルドレッドしか居ない時、男性の使用人はこの部屋を訪れない。
こんな時でさえ、それは守られていた。
「おはよう、どうしたの?
騒がしいわね?」
落ち着いて見えるよう、ミルドレッドは出来る限り平静な声を出した。
そんなミルドレッドを見つめるケイトは唇を噛み、ユリアナは彼女からの視線を避けるかのように下を向いている。
「カールトン様からご連絡がありました。
……旦那様が……お亡くなりになったそうです」
現在の時刻が何時なのかはわからなかったが、部屋の中はまだ暗い。
隣に眠っていた夫スチュワートが動いた気配に、ミルドレッドも目を覚ました。
「ごめんねミリー、起こしちゃったね」
そう言いながらスチュワートはさっさとベッドから出て、ガウンを羽織った。
まだ完全には目覚めていないミルドレッドは、ぼんやりとした表情でベルトを結んでいる彼を見上げた。
すると、その視線に応えるかのようにスチュワートはベッドに上がり、妻の下腹部に掌を当てた。
「赤ちゃん、君はお父様の代わりに、お母様をしっかり守るんだ」
「……スチュー?どうしたの……」
「カールが来たらしい。
急ぎなんだろう。
話を聞いてくるよ、このまま君は寝てるといい。
……何事もなければ、直ぐ戻るからね」
そう言って微笑んだスチュワートは、ミルドレッドの唇に軽く口付けて、手を振りながら夫婦の寝室を出ていった。
カールトンはレイウッドの領主であるスチュワートの従兄に当たるが、領内の実務の片腕として、彼を支えてくれている。
まだ夜も明けきらぬこんな時間に、カールトンが訪ねてくること等初めてで、わたしもと起き上がりかけたミルドレッドをキスと微笑みで、優しく制したスチュワートだった。
専属執事のロイズがカールトンの来訪を夫に知らせる為に、寝室に入ってきたことにも気付かなかった。
それをミルドレッドは恥ずかしく思ったが、眠気が勝ち、夫の言葉もあって再び深い眠りに落ちた。
20歳のミルドレッドは現在は妊娠4ヶ月。
妊娠初期からの眠気が今も続いていて、愛妻の体調を一番に案じるスチュワートはいつも、彼女を休ませたがった。
アダムス家待望の第一子だ。
男児ならそのまま後継ぎだが、女児なら他に男児が生まれなかった場合は、次期レイウッド女伯爵になる。
どちらにしろ、誕生までは大事を取らせたい。
この時点ではスチュワートも、急激な大雨による川の増水で、領地が深刻な事態になっていることに気付いてはいなかった。
……ましてや、自分の運命など。
◇◇◇
次にミルドレッドが目覚めたのは、廊下をバタバタと走る足音と、男性の大声と女性の叫び声が聞こえたからだった。
それも何人もの声だ。
アダムス家に嫁入りして、まだ1年を過ぎた位だが、この家で大声や走り回る足音等聞いたことはなかった。
つまり、こんな異様な……
寝室のドアが強くノックされた。
いつもよりも何倍も強く。
すっかり目が覚めた。
何かあったのだ。
そうとしか思えない。
隣にスチュワートの姿は無い。
さっきまで彼が眠っていた傍らを掌で触れてみる。
そこに誰かが居た気配は感じなかった。
……あれから、彼は戻っていない?
緊張で口の中は渇いていたけれど、ミルドレッドは出来るだけ大きく、はっきりと返事をした。
しっかりしなくっちゃ、スチュワートが居ないのなら。
彼が居ないのなら、わたしがしっかりしなくては。
そう自分に言い聞かせ、奮い立たせた。
「奥様、失礼致します」
扉が開かれ入ってきたのは、侍女長のケイトと専属侍女のユリアナだった。
寝室にミルドレッドしか居ない時、男性の使用人はこの部屋を訪れない。
こんな時でさえ、それは守られていた。
「おはよう、どうしたの?
騒がしいわね?」
落ち着いて見えるよう、ミルドレッドは出来る限り平静な声を出した。
そんなミルドレッドを見つめるケイトは唇を噛み、ユリアナは彼女からの視線を避けるかのように下を向いている。
「カールトン様からご連絡がありました。
……旦那様が……お亡くなりになったそうです」
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