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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 その後は20時から、サイモンの21歳のバースデーパーティーに招待されていた。
 場所は前回のシェアハウスではなく、わたしが住んでいたフラットだ。
 心情的にわたしはこの部屋に住むことは出来なくて、祖父に辞退したら、サイモンが借りたいと申し出た。
 
 あのカウチやブランケットを購入しなければいい、というものではなく、とにかくキッチンにもドレッシングルームにもオルとの思い出が浮かんできて、とても住めないと思った。

 それでも祖父から下見に誘われた時は、やはり付いて行った。
 家具も入っていない部屋だったが、色々と胸に迫るものがあって。


 サイモンがクララに『変な奴が無理やりドアに足を挟んで押し入ろうとしたら』と実際にドアに足を突っ込んで見せて。
『思いっきり踏みつけろ』と教えていたのが可笑しかった。
 

 フィリップスさんの指示のもと、死亡届の取消しを申請し、デイビスの戸籍を復活出来たサイモンは大学へ進学せずに、バーナビー商会に就職した。
 クララは王都の有名なお医者様に診ていただいて、『無理さえしなければ手術の必要無し』と診断を受けた。
 今はサイモンの戸籍に入り、初等学校へ通っている。


 今夜のパーティーではサプライズではなく、サイモンは婚約を発表する。
 お相手はヴァイオレット・ハント嬢。
 色々と考えて、自分はハント嬢には釣り合わないと、悩んでいたサイモンの後押しをしてくださったのが、サーラさんだった。



 もちろん、今夜のパーティーにはモニカも出席する。
 彼女は来月成人になり、正式にクレイトン伯爵位を継ぐことになった。 


 前回、モニカ達が前伯爵の遺言書だと言い張ったそれは、伯母のチェストの引き出しに少女向けの恋愛小説と共に包装されて入っていた。

 その引き出しには伯母の新しい絹の下着やストッキングが入っていて、娘のモニカには気付かれないように、と奥に隠されていた。
 可愛いリボンが掛けられていた、と聞いてモニカへの贈り物だと分かる。


 見つけて読み終えたモニカから電話を貰って。
『ジェリーも読む?』と聞かれたので、断った。
 何故ならそれは、遺言書などではなく、愛娘に宛てた両親からの手紙だった、と聞いたからだ。
 その内容をかいつまんで、モニカは教えてくれた。


 伯父からは、近い将来、女王陛下が進めている女子継承案が施行されて、負債だらけの伯爵家を病弱なモニカに継がせるのが心配だ。
 家のために愛のない結婚をするくらいなら、叔父に譲るのもいい、と書かれていたらしい。
 伯母からは、『好きな時に好きな所に行ける』乗馬の素晴らしさが綴られていて。
 いつかモニカの体調が落ち着いたら、一度前に乗せて遠乗りがしたい、と書かれていたそうだ。


「ウチに借金がある、ってお父様はわたしに面と向かって言えなくて、手紙にしたみたい。
 わたしの治療費が原因だったのよね……」

「……」

「お母様もね、代々お世話になっていたマクレガー先生の手前わたしには無理はしてはいけません、なんて仰っていたけれど、本当は叔母様のように外へ連れ出したかったみたいなの」

「……」

「どう読んでも遺言書じゃないし、わたしには無理だ、叔父様にお任せしたらどうか、とお父様は書かれていたのに、前回のわたしは本当におかしくなっていたのね。
 叔父様も叔母様も、そんなわたしの一方的なごり押しを聞いてくださったのね」
 

 それから、モニカは前回と同じ様に、両親に手紙を見せて。
 前回とは違った話し合いをして。
 クレイトンの女伯爵になると決めた。
 彼女は今、自分の運転する車で、クレイトンの特産品取引拡大を目指して、王国中を営業に回っている。

 車のトランクには伯爵家の紋章を焼き入れた木箱と、ジャムやフルーツソースを積んで、好きな時に好きな場所へ走らせている。
 そのソースを開発したのはマーサだ。
 ふたりは従姉妹にはならなかったけれど、商品開発の相棒としてタッグを組んでいる。


 因みにモニカは、譲位の手続きで知り合ったフィリップスさんに一目惚れして、人生のタッグを組みたがっているのだが、真剣に取り合ってくれない、といつも嘆いている。

 
 ◇◇◇


 そして、わたしの方は、と言うと。
 一度だけ……22歳の頃、我慢出来なくて。
 魔法学院創立100周年記念パレードを観に行った。


 ドアガールの指導係になっていたメリッサからはクリスタルホテルから観よう、と誘われた。
 それは全体を頭上から観る分には良いのだけれど、わたしは同じ目線で彼を観たかった。
 それ故、日曜の午後2時からのパレードに午前6時から場所取りをした。
 恋する女は一途で少し頭がおかしい。


 そんな愚行には、モニカもマーサもクララも付き合ってはくれなくて
(彼女達はメリッサのお誘いを喜んで受けて、ホテルの会議室から、を選んだ)
 わたしはたったひとりで、熱心な魔法学院ファンの真ん中にその身を置いた。

 8時間も同じ目的で同じ場所に居ると、自然と親近感がわいて、周囲の人達と仲良くなる。
 わたしはファンの皆さんと手持ちのお菓子を勧め合ったり、トイレに行く時は場所を見てて貰ったり、と交流を深めた。


 話を聞くところによると、皆さんの今回のお目当ては、まだ16歳になったばかりのオルシアナス・ヴィオンくんらしい。
 皆さんは独自のルートがあるらしく、魔法学院の内情に詳しかった。


 オルシアナスくんが学院史上最年少の10歳で入学するまで、記録を持っていた麗しのスピネル、ヨエル・フラウが学院を去ったので目の保養が居なくなった、と絶望していたところに、彗星のごとく現れたのがオルシアナスくんで。
 美少年であり、溢れる魔力を持つ彼は、パレード初参加であるのに、大注目されていた。

 あの『赤毛のベッキー』こと、レベッカ・ヴィオンがその才能に惚れ込んで養子にした、だとか。
 彼の卒業を待って、20歳のイブリン王太女殿下の専属になると内定されているから、殿下には現在専属が居ない、だとか。

 8時間の内に、わたしはオルの様々な情報を手に入れたのだった。



 とうとうお待ちかねのパレードが、王城を出発した、今どの辺りを通過した、等と次々に伝達の様に人々が口にしていて。
 興奮と歓声が最高潮に達した頃、パレードのやや後半にオルが姿を現した。


 隣には養母のレベッカ・ヴィオン師匠が居て。
 少し不機嫌に見えるオルに何かを言っていて。
 彼はなんとなく不貞腐れながら、面倒くさそうに観客に手を振り続けていた。

 物凄い人出で、セントラル大通りが人人人で埋め尽くされていた。
 オルが前から2列目のわたしに気付いたとは思えなかった。
(6時に来ても、最前列は確保出来なかったのだ)
 こっちなんか、全然見てくれてもいなかった。


 あんなに無愛想にして、嫌われてしまうぞ、と心配したのに。
 意外にも皆さんは口々に、単に歩いているだけのオルの美しさや将来性を褒めそやしていた。



 23歳の彼からは、いつか会える日のためにがんばっている、なんて聞かされたけれど。
 うーん……今回のパレードで一気にファンを増やしたのが、嬉しくもあり、腹立たしくもあり。


 恋する女はいつまで待てば良いのか、と。

 どきどきよりも鬱憤が溜まりだしていた。









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