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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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「貴方はわたしの首を噛んで、俺が吸血鬼ならどうする……」
「あっ、あーっ、あのガキ、やっぱり?
やっぱり今回も、噛みついた?」
オルが笑える程焦り出した。
あのガキ、って本人なのに。
「頭のおかしなガキの戯言! あの頃俺は頭がおかしなチビで……
もう! 忘れて!」
「オル、落ち着いて?」
「……分かったよ……全部話す。
……現実にうまく溶け込めないガキがさ、想像の世界に逃げ込んでいた、と言うか。
当時の俺は色々……自分を置き換えて……
あー、本当の俺は魔界の王子でまだ目覚めていないだけ、とか。
それだから、魔力持ちの俺は親から捨てられた、って。
違う世界から迎えが来るのを待つ主人公になったつもり……みたいな?」
「その中のひとつが吸血鬼だったの?」
「……もうさ、黒歴史!消したい過去だから、つい……」
「前回もわたし達は孤児院で出会ったけれど、その日の記憶を消したの?」
「……君は孤児院にモニカを迎えに来てて、リアンの誕生日のプレゼントを渡すために帰ってきた、と話していた。
それでブラウンさんが連れて帰ってきた俺と会って、お腹空いてるなら食堂へ行こうよ、って誘ってくれたんだ」
「本当はオルシアナスじゃなくてオシアナス、ってことも?」
「リアンの名前を出してね、あれは……嬉しかった」
今回はそんなに嬉しそうに見えなかったけれど、やはり喜んでくれてたのかな……
「それで調子に乗った俺は……帰る、って言った君に噛みついて。
想像通り、本当に俺が吸血鬼だったら、君を仲間にして。
君を……君とずっと一緒にいられたら、もう寂しくはないな、なんて。
驚いた君が怯えたから、その時俺と会った記憶を君の中から消したんだ」
わたしを仲間にしたら、もう寂しくない、と考えた当時10歳のオルが、とても哀しくて愛しくなる。
怯えたりせずに、理由を聞いて。
『もうひとりじゃないよ』と抱き締めたかった。
「……10歳の貴方は魔法が使えたの?」
「ちょっとだけ……」
既に魔力が発現していたから、直ぐに入学になったのね。
生まれながらのエリート過ぎて……
どうしてこんなひとが、わたしに?って思ってしまう。
あのヨエルも、自分以上の逸材がわたしなんかに構うから腹が立ったのかも……
「あの、戻る前にハグだけしても?
ディナには、16の君に会ったら、キスは絶対に許さないけれど、ハグをしてあげて、って言われてて」
「彼女公認の浮気相手みたいで、やりづらいね」
29歳になっても、わたしは自分以外のわたしに嫉妬するのか……
憎まれ口をきいてしまったけれど、29歳のわたしからのプレゼントの様で、本当は嬉しかったから素直に抱きしめて貰った。
やはりオルの腕の中は居心地が良かった。
「あのガキがさ、大人になるのを待っててやって。
いつか君に会いに行こうと、それだけでがんばってるから」
「今度も次にいつ会えるか教えてくれないんでしょ?
毎日どきどきさせようとしてるから」
「その通りです。
ところで、今日が何の日かわかる?」
もちろん、今日が11月20日なら、何の日か分かってる。
サイモンの誕生日で、フィリップスさんに初めて会ったのが3年後の今日で。
そして。
「わたしがパピーとぶつかって、たった3日間の貴方との同棲が始まった日が11月20日だもの」
パピーとシアとオルとわたしの、週末3日間の始まりの日。
「……正解です」
そして。
わたしが年上のオルに抱き締めて貰うのも、今日が最後。
「あんなスピネルみたいな、あんな奴に捕まったのに、君は本当に気丈にがんばった」
抱き締めながら、後頭部をポンポンしてくれる。
大丈夫、絶対に帰る。
そう、自分に言い聞かせた。
馬車の前には、ヨエルが立っていて。
あの赤い瞳でこちらをずっと見ていて、足がすくみそうになった。
銀色の長い髪に赤く光る目をした、綺麗で残忍な蛇の様に見えた。
逃げ出したかったけれど、そうしたら。
あの場で全員やられてしまうのも分かったから。
いつか、貴方に会えるわたしは、絶対に死なない。
死ねない。
そう言い聞かせた。
「こんなところで絶対に死ねない、とは思った。
貴方に、1年半口説いて貰うまでは死ねない、って」
「また1年半、俺から逃げ回るつもりか……」
「10年後に戻ったら、わたしはどうだった?
単なる知人になっていて、また一から口説いてくれたの?」
「今の16歳の君が成長した君だから。
事故にも遭わず、自分の夢を叶えていて。
俺の夢も叶えてくれて」
わたしの夢の芽は、花が咲いたのね!
「オルの夢、って何?」
「うーん、それはお楽しみで教えない」
またか……やっぱりわたしの魔法士は意地悪だ。
でもそれで良い。
先が分からないから、毎日どきどきするから。
「これから13年後に戻ったら、この会話をした29歳のわたしが貴方を待ってるのね?」
「そうだね、ややこしいけど」
「キスしたら、バレるね?」
「本人だからね、誤魔化しようがない。
多分、めちゃくちゃ怒られる」
「よくもあの時、わたしにキスしたわね!って。
わたしに怒られるのね」
夕闇がどんどん深くなってきて、変な気分になる前に、とわたし達は離れた。
「スピネルの血が一滴も残ってないか、チェックしとく。
君が気持ち悪いからと、俺と踊ってくれないのは辛い」
わたしをムーアの邸に送ってくれるのは、魔法庁の職員の人だ。
オルはこれから倉庫の中に居る師匠と合流して、最後に内部を点検してから、王城へ帰り、それから13年後に戻るそうだ。
2回に分けて。
泣き虫なオルも。
彼の泣き虫が移ってしまったわたしも。
もう泣かなかった。
わたし達は、また会えるから。
「わたしを幸せにしてあげて」
「あのガキを幸せにしてやって」
お互いにそう言って、夜になる前に。
わたしとオルは別れた。
「あっ、あーっ、あのガキ、やっぱり?
やっぱり今回も、噛みついた?」
オルが笑える程焦り出した。
あのガキ、って本人なのに。
「頭のおかしなガキの戯言! あの頃俺は頭がおかしなチビで……
もう! 忘れて!」
「オル、落ち着いて?」
「……分かったよ……全部話す。
……現実にうまく溶け込めないガキがさ、想像の世界に逃げ込んでいた、と言うか。
当時の俺は色々……自分を置き換えて……
あー、本当の俺は魔界の王子でまだ目覚めていないだけ、とか。
それだから、魔力持ちの俺は親から捨てられた、って。
違う世界から迎えが来るのを待つ主人公になったつもり……みたいな?」
「その中のひとつが吸血鬼だったの?」
「……もうさ、黒歴史!消したい過去だから、つい……」
「前回もわたし達は孤児院で出会ったけれど、その日の記憶を消したの?」
「……君は孤児院にモニカを迎えに来てて、リアンの誕生日のプレゼントを渡すために帰ってきた、と話していた。
それでブラウンさんが連れて帰ってきた俺と会って、お腹空いてるなら食堂へ行こうよ、って誘ってくれたんだ」
「本当はオルシアナスじゃなくてオシアナス、ってことも?」
「リアンの名前を出してね、あれは……嬉しかった」
今回はそんなに嬉しそうに見えなかったけれど、やはり喜んでくれてたのかな……
「それで調子に乗った俺は……帰る、って言った君に噛みついて。
想像通り、本当に俺が吸血鬼だったら、君を仲間にして。
君を……君とずっと一緒にいられたら、もう寂しくはないな、なんて。
驚いた君が怯えたから、その時俺と会った記憶を君の中から消したんだ」
わたしを仲間にしたら、もう寂しくない、と考えた当時10歳のオルが、とても哀しくて愛しくなる。
怯えたりせずに、理由を聞いて。
『もうひとりじゃないよ』と抱き締めたかった。
「……10歳の貴方は魔法が使えたの?」
「ちょっとだけ……」
既に魔力が発現していたから、直ぐに入学になったのね。
生まれながらのエリート過ぎて……
どうしてこんなひとが、わたしに?って思ってしまう。
あのヨエルも、自分以上の逸材がわたしなんかに構うから腹が立ったのかも……
「あの、戻る前にハグだけしても?
ディナには、16の君に会ったら、キスは絶対に許さないけれど、ハグをしてあげて、って言われてて」
「彼女公認の浮気相手みたいで、やりづらいね」
29歳になっても、わたしは自分以外のわたしに嫉妬するのか……
憎まれ口をきいてしまったけれど、29歳のわたしからのプレゼントの様で、本当は嬉しかったから素直に抱きしめて貰った。
やはりオルの腕の中は居心地が良かった。
「あのガキがさ、大人になるのを待っててやって。
いつか君に会いに行こうと、それだけでがんばってるから」
「今度も次にいつ会えるか教えてくれないんでしょ?
毎日どきどきさせようとしてるから」
「その通りです。
ところで、今日が何の日かわかる?」
もちろん、今日が11月20日なら、何の日か分かってる。
サイモンの誕生日で、フィリップスさんに初めて会ったのが3年後の今日で。
そして。
「わたしがパピーとぶつかって、たった3日間の貴方との同棲が始まった日が11月20日だもの」
パピーとシアとオルとわたしの、週末3日間の始まりの日。
「……正解です」
そして。
わたしが年上のオルに抱き締めて貰うのも、今日が最後。
「あんなスピネルみたいな、あんな奴に捕まったのに、君は本当に気丈にがんばった」
抱き締めながら、後頭部をポンポンしてくれる。
大丈夫、絶対に帰る。
そう、自分に言い聞かせた。
馬車の前には、ヨエルが立っていて。
あの赤い瞳でこちらをずっと見ていて、足がすくみそうになった。
銀色の長い髪に赤く光る目をした、綺麗で残忍な蛇の様に見えた。
逃げ出したかったけれど、そうしたら。
あの場で全員やられてしまうのも分かったから。
いつか、貴方に会えるわたしは、絶対に死なない。
死ねない。
そう言い聞かせた。
「こんなところで絶対に死ねない、とは思った。
貴方に、1年半口説いて貰うまでは死ねない、って」
「また1年半、俺から逃げ回るつもりか……」
「10年後に戻ったら、わたしはどうだった?
単なる知人になっていて、また一から口説いてくれたの?」
「今の16歳の君が成長した君だから。
事故にも遭わず、自分の夢を叶えていて。
俺の夢も叶えてくれて」
わたしの夢の芽は、花が咲いたのね!
「オルの夢、って何?」
「うーん、それはお楽しみで教えない」
またか……やっぱりわたしの魔法士は意地悪だ。
でもそれで良い。
先が分からないから、毎日どきどきするから。
「これから13年後に戻ったら、この会話をした29歳のわたしが貴方を待ってるのね?」
「そうだね、ややこしいけど」
「キスしたら、バレるね?」
「本人だからね、誤魔化しようがない。
多分、めちゃくちゃ怒られる」
「よくもあの時、わたしにキスしたわね!って。
わたしに怒られるのね」
夕闇がどんどん深くなってきて、変な気分になる前に、とわたし達は離れた。
「スピネルの血が一滴も残ってないか、チェックしとく。
君が気持ち悪いからと、俺と踊ってくれないのは辛い」
わたしをムーアの邸に送ってくれるのは、魔法庁の職員の人だ。
オルはこれから倉庫の中に居る師匠と合流して、最後に内部を点検してから、王城へ帰り、それから13年後に戻るそうだ。
2回に分けて。
泣き虫なオルも。
彼の泣き虫が移ってしまったわたしも。
もう泣かなかった。
わたし達は、また会えるから。
「わたしを幸せにしてあげて」
「あのガキを幸せにしてやって」
お互いにそう言って、夜になる前に。
わたしとオルは別れた。
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