【完結】やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかったわたしは今度こそ間違えない

Mimi

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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 オルの金色の瞳は潤んでいて、肩で大きく息をしていた。
 それでも、わたしの顔を見て、少し笑ってくれたような気もするけれど、とにかく彼の顔は血塗れで、幾つ傷が付けられているのかも分からない。


「ディ……ディナ……けが……してな……い」


 自分が傷だらけなのに、わたしの怪我を心配してくれる。
 そして震える手をわたしの方へ伸ばしてくれる。
 当然その手も血に濡れていて、掴んだわたしの手も彼の血で濡れた。


「オル、オル、もう無理に何も言わなくても」


 オルの手を握り、泣きそうになったわたしに、師匠が説明してくれた。


「キャンベル嬢、済まないね。
 こいつは今『魔力喰い』の最中で、身体の中に別の魔力を取り込んで、徐々に馴染ませているところでね。
 言葉もうまく話せないんだ。
 それと、結構出血してるみたいに見えるけど、これ半分以上はスピネルの血だから」


 それでも、半分以下はオルの血で。
 出血量が尋常じゃない。


「魔法士同士の闘いは、勝った方が相手の魔力を喰う。
 スピネルの攻撃技はナイフのように切る技でね。
 数は多いが、深くはない。
 オルは反対に内から骨を砕くタイプだ。
 スピネルが学院を追放されてから会得した技で、知らなかったあいつはこの馬鹿を防げなかった。
 こいつはスピネルの魔力を喰ったから、これからは今まで以上に手が付けられなくなる」


「骨を砕く技なのに、どうしてスピネルは出血したんですか?」

 それも、オルが被る程大量に?


 オルが下を向き、師匠が苦々しげに笑った。
 そして抱え直すように、肩を組んでいた腕の位置を変えた。
 そのせいで傷に触れたのか、うぐっ、とオルが短く唸って、悶絶した。
 多分、師匠はわざとオルを痛め付けたのだろう。


 ◇◇◇


 痛みに呻くオルを無視して、ヨエルとの対決を師匠が説明してくれた。



「絶対に俺の手で殺す、と」

 わたしからオルの言葉を聞いて、師匠は慌てて倉庫の中へ移動した。
 スピネル……ヨエル・フラウは必ず生きて連れ戻すこと。
 それが魔法庁長官からの厳命だった、と言う。

 
 ここに到着してから、現在の魔法庁から借り出した魔法士達に待機位置の指示を出している間に、オルが勝手に中へ飛んだ。
 直ぐに追いかけようとしたら、オルが中の様子を遠話で中継してきた。

 人質2名(わたしとモニカだ)は無事で、外に出すことをヨエルが合意したので、下手に動かず、わたし達が出てくるのを待っていたら、わたしからオルの『スピネルを殺す』の発言を聞いて。

 狡賢いオルシアナスはそれを言い終わってから、中継してきたのだ。


 師匠が中についたと同時に、最初の大きな爆発が起こった。
 オルとスピネルの技がぶつかったからだ。
 一瞬で師匠は火災が起きないよう、倉庫内の酸素をゼロにした。
 
 瞬間に分かったのは、身体の全身の表面を切られたオルと、片手片足の骨を粉砕されたスピネルが同時に倒れたこと。
 そこからの立ち直りが早かったのはオルで、スピネルの魔力を喰い始めた彼は、酩酊状態に陥り、痛みも感じなくなったのか、何かに突き動かされた様にスピネルの全身を切りつけ始めた。

 フィリップスさんの言ってた『酔っぱらいの喧嘩』だ。
 このままでは四肢切断の恐れあり、と師匠の止める声も聞こえていない状態のオルを、師匠は爆風で吹き飛ばした。


 死体にして持ち帰ったら、大問題になる。
 師匠からしたら、それでも良いじゃないか、と思うが、上層部はそう思わない。
 自分達の命令を無視したオルシアナスを、王太女殿下が庇っても処分しようとするだろう。
 魔法士は王家を守る立場なので、女王陛下でさえ、その決定には簡単に口出しが出来ない。

 下手をすると、魔力喰いしたスピネルの分も強力になった彼は魔力封じの耳飾りを付けられてしまう。 
 あれは魔力の放出が出来なくなるので、オルは狂っていく。

 耳飾りを付けられて徐々に狂い始めたスピネルは、自分の手で耳を引き千切った。
 絶対にオルはそんな目には合わすな、と王太女殿下にも言われている。


 また、ふらふらとオルが性懲りもなく立ち上がってきたので(まさに酔っぱらいだ)、再び爆風で吹き飛ばした。
 それが2回の小さな爆音の正体。


 次に師匠は、骨を砕かれ、全身を切られて、息絶え絶えのスピネルを凍結して小さくした。


 小さくした?

 師匠が胸元から球体を取り出した。

「これの中に入れてきた。
 帰ったら元の大きさに戻すが、スピネルの魔力はオルが喰った。
 魔力を喰われた魔法士は、廃人だ。
 新しく魔力が宿ることもないスピネルは、もう何も出来ない」


 つまり。
 ここまでオルを痛め付けたのは、ヨエルじゃなくて、師匠だったのね……


「こんな、手のかかる……馬鹿を。
 手負いの狼みたいなオルシアナスを、いつもまともにしていただいて。
 キャンベル嬢には、王太女殿下、魔法庁一同、心よりお礼申し上げます」


 師匠に頭を下げられて、わたしは焦った。
 わたしの方こそ、お礼を申し上げたかった。


「こちらこそ、わたしの方こそです。
 彼が居ない間、代わりに魔力を流してくださっていた、と聞いていました。
 本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらも必死でした。
 もしも、貴女が儚くなられたら、オルシアナスは第2のヨエル・フラウになるところでしたから」


……ヨエルが黒く染まり出したのは、母親が亡くなってから。


「そ、そんなんで……あんな……同情……なんかする……な」


 不機嫌そうにオルが言ったので、わたしは我に返った。
 わたしは今のスピネルに同情なんかしない。


 ただ、母のために、母に年金を渡したくて国にその身を捧げようとした、親孝行をしたかっただけの赤い瞳の少年に。

 思いを馳せただけだ。



 

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