【完結】やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかったわたしは今度こそ間違えない

Mimi

文字の大きさ
上 下
112 / 112
第2章 いつか、あなたに会う日まで

モノローグ

しおりを挟む
■第5話(後篇):回る回らない









「あの煮物や荒炊あらだき旨かったな」



「びっくりだよ。アカネがあんなもの好きだとは・・・」



今日、幸尋ゆきひろが委員長を送り届けた、いや、ついていったとき、
お礼にもらったのは、彼女の家の手料理だった。



人参、たけのこ蓮根れんこん椎茸しいたけ、こんにゃくの煮物。
じんわりするようないい出汁だしが染みていて、
辛くもなく甘くもない絶妙な味付けだった。


そして、鯛の荒炊き。
頭と胸鰭むなびれのところを甘辛く煮たものだった。
付け合わせに、細長い牛蒡ごぼうが添えられていた。

見た目は濃くてしつこいかと思いきや、
案外そんなことはなく、何ともいい味で、
身をせせって口に運ぶのが止まらなかった。
ふたりともよくごはんが進んだ。



どちらも幸尋は普段食べることが無い料理だった。
これほど手間暇と熟練の技を必要とするものは無理だった。

こういった和風の料理をアカネは苦手だろうと思ったが、
意外なことに彼女もよく食べ、途中からは取り合うように食べた。



「覚えとけよな!ああいうの好きなんだよ」


恥ずかしそうに料理の趣向を教えてくれた。
あくまで上から目線なアカネである。





・・・日曜日の今日は、朝のちょっとした事件をきっかけに、
ふたりで出掛けることになっていた。



古びた団地から出て、いつもの道を歩いていたのだが、
アカネが川を見ながら歩きたいと言い始めた。


しぶしぶ幸尋はつつみを越えて河川敷まで出た。


幸尋は学校帰り、気分転換に堤を少し歩くことはあったが、
河川敷まで降りて河口に向かって歩いたことは無かった。




「ボク、ここが地元じゃないんだよ・・・」


ちゃんと先が通じているのか不安な幸尋である。


最近は雨が少なくて、川の水量も少なく、
川底が透けて見える。



「はぁ?そうなのかよ」


アカネが思わず足を止める。
驚いた顔にかすかに喜色が浮かんだ。


(うっすらバカにしてるなぁ・・・)


変な反応だと思いながら、
幸尋はそのまま歩いていく。



(カイテンヤキ・・・)


よく分からないもののために出掛ける。
幸尋は納得していなかった。





――今朝のことだった。




急にアカネが「カイテンヤキ」を食べたいと言った。
幸尋はそれがどんなものかイメージできなかった。




「何てゆうか、丸いやつだよ」


「こんぐらいで、あんこギッシリで」


アカネは困った顔で、手で形をつくってみる。
幸尋はその手を凝視ぎょうししているが、よく分からない。


「ん~カステラ的なやつ?」


「あんこギッシリっつたろ」


「たい焼きだろ?」


「丸いっつてんだろうが!」


お互いのイメージがぜんぜん結びつかない。

アカネの説明がふわっとしていて、ぜんぜん幸尋に伝わらなかった。
彼は彼で具体的なものを挙げるが、全くの見当外れしか出てこない。




「あーもー!!」



業を煮やしたアカネは幸尋を連れ出した。
どうやら駅の近くで売っているのを見たという。






駅までだいたい20分ぐらいかかる。
それもいつもの道を歩いたらのことだった。



必要以上の距離を歩きたくない幸尋と、
ただ川を見ながら歩きたいアカネ。


家を出てすぐにふたりはどの道を通って行くか、
回る回らないでしばらく不毛な主張が続いた。



結局、幸尋が押し切られて、ふたりで河川敷に下りた。



さすがに河川敷は開けていて風が通る。
さっきまでの気分が変わった。

それを何となく認めたくなくて、
幸尋は黙ったままだった。



「うーんっ」


アカネは背伸びしながら、どんどん遊歩道を歩いていった。




後ろから見ていると、アカネは川面に目を向けているのが分かった。
その目が少し細くなるような気がした。


(・・・・・・・・・)


こんな顔を何度も見た。
このときの彼女は別人のように思えてしまう。



どうしてそんなことが気になるのか、
幸尋はちょっとおもしろくなかった。



川の向こう岸を見たり、空を見たり、
しばらく落ち着かなかった。










「あ・・・あれ?歩道終わってる・・・」






「ちゃんとしろよな!ったく・・・」



アカネもアカネである。
先を歩いていたのは彼女である。


幸尋は何となくぼ~っと歩いていたので、
堤に上がる道を見落としていた。




ふたりは仕方なく引き返した。


すぐに堤を越える階段があると思っていたが、
結局だいぶ来た道を戻ることになった。




「だから、いつもの道を行こうって言ったんだ!」


「ごちゃごちゃうるせぇ!」


なかなか堤を越える階段が見つからなかったことが
ふたりを余計にイライラさせた。


ようやく堤を越える階段があった。
ちゃんと案内看板も掲げられていたのに、
ふたりとも見落としていた。


堤を越えると、道が二股に分かれていた。
一方は真っすぐに、よく通る道に通じていた。
もう一方は左へ斜めに伸びている、


アカネは迷うことなく左へと進んでいった。



「おいおい、真っすぐ行こうよ!
そっち行ったこと無いし!」



「うるせえ!こっちの方が近いって」


置いて行かれると思って、幸尋は急いで後を追った。





「・・・え?」





異様な雰囲気だった。


道は進むにつれて、うねるように曲がっていて、見通しが利かない。
両側の家々が崩れ落ちてきそうに建て込んでいる。

幅は2mほどだろうか。
人ふたりが並んで歩ける程度だった。

建ち並ぶ家々に、人が暮らしている気配は無かった。
かわらが落ちて、屋根の木材がき出しになっているところもある。
壁もくすんでいて、ヒビが入っている。


ふたりが暮らしてる古びた団地からそう離れていないはずだった。
ここはいつも通る道と川の間だろうと幸尋は思った。



幸尋が暮らしている団地もまぁまぁ古びているが、
この辺りはそれ以上だった。






見上げてみると、空の青さとは対照的に
家々が黒く見えてしまう。


立ち止まって見上げていた幸尋が視線を戻すと、
アカネはどんどん先に進んでいた。

あわてて後を追いかけた。







ガタン!







「ひっ!」





音がして、思わず幸尋が声を上げた。
先を進むアカネが振り返って、冷たい目を向けられた。



「な、何の音ぉっ!?」



「あ?どうでもいいだろ」



すぐにアカネは歩き始めた。
幸尋は足早に追った。


怖くないはずだったのに、ちょっとしたことで
けっこうビビッていたことが自分でも恥ずかしい。



(何でこーゆーのは平気なんだよ・・・)


急にムカムカしてくる。

ズカズカ歩いていくアカネの後姿を見ながら、
さっきの音に無反応だったのが信じられなかった。









「おぉう?」





急に開けたところに出た。

それはいつも通る道で、ちょうど交差点のところだった。
目の前の車道を渡ると駅に続く南側の商店街だった。


幸尋は見たことがある風景にホッとした。

車が行き交い、人々が歩いている。
目の前にはそうした生活の息遣いきづかいがあった。




「何だ?この疲労感は・・・」


「ヤバくね?」


ふたりそれぞれに振り返って見ると、
交差点に面したところは普通の家々だった。

歩いてきた道の奥にはただならぬ雰囲気があった。



「もう絶対あの道は通らないからな!」



「ひひっ♪何か取りかれたんじゃね?
疲労感とかあるって絶対やべぇよw」



「そぉんなのあるワケないよ」


咄嗟とっさに返した言葉が裏返る。

そんな幸尋を背に、アカネは信号が変わった横断歩道を渡った。







「ホントにカイテンヤキってあんのか?
何かの見間違いだろ・・・」



商店街に入って人心地ついたのか、幸尋は悪態をついた。

商店街は人通りがちらほらある程度だったが、
「生きた」感じがあってホッとした。



彼の言葉などには応じず、アカネはどんどん歩いていった。





「これ」





アカネが立ち止まったのは南側の商店街の終わりの方だった。
もうしばらく行くと、駅に行き着く。



見ると、甘味屋さんだった。

正面には饅頭まんじゅうや大福が並ぶケースがあり、
店先には鉄板で焼くものを扱う小さな屋台が出ている。



「回転焼き2つくださーい」


「はいは~い、ここで食べてく?」


「うん、そうするー」


さっそくアカネが近寄って注文した。
応じた店の人が小さな包み紙に素早く回転焼きを入れる。



「ほら、回転焼き」

幸尋は店先に出されている長椅子に座って、
差し出された回転焼きを受け取った。



それは手の平サイズの円盤型で、4cmほどの厚みがあった。
包み紙からアツアツ温度がじんわり伝わってくる。


「アカネの説明ヘタ過ぎ!」


「うるせぇ!」


そう言うなり、アカネは回転焼きにかぶりついた。
ほふほふしながら顔がほころぶ。


幸尋も回転焼きをかぶる。



(んふっ)


きつね色の生地は、表面こそカリッとしていたが、
すぐにもっちりした層が始まる。

ほのかな小麦の香りが広がったかと思うと、
アツアツのあんこのかたまりに至る。

ほっこりしたやさしい小豆あずきの甘味。
小豆たっぷりのあんこがたちまちほどけていく。

もっちりした生地と甘いあんこが
渾然こんぜん一体となってクチを魅了していく。

何とも言えないやさしい甘味だった。



「んふぅ~」


思わずふたりは見合って同じ声音を上げる。



「うん、たい焼きとは違うね」


「だろ?」



たい焼きの生地とは微妙に食感が違っていた。

たい焼きにはいくぶんハードな歯触り感があるが、
回転焼きはもっちり感がある。


あんこをハード生地で楽しむか、
もっちり生地で楽しむか、難しい問題である。


それはともかく、一口喉を下りていった後、
溜息ためいきのように鼻に香りが抜ける。


あの生地。

あのあんこ。


しっかりした甘さなのに後味がすっきりしていた。

もうこの味を知ってしまったら、止められなかった。
まだ熱いにもかかわらず、次から次へとかぶりついた。

おなかに収まった回転焼きは
まだほかほかしているような心地だった。




「あんこの一族って家族多過ぎだろ?」


「あんろいひろくってw」


アカネが口をもごもごさせながら笑う。

どういうわけか幸尋は回転焼きが初めてだった。
彼はアカネが美味しそうにかじりつくのを横からずっと眺めていた。











(つづく)
しおりを挟む
感想 42

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(42件)

hiyo
2024.10.29 hiyo

とても楽しく読ませて頂きました~♪
有難うございました。

Mimi
2024.10.30 Mimi

hiyo様

ご感想ありがとうございます!
楽しくお読みいただけたのなら、何よりです!
嬉しいです🎵
ありがとうございました🙇‍♀️✨

解除
mim
2024.05.10 mim
ネタバレ含む
Mimi
2024.05.11 Mimi

mim様

 ご感想ありがとうございます!

 全然SFが分かっていなくて書いた、巻き戻り物でしたので、『夏への扉』って、ハインラインの超名作のあれですか⁉️
 烏滸がましくて震えます……

 タイトルはいつも悩みます😅
軽く粗筋の入った長いタイトルの方が、読んで貰えそうな気がするんですが💦

 他の物語も読んで頂けましたら、幸いです。
 どうぞよろしくお願いいたします✨
 

解除
赤梨
2024.04.09 赤梨

文章がごちゃごちゃしすぎていて読みづらくて勿体無いです。

主人公の思考の全てを文章にしようとしてませんか?無理ですし、無駄が多くなってしまってます。

もう少し簡潔にしましょう。
そしたらぐっと読みやすくなって、読者も増えますよ。
書籍化作品などを参考にしてみるのが良いと思います。

Mimi
2024.04.09 Mimi

赤梨様

ご感想ありがとうございます!

他作品では不親切と書かれたりしました。
塩梅が難しいですね💦
精進します。

どうもありがとうございました🙇‍♀️

解除

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。