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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 ヨエルは笑いながらわたしの顎を掴んで、顔を覗き込んできたが。
 直ぐに真面目な表情になって、離した。


「冗談、だって。
 アレのお古なんて要らないですよ。
 知ってますか? アレの家族年金、勝手に共同名義の口座作って、受け取りは君ですよ?
 アレが国のために名誉の死、なんてなれば結構な額の遺族年金も君の物なんです。
  たった1回会っただけで、ここまで執着されたら怖いでしょう?」


 国のための名誉の死。
 それを頭から振り払いたくて。


「貴方は今でも、魔法学院で教官を?」

「白魔法士なんて実態は汚いものですよ。
 あいつらが私を、アレの指導教官にしたのは……アレを囮にしたんです。
 まだガキのアレを、私が殺そうとするのを待っていたんです」



「授業にかこつけて、アレが失敗したように見せかけて。
 一瞬で燃やしてやろうと思ったのに、気がつけば囲まれていました。
 あいつら、ずっと現場を押さえようと待っていたんです。
 何より腹が立つのは、アレが自分から囮になると言い出して、私を罠にかけたことですね」 

「……貴方の本性に、オルは気付いていたのね」

 刺激してはいけないと思っていたのに、つい口に出してしまう。


「……捕まった私は命は取られなかったけれど、魔力封じの耳飾りを外せないように装着されて、魔獣がうじゃうじゃ出現する辺境に追放されました。
 実質的な死刑ですよ?
 何度も死にそうな目に合いながら、私が生き延びて辺境を脱出出来たのはどうしてだと思います?」


 わたしが分からないと首を振れば、ヨエルは嬉しそうな笑顔を見せた。
 それは今日見せた白々しい笑顔の中で、一番本当に近い笑顔に見えた。

 そして、長く伸ばした銀色の髪をかきあげて、わたしに左耳の……左耳があったはずの場所を見せた。


「魔法が使えないですからね、自分の素手で。
 引き千切ったんです。
 魔力さえ戻れば、痛みは無くなる、と分かっていても。
 なかなか勇気が出なくてね、やはり怖かったです。
 今までこれ程痛かったことは無かったなぁ」

「……」

「あぁ、やっと……怯えた目を見せてくれましたね?
 ずっと、待っていたんです。
 君は本当に可愛げがなくて、平気そうにしていたでしょう?
 自分の置かれている状況が理解出来ていない馬鹿なのか、心配していたんです。
 でも、ようやく怖がってくれました。
 午前中にね、セドリックとバーバラにも挨拶に行ったんです。
 彼等は素直に怖がってくれましたよ」

「ハイパー夫妻を殺害したの?」

「ムーアのじいさんのせいですよ。
 私とセドリックの繋がりやら告発したんです。
 それが魔法庁関係書類で残されて。
 この頃はバレなかったのに、10年以上も経って、この前逮捕されそうになって逃げて、時戻しでここへ来たんです。
 私はアレと一緒に時戻しの術を研究していたんですよ。
 ……じいさんが告発する前に、全てを消してしまえば、私の罪は発覚しないでしょう?」


 関係者全員を、祖父の告発前に殺しに来たの?
 時戻しを利用して、ヨエルは何人消すつもりなの。


 もしかして今日、以前とは違う流れになったのは、ヨエルが神の領域に手を出して、死ぬ運命じゃなかった侯爵夫妻を殺してしまったから?
 それで何かが狂い始めたの?



「残念ながら、もう時間切れだな。
 お前の謎かけはじいさんには通じなかった。
 誰も助けに来なかったのは可哀想だが、俺は予定が詰まっていると言っただろ?
 お前を片付けた後は、邸ごとムーアのじいさんや他の奴等を始末する。
 その後は更に1年前に戻って、孤児院に居るアレの耳を引き千切りに行く」
 

 とうとう、ヨエルは嘘臭い笑顔と優しげな物言いを止めた。


「おい、壁か? 床か?
 約束だからな、選ばせてやる」

「ど、どちらも選ばない!」



 わたしはモニカを抱き締めて、ここには居ない……
 あのひとの名前を呼んだ。


「オル! オル! オルシアナス・ヴィオン!」



 もしそうなってしまうなら。

 死ぬ前に、最後に口にするのは、彼の名前にすると決めていた。







「だから! アレを呼んでも無駄だっ…… 」


 憎々しげにわたしを睨んだヨエルが、言葉の途中でぐにゃりと曲がったように見えた。
 周囲の空間が大きく歪んで、少し空気が熱くなって。



 この熱さに覚えがあった。


 あの時のことは、何ひとつ忘れていない。




「俺の名前を呼んで」

 
 だから、今際の際にわたしは貴方の名前を呼んだ。


 あの時、貴方はわたしの額に触れた。
 覚悟していたような衝撃はなく、ただ少し熱い様な空気に包まれたのを感じた。


 それは、今のこの空気だ。


 ただ、今回は。
 時戻しの時の様な静かさはなく、1拍遅れて衝撃が来た!
 全身に痺れが来て、思わずモニカから手を離した。
 彼女がわたしの側に倒れこんだ。



 そして、わたしは。
 抱かれると言うよりは引っ掴まれた様な勢いで、誰かの腕の中に居た。


 誰かの、なんかじゃない。

 誰のか、分かっている。



 わたしを抱いていたのは、物凄く。
 物凄く激怒しているオルだった。

 

「感動の再会は後回しだ。
 先に、スピネルを殺す」



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