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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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「その場所は祖父にだけ分かるように、サイモンに伝言を頼みました。
魔法庁に祖父が一報をいれて、誰かが助けに来てくれたら。
白黒魔法士同士の戦いを遠慮なしに行える場所じゃないかな、と思ったんです。
そういうの、お嫌いじゃないでしょ、オルの師匠なら」
「アレの師匠ねぇ……違うと、いつから気付いていたんですか?」
「わたしのことをディナ、とお呼びになったから、あぁ本物の師匠ではないな、と直ぐに分かりました」
「……君はアレからそう呼ばれてるでしょう?
合わせたつもりだったんだけれど」
「ディナは、オルだけが呼んでいい名前なんです。
彼ひとりだけが呼んでいい名前を、師匠なら呼ぶはずがないんです。
ヨエル・フラウさん」
本当の名前を呼ばれて、黒魔法士は邪悪な微笑みを見せた。
「正解をしてくれたお礼に、君がお膳立てする舞台へ行きましょうか。
そこで私が主役の物語を聞かせてあげましょう。
……どうせ、この頃の魔法士で私に勝てる奴なんて居ないんですよねぇ。
まだ10歳のアレが助けに来てくれるなんて、希望は持たない方がいいですよ」
魔法士ってヤツは、お礼に何々してあげる、と言うのが定番なのかしら?
そう思いながら、わたしは『3年先』の場所をヨエルに告げた。
今ならまだ改修工事に入っていない3丁目の元倉庫。
3年後には流行の最先端となるダンスホール。
『ニュージェネシス』。
そこはセントラル大通りから少し外れたウエアハウス通り3丁目。
空き倉庫等がポツポツとあるだけの寂れかけていた通りが、2年後にニュージェネシスがオープンしてから、注目のエリアに変貌するのだ。
祖父には話さなかったが、この辺りでは倉庫だった建物をそのままに改修改装して、次々とお洒落な店舗が開店する。
夕方からは人通りも途絶えていて。
ここなら魔法が暴発しても被害は最小限に押さえられる。
馬車が角の倉庫前に到着して、モニカを軽々と抱いてヨエルが降りた。
彼女を任せるのは嫌だったが、わたしが抱けるわけでもなく。
馬車の御者に料金を支払うのかと思えば、ヨエルは馬車もろとも御者を消してしまった。
何て簡単に人の命を取り上げてしまうのか。
消滅させた……神の領域に簡単に踏み込むんだ。
黒魔法士は魔法士の誓いには縛られない、というわけね。
わたしに見られても、ヨエルは平気そうだ。
「君達のために馬車を使ったんですよ?
私1人なら移動に必要ないのにね」
わたしとモニカをここで片付けたら、ヨエルは直ぐにムーアの邸へ移動するつもりだ。
さっきまで、ここへ連れてくれば、魔法庁の人達が来てくれて、どうにか助かる気がしていたけれど……
不安に襲われた。
この黒い魔法士に勝てる白い魔法士なんて居るの?
ヨエルが何かを呟くと。
入口の鎖が弾け飛んで、鍵も破壊された。
「ここを選んだのは、センスがいいですね。
建物自体レンガ作りで、壁も床も頑丈だ。
ねぇ、生きたまま壁に塗り込められて、皆がダンスをしている姿を眺めているか。
同じく生きたまま床に埋められて、身体の上でステップを踏まれるのと、どちらがお好みかな?
好きな方を選ばせてあげますよ?」
「どちらを選んでも、生きたままなんですね……」
「どんどん埋められていく恐怖と息が出来なくなる苦しさと。
君にはじっくりと味わっていただきたいんです」
綺麗な顔と優しい声のこの男は、確実に狂っている。
どうして、わたしがここまで憎まれているのか、思い当たらない。
しかし、このままではモニカもわたしに巻き込まれて、同じく埋められてしまうのは確実だ。
「ここでおしゃべりをするんでしたね?
アレの師匠じゃない、という理由は分かりましたけれど。
私がヨエルだとどうして?」
くたっとしているモニカを、わたしに押し付けながらヨエルが尋ねた。
意識がない人間の重さに尻餅をついてしまって、彼を見上げる形になるのが悔しい。
「貴方が名乗った『スピネル』は古語で、小さなトゲを意味します。
そんな名前を付ける親はいません。
貴方の瞳の色から来た呼び名だと思いました。
その呼び名に、本物の師匠のファミリーネームを付けて名乗られたのでしょう?
わたしにエドワーズ侯爵に協力した魔法士として本名を知られているから」
「……私の瞳が赤いから、スピネルだと?
君は宝石の勉強もしていましたか。
ムーアのじいさんは次は宝飾店でも開店させて、君にやらせるつもりだったのかな。
無駄な準備でしたね」
「……」
「それなら分かりますよね?
私はスピネル、ルビーの偽物です」
「スピネルはルビーのまがい物ではありません!
間違えられるのは多いけれど、ルビーは加熱加工しなくては輝かないのに対して、スピネルは産出されたそのままで、生まれたままで輝いているんです!」
わたしの言葉を、ヨエルは馬鹿にしたように嗤った。
「そうだった、君はそういうの、得意なんですよね。
アレにも、その名前は両親から愛されて付けられた名前なんだとか言って、すっかり手懐けたんでしょう?
私にもその調子で、ヨエルは預言者の名前ですから……なんて言うつもりだったかな?」
「……わたしはそんなつもりは」
「でもねぇ、私はそんな小賢しい上っ面の言葉には絆されないんですよ。
どうでもいいから、いい加減に名前を付ける親はいっぱい居るんです。
ここからは、そういう父親を持った外れ魔法士の話をしてあげます」
ヨエル・フラウは魔法庁から助けが来ても、勝てると思っていて、ギリギリまで話をしようと決めたようだ。
オルを『アレ』と呼んでいること。
『アレ』からわたしの話を聞いていること。
魔法学院で親しくしていたのだろうか?
オルに対して複雑な想いを抱いているようだし、年齢もわたしより年上のようだし、普通の友人関係ではなかった?
魔法庁に祖父が一報をいれて、誰かが助けに来てくれたら。
白黒魔法士同士の戦いを遠慮なしに行える場所じゃないかな、と思ったんです。
そういうの、お嫌いじゃないでしょ、オルの師匠なら」
「アレの師匠ねぇ……違うと、いつから気付いていたんですか?」
「わたしのことをディナ、とお呼びになったから、あぁ本物の師匠ではないな、と直ぐに分かりました」
「……君はアレからそう呼ばれてるでしょう?
合わせたつもりだったんだけれど」
「ディナは、オルだけが呼んでいい名前なんです。
彼ひとりだけが呼んでいい名前を、師匠なら呼ぶはずがないんです。
ヨエル・フラウさん」
本当の名前を呼ばれて、黒魔法士は邪悪な微笑みを見せた。
「正解をしてくれたお礼に、君がお膳立てする舞台へ行きましょうか。
そこで私が主役の物語を聞かせてあげましょう。
……どうせ、この頃の魔法士で私に勝てる奴なんて居ないんですよねぇ。
まだ10歳のアレが助けに来てくれるなんて、希望は持たない方がいいですよ」
魔法士ってヤツは、お礼に何々してあげる、と言うのが定番なのかしら?
そう思いながら、わたしは『3年先』の場所をヨエルに告げた。
今ならまだ改修工事に入っていない3丁目の元倉庫。
3年後には流行の最先端となるダンスホール。
『ニュージェネシス』。
そこはセントラル大通りから少し外れたウエアハウス通り3丁目。
空き倉庫等がポツポツとあるだけの寂れかけていた通りが、2年後にニュージェネシスがオープンしてから、注目のエリアに変貌するのだ。
祖父には話さなかったが、この辺りでは倉庫だった建物をそのままに改修改装して、次々とお洒落な店舗が開店する。
夕方からは人通りも途絶えていて。
ここなら魔法が暴発しても被害は最小限に押さえられる。
馬車が角の倉庫前に到着して、モニカを軽々と抱いてヨエルが降りた。
彼女を任せるのは嫌だったが、わたしが抱けるわけでもなく。
馬車の御者に料金を支払うのかと思えば、ヨエルは馬車もろとも御者を消してしまった。
何て簡単に人の命を取り上げてしまうのか。
消滅させた……神の領域に簡単に踏み込むんだ。
黒魔法士は魔法士の誓いには縛られない、というわけね。
わたしに見られても、ヨエルは平気そうだ。
「君達のために馬車を使ったんですよ?
私1人なら移動に必要ないのにね」
わたしとモニカをここで片付けたら、ヨエルは直ぐにムーアの邸へ移動するつもりだ。
さっきまで、ここへ連れてくれば、魔法庁の人達が来てくれて、どうにか助かる気がしていたけれど……
不安に襲われた。
この黒い魔法士に勝てる白い魔法士なんて居るの?
ヨエルが何かを呟くと。
入口の鎖が弾け飛んで、鍵も破壊された。
「ここを選んだのは、センスがいいですね。
建物自体レンガ作りで、壁も床も頑丈だ。
ねぇ、生きたまま壁に塗り込められて、皆がダンスをしている姿を眺めているか。
同じく生きたまま床に埋められて、身体の上でステップを踏まれるのと、どちらがお好みかな?
好きな方を選ばせてあげますよ?」
「どちらを選んでも、生きたままなんですね……」
「どんどん埋められていく恐怖と息が出来なくなる苦しさと。
君にはじっくりと味わっていただきたいんです」
綺麗な顔と優しい声のこの男は、確実に狂っている。
どうして、わたしがここまで憎まれているのか、思い当たらない。
しかし、このままではモニカもわたしに巻き込まれて、同じく埋められてしまうのは確実だ。
「ここでおしゃべりをするんでしたね?
アレの師匠じゃない、という理由は分かりましたけれど。
私がヨエルだとどうして?」
くたっとしているモニカを、わたしに押し付けながらヨエルが尋ねた。
意識がない人間の重さに尻餅をついてしまって、彼を見上げる形になるのが悔しい。
「貴方が名乗った『スピネル』は古語で、小さなトゲを意味します。
そんな名前を付ける親はいません。
貴方の瞳の色から来た呼び名だと思いました。
その呼び名に、本物の師匠のファミリーネームを付けて名乗られたのでしょう?
わたしにエドワーズ侯爵に協力した魔法士として本名を知られているから」
「……私の瞳が赤いから、スピネルだと?
君は宝石の勉強もしていましたか。
ムーアのじいさんは次は宝飾店でも開店させて、君にやらせるつもりだったのかな。
無駄な準備でしたね」
「……」
「それなら分かりますよね?
私はスピネル、ルビーの偽物です」
「スピネルはルビーのまがい物ではありません!
間違えられるのは多いけれど、ルビーは加熱加工しなくては輝かないのに対して、スピネルは産出されたそのままで、生まれたままで輝いているんです!」
わたしの言葉を、ヨエルは馬鹿にしたように嗤った。
「そうだった、君はそういうの、得意なんですよね。
アレにも、その名前は両親から愛されて付けられた名前なんだとか言って、すっかり手懐けたんでしょう?
私にもその調子で、ヨエルは預言者の名前ですから……なんて言うつもりだったかな?」
「……わたしはそんなつもりは」
「でもねぇ、私はそんな小賢しい上っ面の言葉には絆されないんですよ。
どうでもいいから、いい加減に名前を付ける親はいっぱい居るんです。
ここからは、そういう父親を持った外れ魔法士の話をしてあげます」
ヨエル・フラウは魔法庁から助けが来ても、勝てると思っていて、ギリギリまで話をしようと決めたようだ。
オルを『アレ』と呼んでいること。
『アレ』からわたしの話を聞いていること。
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