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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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話していく内に、現在の18ではなく、13から15にかけての……
一番多感な少女期に戻ってしまった様なモニカ。
わたしはたまらずに、彼女を抱き締めた。
あの頃の胸の内を少しだけ(全部ではないと思う)吐き出せたモニカは、ぼうっとして、されるがままだったが。
やがて自分を抱き締めているのが憎いわたしだと気付いて、突き飛ばされた。
「ひとりでいじけて、みっともないわたしを嗤えば?」
「嗤ったりしないよ」
モニカは必死に、ここで生き残れるように、いい子を演じていただけだ。
邪魔者だと母に……わたし達に認定されないように。
何故だか分からないけれど、優しくしてくれる母が怖かったのだ。
いつか掌を返されて。
母がモニカなんて要らないと言えば、嵐の夜でもここから追い出される、と思っていたから。
唯一、血が繋がっている叔父は、叔母の言う通りにするだろう、と。
わたしはずっと母があれ程モニカの機嫌を気にしているのが不思議だったが、モニカの方もずっと母の機嫌を気にして、正解を探し続けていた。
今もそれが分からずにいるモニカに、わたしは話すことにした。
先月初めて母から聞いた、小さな小さなモニカから貰った恩の話を。
「モニカ、貴女は、母とわたしの命の恩人なの」
◇◇◇
先々代、つまりキャンベルの祖父に、一度嫁を連れて顔を出せ、と言われた父は身重の母と共にクレイトンへ帰った。
顔だけ見せて、祖父の言うことを聞き流して、とっとと王都へ戻ろうと思っていたのに、兄夫婦の歓待を受けてしまって、泊まらずに帰ることは出来なくなったらしい。
その歓待は兄夫婦だけでなく、まだ1歳半だったモニカも同様で。
『じ、じ』とまだちゃんと発音出来ていなかったが、ペイジと呼んで懐いてくれた、と母は嬉しそうに話した。
翌日の朝食の席で、母に対して祖父の放った一言に激昂した父が手を出しそうになったので、伯父が頭を冷やせ、と父を領地の見回りに連れ出してくれた。
父が戻ってきたら直ぐにクレイトンを出ようと言い残したので、そのつもりだった母に、また祖父が何か言ってきたらしく
(どれ程の言葉を投げつけられたか、母は言わなかった) ノックスヒルに来てから、祖父の言動に精神的に参っていた母は倒れてしまった。
意識を失くした母は、当然そこから記憶がないから、それからの話はメイド長のカルディナから聞いたのだと言う。
ひとりで歩くのをおぼえて、その午前中も大好きになった『じ、じ』の側に居たはずの幼いモニカがよたよたと伯母のところへ来て。
『あー、あー、あー』と訴えてきたそうだ。
眠いのかと抱き上げて揺すったら、いつもご機嫌なモニカなのに、身体を反らして嫌々をして。
『じ、じ』『あー、あー』を何度も繰り返した。
察した伯母とカルディナが客間に飛び込むと、出血した母が倒れていて、その横に母を見下ろした祖父が立っていたそうだ。
慌てて駆け寄った伯母に、祖父は『構うな』とだけ告げて自室に籠った。
カルディナがクリフォードを呼びに行ったが、父と伯父は二頭立て馬車で出掛けており、帰りを待てないと判断した伯母は当時もう1頭居た馬に跨がり、マクレガー医師の元に走った。
「妊娠中の叔母様が出血したのに、お祖父様が構うな、と言ったの?
お母様が馬に跨がり?」
拗ねたモニカが部屋に籠るのは、このジジイの遺伝ね、と言うのはやめた。
「お母様は、お父様がお祖父様に手を出しそうになった、と仰ったけれど、本当は手を出したんだと思うの。
だから、伯父様は引き離すために外に連れ出したのよ。
平民女のせいで息子から殴られて、お祖父様のプライドは粉々だったでしょうね。
憎くて憎くて、お母様のこともわたしのことも、このまま……って思っても不思議じゃない。
それとね、伯母様は女子馬術競技の選手だったらしいよ」
拳闘部のスタアだったり、馬術競技の選手だったり。
わたし達の親世代も、なかなかやるわね?
わたしが一度もお会いしたことがない伯母は、肖像画で拝見する限り、如何にも貴族の奥方という上品な微笑みを浮かべた、たおやかな女性だ。
とても倒れた義理の妹のために、自ら馬に乗り、助けを呼びに行くような女性には見えない。
それも義父が『構うな』と命じた平民の義妹のために。
急に天候が変わり激しい雨が降り始めて、残されたクリフォード達が伯母の安否を心配しだした頃、後ろにマクレガー医師を乗せた伯母が戻り、休むことなく濡れたままの身体で皆に指示を飛ばして……母は助けられた。
戻ってきた父が、出血が止まって容態が安定した母を隣領の病院に入院させて、母は流産を免れた。
そして父は伯爵位を継ぐまで、2度とクレイトンに足を踏み入れなかった。
伯母からも伯父からも、聞いたことがなかったのだろう。
わたしも先月、初めて聞いたのだ。
伯母の武勇伝に驚いて無言のモニカを、わたしは再び抱き締めた。
今度は突き飛ばされなかった。
「伯母様と貴女は、母とわたしの命の恩人なの。
貴女が訴えてくれた『あー、あー』は赤ちゃんのことよ。
つまり、わたし。
わたしを助けてくれて、本当にありがとうございました。
貴女がいなければ、わたしはこの世に誕生出来なかった。
貴女に偉そうにも出来なかったし、意地悪も言えなかった。
心から感謝します、モニカ・キャンベル」
「……わたし?」
「毎回、貴女が正解を出せなくても。
誰も貴女をノックスヒルから追い出したりしません」
「……ずっと? ここに居ても?」
「お母様がね、貴女に謝りたい、って。
伯母様のご実家がモニカを引き取りたいと言ってこられたのに、あの子をお任せ下さい、と言ったのは自分だった。
この部屋の、伯母様の思い出を変えたくなかったのは自分だったのに、貴女のために譲るみたいに受け取らせてしまって。
貴女にも伯母様にも、申し訳ない、って。
許さなくてもいいから、謝罪を聞いてあげてくれる?」
「だって、だって……わたしだって、叔母様に失礼なことを……
わたしは何て? 何て言えば……皆に許して貰えるの?」
「あの、ごめんね?
2回も、一から話すのアレかな、って。
お母様とリアンを隣に呼んでるの。
モニカの気持ち、聞いてたよ」
さっき、わたしはお茶を取りに出た時、母に隣の当主の部屋でわたし達の話を聞いていて、と頼んでいた。
「無断で、ごめ……」
モニカに無断でごめんなさい、と最後まで言えない内に。
モニカが隣の部屋への微かに開けられていた内扉を開いて、向こうの部屋へ飛び込んで行った。
匂わせについて、詳しくモニカは話さなかったけれど、見逃すことにした。
だって、誰だって全部をさらけ出せないものね?
それはわたしも同じだから。
モニカに劣等感をずっと抱えていた。
容姿じゃ絶対に勝てない。
年頃になっても、手芸や料理は思う通りには作れない。
妬む気持ちを切り替えようと思った。
料理なんか出来なくても、料理人が作ったものを食べて、持ち帰って。
それで解決出来るから、と。
だったら勉強して、働いて、稼いで。
センスの良い服を着て、流行りのメイクで新しい時代の女を気取る。
わたしはそうなるんだ、と切り替えた。
モニカみたいな古い価値観に縛られない、と……
……こんなわたしを、ひとには話せないから。
一番多感な少女期に戻ってしまった様なモニカ。
わたしはたまらずに、彼女を抱き締めた。
あの頃の胸の内を少しだけ(全部ではないと思う)吐き出せたモニカは、ぼうっとして、されるがままだったが。
やがて自分を抱き締めているのが憎いわたしだと気付いて、突き飛ばされた。
「ひとりでいじけて、みっともないわたしを嗤えば?」
「嗤ったりしないよ」
モニカは必死に、ここで生き残れるように、いい子を演じていただけだ。
邪魔者だと母に……わたし達に認定されないように。
何故だか分からないけれど、優しくしてくれる母が怖かったのだ。
いつか掌を返されて。
母がモニカなんて要らないと言えば、嵐の夜でもここから追い出される、と思っていたから。
唯一、血が繋がっている叔父は、叔母の言う通りにするだろう、と。
わたしはずっと母があれ程モニカの機嫌を気にしているのが不思議だったが、モニカの方もずっと母の機嫌を気にして、正解を探し続けていた。
今もそれが分からずにいるモニカに、わたしは話すことにした。
先月初めて母から聞いた、小さな小さなモニカから貰った恩の話を。
「モニカ、貴女は、母とわたしの命の恩人なの」
◇◇◇
先々代、つまりキャンベルの祖父に、一度嫁を連れて顔を出せ、と言われた父は身重の母と共にクレイトンへ帰った。
顔だけ見せて、祖父の言うことを聞き流して、とっとと王都へ戻ろうと思っていたのに、兄夫婦の歓待を受けてしまって、泊まらずに帰ることは出来なくなったらしい。
その歓待は兄夫婦だけでなく、まだ1歳半だったモニカも同様で。
『じ、じ』とまだちゃんと発音出来ていなかったが、ペイジと呼んで懐いてくれた、と母は嬉しそうに話した。
翌日の朝食の席で、母に対して祖父の放った一言に激昂した父が手を出しそうになったので、伯父が頭を冷やせ、と父を領地の見回りに連れ出してくれた。
父が戻ってきたら直ぐにクレイトンを出ようと言い残したので、そのつもりだった母に、また祖父が何か言ってきたらしく
(どれ程の言葉を投げつけられたか、母は言わなかった) ノックスヒルに来てから、祖父の言動に精神的に参っていた母は倒れてしまった。
意識を失くした母は、当然そこから記憶がないから、それからの話はメイド長のカルディナから聞いたのだと言う。
ひとりで歩くのをおぼえて、その午前中も大好きになった『じ、じ』の側に居たはずの幼いモニカがよたよたと伯母のところへ来て。
『あー、あー、あー』と訴えてきたそうだ。
眠いのかと抱き上げて揺すったら、いつもご機嫌なモニカなのに、身体を反らして嫌々をして。
『じ、じ』『あー、あー』を何度も繰り返した。
察した伯母とカルディナが客間に飛び込むと、出血した母が倒れていて、その横に母を見下ろした祖父が立っていたそうだ。
慌てて駆け寄った伯母に、祖父は『構うな』とだけ告げて自室に籠った。
カルディナがクリフォードを呼びに行ったが、父と伯父は二頭立て馬車で出掛けており、帰りを待てないと判断した伯母は当時もう1頭居た馬に跨がり、マクレガー医師の元に走った。
「妊娠中の叔母様が出血したのに、お祖父様が構うな、と言ったの?
お母様が馬に跨がり?」
拗ねたモニカが部屋に籠るのは、このジジイの遺伝ね、と言うのはやめた。
「お母様は、お父様がお祖父様に手を出しそうになった、と仰ったけれど、本当は手を出したんだと思うの。
だから、伯父様は引き離すために外に連れ出したのよ。
平民女のせいで息子から殴られて、お祖父様のプライドは粉々だったでしょうね。
憎くて憎くて、お母様のこともわたしのことも、このまま……って思っても不思議じゃない。
それとね、伯母様は女子馬術競技の選手だったらしいよ」
拳闘部のスタアだったり、馬術競技の選手だったり。
わたし達の親世代も、なかなかやるわね?
わたしが一度もお会いしたことがない伯母は、肖像画で拝見する限り、如何にも貴族の奥方という上品な微笑みを浮かべた、たおやかな女性だ。
とても倒れた義理の妹のために、自ら馬に乗り、助けを呼びに行くような女性には見えない。
それも義父が『構うな』と命じた平民の義妹のために。
急に天候が変わり激しい雨が降り始めて、残されたクリフォード達が伯母の安否を心配しだした頃、後ろにマクレガー医師を乗せた伯母が戻り、休むことなく濡れたままの身体で皆に指示を飛ばして……母は助けられた。
戻ってきた父が、出血が止まって容態が安定した母を隣領の病院に入院させて、母は流産を免れた。
そして父は伯爵位を継ぐまで、2度とクレイトンに足を踏み入れなかった。
伯母からも伯父からも、聞いたことがなかったのだろう。
わたしも先月、初めて聞いたのだ。
伯母の武勇伝に驚いて無言のモニカを、わたしは再び抱き締めた。
今度は突き飛ばされなかった。
「伯母様と貴女は、母とわたしの命の恩人なの。
貴女が訴えてくれた『あー、あー』は赤ちゃんのことよ。
つまり、わたし。
わたしを助けてくれて、本当にありがとうございました。
貴女がいなければ、わたしはこの世に誕生出来なかった。
貴女に偉そうにも出来なかったし、意地悪も言えなかった。
心から感謝します、モニカ・キャンベル」
「……わたし?」
「毎回、貴女が正解を出せなくても。
誰も貴女をノックスヒルから追い出したりしません」
「……ずっと? ここに居ても?」
「お母様がね、貴女に謝りたい、って。
伯母様のご実家がモニカを引き取りたいと言ってこられたのに、あの子をお任せ下さい、と言ったのは自分だった。
この部屋の、伯母様の思い出を変えたくなかったのは自分だったのに、貴女のために譲るみたいに受け取らせてしまって。
貴女にも伯母様にも、申し訳ない、って。
許さなくてもいいから、謝罪を聞いてあげてくれる?」
「だって、だって……わたしだって、叔母様に失礼なことを……
わたしは何て? 何て言えば……皆に許して貰えるの?」
「あの、ごめんね?
2回も、一から話すのアレかな、って。
お母様とリアンを隣に呼んでるの。
モニカの気持ち、聞いてたよ」
さっき、わたしはお茶を取りに出た時、母に隣の当主の部屋でわたし達の話を聞いていて、と頼んでいた。
「無断で、ごめ……」
モニカに無断でごめんなさい、と最後まで言えない内に。
モニカが隣の部屋への微かに開けられていた内扉を開いて、向こうの部屋へ飛び込んで行った。
匂わせについて、詳しくモニカは話さなかったけれど、見逃すことにした。
だって、誰だって全部をさらけ出せないものね?
それはわたしも同じだから。
モニカに劣等感をずっと抱えていた。
容姿じゃ絶対に勝てない。
年頃になっても、手芸や料理は思う通りには作れない。
妬む気持ちを切り替えようと思った。
料理なんか出来なくても、料理人が作ったものを食べて、持ち帰って。
それで解決出来るから、と。
だったら勉強して、働いて、稼いで。
センスの良い服を着て、流行りのメイクで新しい時代の女を気取る。
わたしはそうなるんだ、と切り替えた。
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