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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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現れたクリフォード夫妻に懸命に、母から命じられたとモニカは訴えるが、彼等は何とも返事をしなかったので、モニカは余計に興奮してきた。
「貴方達も知ってたの!」
「左様でございます。
ご夕食前に奥様から」
「叔父様が居ないのよ?
このひとの言うことを聞くつもり?」
「旦那様がお留守の時は、奥様がノックスヒルの主でございますから」
わたしはその場に居なかったが、母がクリフォードを呼んで、モニカに部屋を移って貰うと告げた時。
彼はただ、『畏まりました』と言ったそうだ。
「……いいわよ、それならそれで。
でも、わたしは叔父様から出ていけと言われるまで、あの部屋に居るから」
モニカは泣かなかった。
涙を見せても、庇ってくれる人が居ないからだ。
明日になれば、わたしは帰り、入れ違いで父は戻ってくる。
父なら、泣けば自分の言うことを聞く、と思っているのだろう。
だが、母さえこれを通してくれるなら、父はモニカではなく母を選ぶ。
立ち上がって、ナプキンをテーブルに叩き付け、わざとゆっくりダイニングルームを出ていくモニカは、健気なヒロインには程遠い。
その後ろ姿を見送って、母がわたしを見た。
「あんな、あの子初めて……
今までずっと隠して……やはりわたしから話すわ」
「隠さないと、ここでは生きていけない、と思い込んでいたんでしょうね。
いい子にしていないと叔母様から愛されない、と。
だから自分から色々と教えて、なんて頼んできてたんです、多分。
さて、いい子の仮面も自分から外したみたいだし、ぺっしゃんこにして来ます」
「貴女も、そんな言い方ばかりして」
「ジェリー、今のモニカは普通じゃないよ、僕も行こうか?」
リアンは姉と慕っていた従姉の本性を見て、母とわたしを守る気になったようだ。
父が居ないなら自分が、という……
だから、貴方は母を庇って突き飛ばされた。
「ありがとう。
本当に危ない時は呼ぶね、助けてね?」
毎度のように部屋に閉じ籠った相手に慌てる必要はなくて、わたしは心配そうなカルディナを抱き締めた。
「大丈夫よ、貴女の大切なお嬢様を傷付けたりしない。
わたしはモニカとやり直したいだけなの。
貴女もこんなのはおかしいと、最初から分かっていたのに、言えなかったのね?
ごめんなさい」
「わたしにとっては、ジェラルディンお嬢様も大切です。
お気を付けてくださいませ」
わたしはモニカが閉じ籠った前伯爵夫人の部屋に向かった。
少し後ろをクリフォードがついてきてくれる。
カルディナに言ったことは本当だ。
サイモンとは違い、モニカとは関係をやり直したかった。
だけど、やり返したいのも本当で、嫌味も言った。
先月の昼食会で、彼女の友人関係も壊してしまったかも知れない。
ぐちゃぐちゃにして、と言われたし。
それでも、やり直して謝りたかった。
今はともかく、彼女もまた『守られるべき子供』だったのに、孤独にさせた……
今ならまだ間に合うはず。
案の定、内側から鍵が掛けられていたので、クリフォードからマスターキーを受け取った。
解錠して、クリフォードに返す。
父は留守中、全権は母に、だが。
マスターキーは彼に預けていた。
クリフォードの盲目的な伯爵家に対する忠誠を父は信じている。
きっと母程は身内が居ない姪に対して非情になれなかった父が、彼に他の仕事先を紹介したとはやはり考えられない。
先月母から聞かされたモニカの話。
父も母と同じ様にモニカに対して感謝していたのなら、侯爵達が把握していなかったクリフォード達の給金は、父から出ていたのかも……
◇◇◇
ノックもせずに部屋に入ると、クッションが飛んできた。
花瓶じゃなくて助かったし、最悪ペーパーナイフが飛んできたかもしれない。
この部屋の花瓶が高価なのもあるだろうけれど、何だかんだ言ってもモニカは甘いのだ。
自分の手で傷付けることに躊躇いがある。
「部屋にまで来て、追い出すの?
どこまであんたは……!
あのひとが居ないから好きに出来ると……」
「わたしの両親を、このひと、あのひと、言わないでくれる?
お父様を外であのひとなんて言ったら承知しないわよ?
あんたが今までべらべら話していた匂わせなんかじゃ終わらなくなるわよ?
それがどう受け取られてしまうか、分かってるの?」
わたしの指摘に、モニカが黙った。
儚げな美少女の姪が、今でも若々しい叔父のことを、あのひと、なんて呼べば。
違う意味の虐待だと捉えられてしまう。
さすがのモニカもそれは困るのだろう。
顔色を変えて黙った。
この機会に一気に片を付けよう。
「この部屋に、伯父様の遺言書があるらしいの。
引っ越しを理由に、これから荷物を片付けながら、それを探すのよ。
遺言書が見つかってお父様がそれを認めれば、3年後の成人を待たずに、貴女は女伯爵になれるわよ」
前伯爵の遺言書はモニカの部屋で見つかったらしい、とオルが言っていた。
それが本当かどうかは分からないけれど。
それを見つけたくて、この部屋を家捜しするために。
移って貰うと理由をつけた。
それに、モニカだって、本当はこの部屋なんかに入りたくなかったのだから。
今からでも移ってくればいい。
この先を曲がった、わたし達の部屋が並ぶ、あの辺りに。
当主夫人のこの部屋に比べたら、日当たりも風通しも悪いけれど。
家族なんだから。
「貴方達も知ってたの!」
「左様でございます。
ご夕食前に奥様から」
「叔父様が居ないのよ?
このひとの言うことを聞くつもり?」
「旦那様がお留守の時は、奥様がノックスヒルの主でございますから」
わたしはその場に居なかったが、母がクリフォードを呼んで、モニカに部屋を移って貰うと告げた時。
彼はただ、『畏まりました』と言ったそうだ。
「……いいわよ、それならそれで。
でも、わたしは叔父様から出ていけと言われるまで、あの部屋に居るから」
モニカは泣かなかった。
涙を見せても、庇ってくれる人が居ないからだ。
明日になれば、わたしは帰り、入れ違いで父は戻ってくる。
父なら、泣けば自分の言うことを聞く、と思っているのだろう。
だが、母さえこれを通してくれるなら、父はモニカではなく母を選ぶ。
立ち上がって、ナプキンをテーブルに叩き付け、わざとゆっくりダイニングルームを出ていくモニカは、健気なヒロインには程遠い。
その後ろ姿を見送って、母がわたしを見た。
「あんな、あの子初めて……
今までずっと隠して……やはりわたしから話すわ」
「隠さないと、ここでは生きていけない、と思い込んでいたんでしょうね。
いい子にしていないと叔母様から愛されない、と。
だから自分から色々と教えて、なんて頼んできてたんです、多分。
さて、いい子の仮面も自分から外したみたいだし、ぺっしゃんこにして来ます」
「貴女も、そんな言い方ばかりして」
「ジェリー、今のモニカは普通じゃないよ、僕も行こうか?」
リアンは姉と慕っていた従姉の本性を見て、母とわたしを守る気になったようだ。
父が居ないなら自分が、という……
だから、貴方は母を庇って突き飛ばされた。
「ありがとう。
本当に危ない時は呼ぶね、助けてね?」
毎度のように部屋に閉じ籠った相手に慌てる必要はなくて、わたしは心配そうなカルディナを抱き締めた。
「大丈夫よ、貴女の大切なお嬢様を傷付けたりしない。
わたしはモニカとやり直したいだけなの。
貴女もこんなのはおかしいと、最初から分かっていたのに、言えなかったのね?
ごめんなさい」
「わたしにとっては、ジェラルディンお嬢様も大切です。
お気を付けてくださいませ」
わたしはモニカが閉じ籠った前伯爵夫人の部屋に向かった。
少し後ろをクリフォードがついてきてくれる。
カルディナに言ったことは本当だ。
サイモンとは違い、モニカとは関係をやり直したかった。
だけど、やり返したいのも本当で、嫌味も言った。
先月の昼食会で、彼女の友人関係も壊してしまったかも知れない。
ぐちゃぐちゃにして、と言われたし。
それでも、やり直して謝りたかった。
今はともかく、彼女もまた『守られるべき子供』だったのに、孤独にさせた……
今ならまだ間に合うはず。
案の定、内側から鍵が掛けられていたので、クリフォードからマスターキーを受け取った。
解錠して、クリフォードに返す。
父は留守中、全権は母に、だが。
マスターキーは彼に預けていた。
クリフォードの盲目的な伯爵家に対する忠誠を父は信じている。
きっと母程は身内が居ない姪に対して非情になれなかった父が、彼に他の仕事先を紹介したとはやはり考えられない。
先月母から聞かされたモニカの話。
父も母と同じ様にモニカに対して感謝していたのなら、侯爵達が把握していなかったクリフォード達の給金は、父から出ていたのかも……
◇◇◇
ノックもせずに部屋に入ると、クッションが飛んできた。
花瓶じゃなくて助かったし、最悪ペーパーナイフが飛んできたかもしれない。
この部屋の花瓶が高価なのもあるだろうけれど、何だかんだ言ってもモニカは甘いのだ。
自分の手で傷付けることに躊躇いがある。
「部屋にまで来て、追い出すの?
どこまであんたは……!
あのひとが居ないから好きに出来ると……」
「わたしの両親を、このひと、あのひと、言わないでくれる?
お父様を外であのひとなんて言ったら承知しないわよ?
あんたが今までべらべら話していた匂わせなんかじゃ終わらなくなるわよ?
それがどう受け取られてしまうか、分かってるの?」
わたしの指摘に、モニカが黙った。
儚げな美少女の姪が、今でも若々しい叔父のことを、あのひと、なんて呼べば。
違う意味の虐待だと捉えられてしまう。
さすがのモニカもそれは困るのだろう。
顔色を変えて黙った。
この機会に一気に片を付けよう。
「この部屋に、伯父様の遺言書があるらしいの。
引っ越しを理由に、これから荷物を片付けながら、それを探すのよ。
遺言書が見つかってお父様がそれを認めれば、3年後の成人を待たずに、貴女は女伯爵になれるわよ」
前伯爵の遺言書はモニカの部屋で見つかったらしい、とオルが言っていた。
それが本当かどうかは分からないけれど。
それを見つけたくて、この部屋を家捜しするために。
移って貰うと理由をつけた。
それに、モニカだって、本当はこの部屋なんかに入りたくなかったのだから。
今からでも移ってくればいい。
この先を曲がった、わたし達の部屋が並ぶ、あの辺りに。
当主夫人のこの部屋に比べたら、日当たりも風通しも悪いけれど。
家族なんだから。
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