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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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それから、わたしは事務室から、祖父に電話を入れた。
アーネストさんが出たので『重要案件、大至急です』とだけ言うと、折り返して電話をくれると仰った。
10分後に祖父本人から電話を貰えたので、簡単にサイモンのことを説明した。
祖父は直ぐに了承してくれた。
妹も一緒だな?と念押しをされ、列車に乗る前に必ずサイモン本人から電話連絡させることを約束して切った。
電話料金を発払いにしてくれたか確認はしなかったけれど、わたしの貧乏性を知っている祖父に抜かりはないだろう。
隣ではサイモンがクララの退院手続きを、サーラさんと行っていた。
詳しく説明しなかったのに、サーラさんは迅速に書類を手渡していく。
年長さんの女の子に連れられてクララが入室してきた。
彼女が手にしていたのは、悲しいくらい小さなバッグだ。
次にわたしはノックスヒルに電話して母を呼び出した。
母には時戻しの話無しで、悪い大人から祖父の家に匿って貰う兄妹が居るから、駅までモンドに送って欲しいと伝えた。
それだけしか言わなかったのに母は了承してくれて、クララの年齢を聞かれた。
どうしてか、と尋ねたら。
「明日は日曜日よ。
ムーアの家に小さい女の子の服は用意出来てるか不安ね。
貴女の子供の頃の洋服で綺麗なままのがあるから、2着ほど持っていかせるわ」
女の子の洋服なら、ケイラ伯母様の百貨店があるから、と余計なことは言わない。
母はきっと、駅まで送るだけじゃなくて、何かしたいのだ。
17歳と8歳の兄妹を助けたいと思う大人は、サイモンが思っているより多いのだから。
モンドが来てくれるまで、まだ時間がある。
サーラさんからメモを貰って、2つの電話番号を書いた。
①と記した番号から説明をする。
「これは祖父の番号です。
大抵、アーネストさんと言う男性が出ます。
もし、通じなかったり、他の人が出たら、そのまま切ってください。
それから②は伯父のゼインの番号です。
この3人の誰かと連絡が取れたら、先輩が決めた合言葉を伝えてください。
それが言えるかで迎えに来た人が祖父の使いなのか、分かります。
この3人以外で信用していいのは、フィリップスさんという方ですので」
「随分用心するんだな」
「先手を打てていると思っても、慢心はしないでいましょう」
侯爵には黒魔法士がついている。
これはオルだって知らなかった。
用心しなくては、この先はどうなるか分からない。
経過が変われば結果は変わるのだから。
モンドが来てくれた。
何度も往復させて申し訳ないな、と思っていたら、二頭立て馬車で両親が乗っていた。
ふたりを列車にのせるまで、責任を持って見送ってくれるらしい。
父にオルについてお礼を言うのは戻ってからにした。
母が小さなクララに微笑んだ。
「駅の女子トイレは気を付けなくてはいけないの。
クララちゃんをひとりでは行かせられないでしょ?」
馬車に乗る前に、サイモンがわたしに13年後についてもうひとつだけ聞きたいことがある、と小声で言った。
彼には時戻しのことを誰かに話したら、魔法士の呪いが3代に渡って降りかかる、と脅している。
後日でいいから、と懇願するようにサイモンに言われた。
馬車に乗った彼は、また泣きそうな顔をしていた。
「キャンベル、恩に着る。
ありがとう」
「はい、また王都でお会いしましょう」
これで、サイモンとの悪縁は切れたかな。
今回は、貴方に。
おとといきやがれは、言わなくていいみたいだ。
◇◇◇
デイビス兄妹を乗せた馬車を見送って、先月のようにお手伝いを申し出た。
駅からの帰りに、寄ってくれるようにモンドに頼んでいる。
オルもクララも居なくなったけれど、受け入れてくれるならこれからもここに来たい。
隣で同じ様に見送っていたサーラさんがわたしの方に顔を向けた。
「例のお話、あれから他の方とも話し合って、神父様にもご相談して。
先月のケーキを持ってきてくださった奥様からもお話を聞きました」
例の話……ノックスヒルでのお菓子教室の話だ。
「先程のムーア様との電話のやり取りを失礼ながら、聞かせていただきました。
子供達の将来は自分で決めて貰うことにしました。
先にあれこれ心配して、彼等を守ろうとするのではなく。
何かあれば助けてあげられればいい、と思いました。
打ち明けてくれる環境を、大人が整えればいいんですよね。
そのままムーアで働きたいと希望する子もいるでしょう。
お祖父様にどうか……どうか、よろしくお願いいたします、とお伝えくださいませ」
頭を深く下げられて、こちらが焦ってしまう。
わたしはただ提案しただけだ。
子供達のために実働してくれるのは大人だ。
「詳細は奥様と決めていきます。
お嬢様にはお礼を申し上げたかったのです」
先月にサーラさんが母とこのことについて話していたのなら、おそらく母からも祖父は頼まれていたのに、わたしには何も言わなかった。
だけど、けじめとして、改めてわたしからお願いしようと思った。
それから、先月と同様にリネン班に混ぜて貰って、ベッドメイキングに勤しんだ。
マーサは、気分が悪いと医務室でふて寝をしていた。
さすが仮の従姉妹同士、モニカと拗ね方が同じだ。
夕食の下拵えについて、サーラさんにこちらから打診をすると、有耶無耶な返事をされた。
料理を教えてと頼んだ時のシェフの反応と同じ……
これは母からわたしの料理の腕を聞かされている?
先月、わたしは卵料理制覇の第1歩として茹で玉子を、時計を睨み付けながら攻略したのに。
堅茹で、半熟、腕時計さえあれば、どこでだって自在に出来る。
アーネストさんが出たので『重要案件、大至急です』とだけ言うと、折り返して電話をくれると仰った。
10分後に祖父本人から電話を貰えたので、簡単にサイモンのことを説明した。
祖父は直ぐに了承してくれた。
妹も一緒だな?と念押しをされ、列車に乗る前に必ずサイモン本人から電話連絡させることを約束して切った。
電話料金を発払いにしてくれたか確認はしなかったけれど、わたしの貧乏性を知っている祖父に抜かりはないだろう。
隣ではサイモンがクララの退院手続きを、サーラさんと行っていた。
詳しく説明しなかったのに、サーラさんは迅速に書類を手渡していく。
年長さんの女の子に連れられてクララが入室してきた。
彼女が手にしていたのは、悲しいくらい小さなバッグだ。
次にわたしはノックスヒルに電話して母を呼び出した。
母には時戻しの話無しで、悪い大人から祖父の家に匿って貰う兄妹が居るから、駅までモンドに送って欲しいと伝えた。
それだけしか言わなかったのに母は了承してくれて、クララの年齢を聞かれた。
どうしてか、と尋ねたら。
「明日は日曜日よ。
ムーアの家に小さい女の子の服は用意出来てるか不安ね。
貴女の子供の頃の洋服で綺麗なままのがあるから、2着ほど持っていかせるわ」
女の子の洋服なら、ケイラ伯母様の百貨店があるから、と余計なことは言わない。
母はきっと、駅まで送るだけじゃなくて、何かしたいのだ。
17歳と8歳の兄妹を助けたいと思う大人は、サイモンが思っているより多いのだから。
モンドが来てくれるまで、まだ時間がある。
サーラさんからメモを貰って、2つの電話番号を書いた。
①と記した番号から説明をする。
「これは祖父の番号です。
大抵、アーネストさんと言う男性が出ます。
もし、通じなかったり、他の人が出たら、そのまま切ってください。
それから②は伯父のゼインの番号です。
この3人の誰かと連絡が取れたら、先輩が決めた合言葉を伝えてください。
それが言えるかで迎えに来た人が祖父の使いなのか、分かります。
この3人以外で信用していいのは、フィリップスさんという方ですので」
「随分用心するんだな」
「先手を打てていると思っても、慢心はしないでいましょう」
侯爵には黒魔法士がついている。
これはオルだって知らなかった。
用心しなくては、この先はどうなるか分からない。
経過が変われば結果は変わるのだから。
モンドが来てくれた。
何度も往復させて申し訳ないな、と思っていたら、二頭立て馬車で両親が乗っていた。
ふたりを列車にのせるまで、責任を持って見送ってくれるらしい。
父にオルについてお礼を言うのは戻ってからにした。
母が小さなクララに微笑んだ。
「駅の女子トイレは気を付けなくてはいけないの。
クララちゃんをひとりでは行かせられないでしょ?」
馬車に乗る前に、サイモンがわたしに13年後についてもうひとつだけ聞きたいことがある、と小声で言った。
彼には時戻しのことを誰かに話したら、魔法士の呪いが3代に渡って降りかかる、と脅している。
後日でいいから、と懇願するようにサイモンに言われた。
馬車に乗った彼は、また泣きそうな顔をしていた。
「キャンベル、恩に着る。
ありがとう」
「はい、また王都でお会いしましょう」
これで、サイモンとの悪縁は切れたかな。
今回は、貴方に。
おとといきやがれは、言わなくていいみたいだ。
◇◇◇
デイビス兄妹を乗せた馬車を見送って、先月のようにお手伝いを申し出た。
駅からの帰りに、寄ってくれるようにモンドに頼んでいる。
オルもクララも居なくなったけれど、受け入れてくれるならこれからもここに来たい。
隣で同じ様に見送っていたサーラさんがわたしの方に顔を向けた。
「例のお話、あれから他の方とも話し合って、神父様にもご相談して。
先月のケーキを持ってきてくださった奥様からもお話を聞きました」
例の話……ノックスヒルでのお菓子教室の話だ。
「先程のムーア様との電話のやり取りを失礼ながら、聞かせていただきました。
子供達の将来は自分で決めて貰うことにしました。
先にあれこれ心配して、彼等を守ろうとするのではなく。
何かあれば助けてあげられればいい、と思いました。
打ち明けてくれる環境を、大人が整えればいいんですよね。
そのままムーアで働きたいと希望する子もいるでしょう。
お祖父様にどうか……どうか、よろしくお願いいたします、とお伝えくださいませ」
頭を深く下げられて、こちらが焦ってしまう。
わたしはただ提案しただけだ。
子供達のために実働してくれるのは大人だ。
「詳細は奥様と決めていきます。
お嬢様にはお礼を申し上げたかったのです」
先月にサーラさんが母とこのことについて話していたのなら、おそらく母からも祖父は頼まれていたのに、わたしには何も言わなかった。
だけど、けじめとして、改めてわたしからお願いしようと思った。
それから、先月と同様にリネン班に混ぜて貰って、ベッドメイキングに勤しんだ。
マーサは、気分が悪いと医務室でふて寝をしていた。
さすが仮の従姉妹同士、モニカと拗ね方が同じだ。
夕食の下拵えについて、サーラさんにこちらから打診をすると、有耶無耶な返事をされた。
料理を教えてと頼んだ時のシェフの反応と同じ……
これは母からわたしの料理の腕を聞かされている?
先月、わたしは卵料理制覇の第1歩として茹で玉子を、時計を睨み付けながら攻略したのに。
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