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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 じぃじにも教えなかった本名を言われて、サイモンは黙った。
 相手を黙らすには、驚かすに限る。
 信じる信じないはサイモン次第。


 ここでも証が必要だと思い、先ずは先日図書室で調べた話から入ろうと思った。



「来年の6月、王都はとんでもない猛暑に見舞われて、貴方はわたしにクレイトンに避暑に行かせてくれ、と頼みました。
『思い出の地を案内して』なんて調子良く言われたんですが、いつも貴方は荷馬車を借りて、ふらふらとひとりで出掛けていきました。
 まさしく、うちの邸をホテル代わりにしていたんです」

 倹約を心掛けているわたしとしては、別に責めるつもりで言っていないのだけれど、サイモンは赤面した。
 来年の夏どうこうより、ホテル代わりに、と言われたことが気になるようだ。


「モニカとの交際を秘密にされていたわたしは、あの夏はふたりでこそこそ会っていたんだろうとか、領内の経営状態を探っていたんじゃないか、とまで想像していたんですが、今なら……
 あの時の貴方はクララちゃんを引き取ってこのクレイトンで住むなら、どこが良いか探していたんじゃないか、と思っています」


 さっきまで恥ずかしげだったサイモンの口が少し開いていた。
 当たりだ。
 彼は今ではクララと住む為の具体的な予算が貯まってきているんだ。
 そして、クレイトンに住もうと思っている。


「当初は1週間の予定でしたが、クララちゃんと別れがたかったんでしょうね、滞在は2週間に延び、7月の夏祭りを迎えました。
 花火を一緒に見ていたら、貴方はわたしに指輪を渡したんです。
 祭りの露店で見つけた、泊めてくれたお礼だと言って。
 それは露店なんかでは売っていないインタリオリングでした」


 言われたサイモンが自分の胸辺りを握った。
 今はまだそこにある、インタリオリングを確認するみたいに。



 あの夜花火を一緒に見た。
『君の家族は、本物だ』そう言われた。
 わたしの髪をくしゃくしゃにした。
 そして渡されたインタリオリング。
 そこには、もう今はない、彼の実家の紋章が刻まれていた。


「もちろん今のわたしの手元にはありません。
 19歳のわたしの部屋に置いてありますが、記憶を元に図書室で調べました。
 『南部の貴族名鑑』です。
 あのリングに刻まれていたのは、サマセット子爵家の紋章で間違いありません。
 お祖父様からお父様、そして貴方に受け継がれていた指輪ですね?」


 サイモンの顔色が悪くなってきていた。
 何度も胸のリングの存在を確かめるように、握っては放し、握っては放しを繰り返している。

 わたしはそれを眺めているだけだ。
 今の時点では何とも想っていない後輩に、先祖代々のインタリオリングを渡したなんて信じられないのだろう。



「……俺はその時、君にプロポーズをした?」

「安心してください。
 言葉通り、ただのお礼なんですよ。
 わたし達は付き合ってもいませんでしたし……だから、貴方がモニカを選んでもわたしには何も言う権利もなかった」


 その8年後に、昔も今も好きだの言われることは黙っていた。
 それはわたしの記憶にはない。
 わたしは19歳のわたしが知っていたシドニーの話をするだけ。


 デイビス家が元サマセット子爵だったことは、祖父なら調べているだろう。
 だけど、サイモンが今まで誰にも見せなかった、わたしも渡されたことを誰にも言わなかった紋章入りのリングの存在など知らないはずだ。
 サイモンしか知らない、だからこそ、証になると思った。


「……さ、3年後、俺は君じゃなくて、あの女と婚約を?」

 まだ、そこに拘ってるのね。
 別に気にしなくていいのに。
 付き合っていたわたしを裏切った訳じゃないし、家族を守ろうとしてくれたんだから。


「夏祭りの夜に花火をふたりで見たりしたから、変な気分になっただけですよ。
 本当に気にしなくていいです、わたしも好きなひとが出来ました」

「好きなひと?」

「運命のひとです、わたしは彼と絶対に結ばれる」


 それを聞いたサイモンが少し馬鹿にしたように嗤った。
 元々このひとは、運命だの真実の愛だの、そんなのは信じないと口にするひとだった。
 世間を斜めに見ているような、何を考えているのか、分からない。
 つかみどころの無いひと。
 その複雑さがたまらなく好きだった。
 だから、わたしもそれに合わせて……努力した。


 だけどオルと出会って、気付いてしまった。
 わたしは無理をしていただけ。
 本当は『愛してる』や『好きだよ』と愛の言葉を囁いて欲しい。
 可愛いと抱き締めて、甘やかして欲しい。

『君にはその価値がある』と言ってくれたことは忘れられない。


 どういうつもりなのか分からない、思わせ振りなひとはもう要らない。
 何度も言うけれど、貴方とやり直したくて、時戻しをしたんじゃないから。


 嗤われても平気な顔しているわたしをどうしたらいいのか分からないように、サイモンが髪をかきあげる。
 その仕草も好きでしたよ。
 クララにはこんなに優しく出来るんだから、これから好きになる女性には分かりやすくしてくださいね。



「犯罪の片棒を担がされる、って話を聞かせてくれるかな」

 ようやく、彼も信じてくれたようだ。
 なので、わたしはこの先、13年間の話を聞かせた。


「あいつ……そんな……悪い奴だったなんて。
 俺は毒を持っていた?」

「用済みになったら使うように持たされたんじゃないでしょうか?
 それと、最近になって先輩の性格を思い返したら、ある仮定が生まれました」

「ある仮定……」



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