【完結】やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかったわたしは今度こそ間違えない

Mimi

文字の大きさ
上 下
84 / 112
第2章 いつか、あなたに会う日まで

33

しおりを挟む
 じぃじにも教えなかった本名を言われて、サイモンは黙った。
 相手を黙らすには、驚かすに限る。
 信じる信じないはサイモン次第。


 ここでも証が必要だと思い、先ずは先日図書室で調べた話から入ろうと思った。



「来年の6月、王都はとんでもない猛暑に見舞われて、貴方はわたしにクレイトンに避暑に行かせてくれ、と頼みました。
『思い出の地を案内して』なんて調子良く言われたんですが、いつも貴方は荷馬車を借りて、ふらふらとひとりで出掛けていきました。
 まさしく、うちの邸をホテル代わりにしていたんです」

 倹約を心掛けているわたしとしては、別に責めるつもりで言っていないのだけれど、サイモンは赤面した。
 来年の夏どうこうより、ホテル代わりに、と言われたことが気になるようだ。


「モニカとの交際を秘密にされていたわたしは、あの夏はふたりでこそこそ会っていたんだろうとか、領内の経営状態を探っていたんじゃないか、とまで想像していたんですが、今なら……
 あの時の貴方はクララちゃんを引き取ってこのクレイトンで住むなら、どこが良いか探していたんじゃないか、と思っています」


 さっきまで恥ずかしげだったサイモンの口が少し開いていた。
 当たりだ。
 彼は今ではクララと住む為の具体的な予算が貯まってきているんだ。
 そして、クレイトンに住もうと思っている。


「当初は1週間の予定でしたが、クララちゃんと別れがたかったんでしょうね、滞在は2週間に延び、7月の夏祭りを迎えました。
 花火を一緒に見ていたら、貴方はわたしに指輪を渡したんです。
 祭りの露店で見つけた、泊めてくれたお礼だと言って。
 それは露店なんかでは売っていないインタリオリングでした」


 言われたサイモンが自分の胸辺りを握った。
 今はまだそこにある、インタリオリングを確認するみたいに。



 あの夜花火を一緒に見た。
『君の家族は、本物だ』そう言われた。
 わたしの髪をくしゃくしゃにした。
 そして渡されたインタリオリング。
 そこには、もう今はない、彼の実家の紋章が刻まれていた。


「もちろん今のわたしの手元にはありません。
 19歳のわたしの部屋に置いてありますが、記憶を元に図書室で調べました。
 『南部の貴族名鑑』です。
 あのリングに刻まれていたのは、サマセット子爵家の紋章で間違いありません。
 お祖父様からお父様、そして貴方に受け継がれていた指輪ですね?」


 サイモンの顔色が悪くなってきていた。
 何度も胸のリングの存在を確かめるように、握っては放し、握っては放しを繰り返している。

 わたしはそれを眺めているだけだ。
 今の時点では何とも想っていない後輩に、先祖代々のインタリオリングを渡したなんて信じられないのだろう。



「……俺はその時、君にプロポーズをした?」

「安心してください。
 言葉通り、ただのお礼なんですよ。
 わたし達は付き合ってもいませんでしたし……だから、貴方がモニカを選んでもわたしには何も言う権利もなかった」


 その8年後に、昔も今も好きだの言われることは黙っていた。
 それはわたしの記憶にはない。
 わたしは19歳のわたしが知っていたシドニーの話をするだけ。


 デイビス家が元サマセット子爵だったことは、祖父なら調べているだろう。
 だけど、サイモンが今まで誰にも見せなかった、わたしも渡されたことを誰にも言わなかった紋章入りのリングの存在など知らないはずだ。
 サイモンしか知らない、だからこそ、証になると思った。


「……さ、3年後、俺は君じゃなくて、あの女と婚約を?」

 まだ、そこに拘ってるのね。
 別に気にしなくていいのに。
 付き合っていたわたしを裏切った訳じゃないし、家族を守ろうとしてくれたんだから。


「夏祭りの夜に花火をふたりで見たりしたから、変な気分になっただけですよ。
 本当に気にしなくていいです、わたしも好きなひとが出来ました」

「好きなひと?」

「運命のひとです、わたしは彼と絶対に結ばれる」


 それを聞いたサイモンが少し馬鹿にしたように嗤った。
 元々このひとは、運命だの真実の愛だの、そんなのは信じないと口にするひとだった。
 世間を斜めに見ているような、何を考えているのか、分からない。
 つかみどころの無いひと。
 その複雑さがたまらなく好きだった。
 だから、わたしもそれに合わせて……努力した。


 だけどオルと出会って、気付いてしまった。
 わたしは無理をしていただけ。
 本当は『愛してる』や『好きだよ』と愛の言葉を囁いて欲しい。
 可愛いと抱き締めて、甘やかして欲しい。

『君にはその価値がある』と言ってくれたことは忘れられない。


 どういうつもりなのか分からない、思わせ振りなひとはもう要らない。
 何度も言うけれど、貴方とやり直したくて、時戻しをしたんじゃないから。


 嗤われても平気な顔しているわたしをどうしたらいいのか分からないように、サイモンが髪をかきあげる。
 その仕草も好きでしたよ。
 クララにはこんなに優しく出来るんだから、これから好きになる女性には分かりやすくしてくださいね。



「犯罪の片棒を担がされる、って話を聞かせてくれるかな」

 ようやく、彼も信じてくれたようだ。
 なので、わたしはこの先、13年間の話を聞かせた。


「あいつ……そんな……悪い奴だったなんて。
 俺は毒を持っていた?」

「用済みになったら使うように持たされたんじゃないでしょうか?
 それと、最近になって先輩の性格を思い返したら、ある仮定が生まれました」

「ある仮定……」



しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...