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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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オルとはそのまま食堂で別れた。
別れ際の突飛なオルの行動に、未だに理解が追い付かない。
子供は怪談が好きだから、そういう類いの子供向けの本でも読んだのかな。
……吸血鬼なんて言って。
咄嗟に返せなかったけれど、冗談だったら、笑ってあげれば良かったな。
名残惜しいが、来月また会える。
どうして噛みついたのかは、次回教えて貰うことにして。
姑息な大人のわたしは、彼が魔法士になる迄に、嫌われない程度に徐々に徐々に刷り込んで……等と企んで。
馬車に乗り込みながら、これでは、祖父と同じだ!と気付いた。
サーラさんやクララ、ベンも見送ってくれて、(マーサ以外の)年長組の女の子達も手を振ってくれる。
『また、来月待ってるね』と言ってくれることが本当に嬉しい。
来月はモニカに途中合流になるし、彼女には嫌がられるだろうけれど、必ず来ようと思った。
次こそは、ベンと永年和平協定が結ばれますように。
ノックスヒルに戻ると、母がおろおろしていた。
わたしが出掛けると、暫くしてからモニカのランチ会は予定より早く終了となり、友人達を見送りもせず、彼女は部屋に籠っているのだと言う。
招いた側なのに、我が儘過ぎる。
嫌われてしまうぞ、どうでもいいけれど。
「やはり、顔出しなんてするのではなかったわ。
きっと、お菓子教室だって嫌なのよ……」
母がハント嬢達と約束したお菓子教室を止めよう、と言い出した。
これはいい機会だと思った。
モニカの部屋の前を通り過ぎ、廊下の角を曲がって、ふたりで母の部屋に入る。
この時も母は心配してモニカの部屋のドアをノックして声をかけようとしていたので、それを止めた。
「どうして、そこまでモニカの機嫌を気にするんですか?」
部屋に入るなり、母に尋ねた。
言わずに済めば、どれ程良かったか。
この邸に歪みが出来たのは、母が決めて父が了承したからだ、と。
メイド長のカルディナには、お茶等持ってこなくていい、と伝えていた。
ここには母とわたしだけ。
隣の部屋には父が居るかもしれないが、聞こえて様子を見に来るなら、来ればいい。
反対側はリアンの部屋だ。
あの子には、姉が母を責めている場面は見せたくないけれど……
そして、リアンの隣にわたしの部屋がある。
どうして前回は気付かなかったのだろう。
こんな部屋割りはおかしい、と。
「機嫌を気にする、なんて……そんな言い方しなくても。
ただ、嫌がることをしたくないだけよ」
「嫌だ、ってモニカが言ったんですか?
顔出しして欲しくなかった、って文句を言われましたか?」
「……そんな、どうしたの、ジェリー?
あの子はそんなことは言わないわよ、でも、分かるでしょう?」
「お母様、はっきり言いますね。
もうモニカが自分から言わない、お願いしない限り、先回りして決めつけるのは、止めてあげてください」
決めつける、なんてきつい言い方なのは分かっている。
母には全く悪意はない。
自分の思い通りにしようとしているのではない、と言うことも。
「……」
母が呆然としているのに、そのまま続ける。
「分かっています、全てモニカを考えて、なんですよね。
でも、もうモニカも18歳です。
あの頃の13歳のモニカじゃないんです。
言いたいことがあるなら、部屋に閉じ籠るのじゃなくて、主張したら良いんです。
それを聞いて、納得できたら、それを通してあげて。
納得出来なければ、それを話し合って」
13歳のモニカも言いたいことがあっただろう。
でも、遡ってそこまで指摘して、母を傷付けたくなかった。
だから、せめてこれからは。
「お菓子教室だって、モニカに嫌だと言われたら、理由をちゃんと聞いてあげてくださいね?
でも、お母様はハント様達とお約束されたのですから、モニカの言う通りにしなくても良いんです。
ノックスヒルに誰を招くのかは、お母様が決定なさってください」
ここまで聞いて、わたしの言いたいことが理解出来ない母ではない。
自分から言わなくても、周りが良いように動いてくれて、それを普通に受け取れるのは、父ぐらいだ。
母は父に慣れ過ぎた。
普通の人間は先回りされると、段々それが息苦しくて辛くなる。
きっと、モニカは父側の人間じゃない。
「……教えて、ジェリー。
わたしは今まで、間違っていた?」
「偉そうに言ってしまって、ごめんなさい。
わたしもお母様が、進学を後押ししてくれて、この家から出たから気付けました。
皆が気付いていませんでした。
皆がモニカを大切にしている、と信じてました」
きっと今夜、モニカはわたしには顔を合わせたくなくて、部屋から出てこない。
夕食を抜くくらい彼女は平気だ。
だけど今夜からは、誰も彼女の部屋に夜食を届けない。
お腹が空けば、自分からエマに頼めば持ってきてくれる。
それを待ってください、と母に言った。
母が頷いてくれたので、計画では今夜モニカに告げるつもりだったことを母に打ち明けた。
母はとても驚いたけれど、来月わたしが帰省するまで誰にも言わない、と約束してくれた。
そして、母から過去の話を聞いた。
それまで聞くことの無かった伯父夫婦の話。
伯父達が生きていた頃の小さな小さなモニカの話。
来月、わたしはモニカと対決する。
別れ際の突飛なオルの行動に、未だに理解が追い付かない。
子供は怪談が好きだから、そういう類いの子供向けの本でも読んだのかな。
……吸血鬼なんて言って。
咄嗟に返せなかったけれど、冗談だったら、笑ってあげれば良かったな。
名残惜しいが、来月また会える。
どうして噛みついたのかは、次回教えて貰うことにして。
姑息な大人のわたしは、彼が魔法士になる迄に、嫌われない程度に徐々に徐々に刷り込んで……等と企んで。
馬車に乗り込みながら、これでは、祖父と同じだ!と気付いた。
サーラさんやクララ、ベンも見送ってくれて、(マーサ以外の)年長組の女の子達も手を振ってくれる。
『また、来月待ってるね』と言ってくれることが本当に嬉しい。
来月はモニカに途中合流になるし、彼女には嫌がられるだろうけれど、必ず来ようと思った。
次こそは、ベンと永年和平協定が結ばれますように。
ノックスヒルに戻ると、母がおろおろしていた。
わたしが出掛けると、暫くしてからモニカのランチ会は予定より早く終了となり、友人達を見送りもせず、彼女は部屋に籠っているのだと言う。
招いた側なのに、我が儘過ぎる。
嫌われてしまうぞ、どうでもいいけれど。
「やはり、顔出しなんてするのではなかったわ。
きっと、お菓子教室だって嫌なのよ……」
母がハント嬢達と約束したお菓子教室を止めよう、と言い出した。
これはいい機会だと思った。
モニカの部屋の前を通り過ぎ、廊下の角を曲がって、ふたりで母の部屋に入る。
この時も母は心配してモニカの部屋のドアをノックして声をかけようとしていたので、それを止めた。
「どうして、そこまでモニカの機嫌を気にするんですか?」
部屋に入るなり、母に尋ねた。
言わずに済めば、どれ程良かったか。
この邸に歪みが出来たのは、母が決めて父が了承したからだ、と。
メイド長のカルディナには、お茶等持ってこなくていい、と伝えていた。
ここには母とわたしだけ。
隣の部屋には父が居るかもしれないが、聞こえて様子を見に来るなら、来ればいい。
反対側はリアンの部屋だ。
あの子には、姉が母を責めている場面は見せたくないけれど……
そして、リアンの隣にわたしの部屋がある。
どうして前回は気付かなかったのだろう。
こんな部屋割りはおかしい、と。
「機嫌を気にする、なんて……そんな言い方しなくても。
ただ、嫌がることをしたくないだけよ」
「嫌だ、ってモニカが言ったんですか?
顔出しして欲しくなかった、って文句を言われましたか?」
「……そんな、どうしたの、ジェリー?
あの子はそんなことは言わないわよ、でも、分かるでしょう?」
「お母様、はっきり言いますね。
もうモニカが自分から言わない、お願いしない限り、先回りして決めつけるのは、止めてあげてください」
決めつける、なんてきつい言い方なのは分かっている。
母には全く悪意はない。
自分の思い通りにしようとしているのではない、と言うことも。
「……」
母が呆然としているのに、そのまま続ける。
「分かっています、全てモニカを考えて、なんですよね。
でも、もうモニカも18歳です。
あの頃の13歳のモニカじゃないんです。
言いたいことがあるなら、部屋に閉じ籠るのじゃなくて、主張したら良いんです。
それを聞いて、納得できたら、それを通してあげて。
納得出来なければ、それを話し合って」
13歳のモニカも言いたいことがあっただろう。
でも、遡ってそこまで指摘して、母を傷付けたくなかった。
だから、せめてこれからは。
「お菓子教室だって、モニカに嫌だと言われたら、理由をちゃんと聞いてあげてくださいね?
でも、お母様はハント様達とお約束されたのですから、モニカの言う通りにしなくても良いんです。
ノックスヒルに誰を招くのかは、お母様が決定なさってください」
ここまで聞いて、わたしの言いたいことが理解出来ない母ではない。
自分から言わなくても、周りが良いように動いてくれて、それを普通に受け取れるのは、父ぐらいだ。
母は父に慣れ過ぎた。
普通の人間は先回りされると、段々それが息苦しくて辛くなる。
きっと、モニカは父側の人間じゃない。
「……教えて、ジェリー。
わたしは今まで、間違っていた?」
「偉そうに言ってしまって、ごめんなさい。
わたしもお母様が、進学を後押ししてくれて、この家から出たから気付けました。
皆が気付いていませんでした。
皆がモニカを大切にしている、と信じてました」
きっと今夜、モニカはわたしには顔を合わせたくなくて、部屋から出てこない。
夕食を抜くくらい彼女は平気だ。
だけど今夜からは、誰も彼女の部屋に夜食を届けない。
お腹が空けば、自分からエマに頼めば持ってきてくれる。
それを待ってください、と母に言った。
母が頷いてくれたので、計画では今夜モニカに告げるつもりだったことを母に打ち明けた。
母はとても驚いたけれど、来月わたしが帰省するまで誰にも言わない、と約束してくれた。
そして、母から過去の話を聞いた。
それまで聞くことの無かった伯父夫婦の話。
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来月、わたしはモニカと対決する。
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