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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 トマトの悪口からだったが、思っていたよりオルとの会話は続く。
 幼いパピーとはそれ程話せなかったが、シアの時もオルの時も、決して彼は無口ではなくて。
 どちらかと言えば、耳当たりのいい言葉を甘く話すひとだった。


 ベン曰く、しゃべんねぇらしいが、話題を振れば話してくれた。


 もうすぐ食堂に隣接されたキッチンで夕食の準備が始まるはず。
 サーラさんや他の大人の人もやって来る。
 その目を盗んで、ではないけれど。
 もう少しふたりきりでお喋りがしたかった。


「今日は泊まるはずだったんでしょ? 
 サーラさんに報告した?」

「どうせ、俺なんか追い返されるの、あのひと分かってるよ。
 送って貰ったから、あっちから話聞いてるんじゃないの」

「今日はヴィオンさんじゃなかったんだね?」

「ブラウンさんとこだけど、ヴィオンって?」


 また、この口が要らないことを言った。
 どう誤魔化そうか……


「ヴィオンって、外国風な名前だね?」

「な、なんとなく浮かんだだけだよ!
 オルシアナス・ヴィオンって、格好良いよね?」 

「格好良いかな?
 ……俺の名前もさぁ、可笑しいよ」

「そう? 一度聞いたら忘れない、良い名前じゃない?」

「良くないよ、間違って付けられた名前だし」


 誰に間違ってこんな珍しい名前を付けられた? 


「赤ん坊の時、ここの前に置かれてて、一緒に手紙が入ってて、オシアナスをお願いします、だって」

「オルシアナス、じゃなくて。
 オシアナス、だったの?」

「今ここには居ないけど、俺の名前を届ける書類を書いた神父様が間違えて『ル』を入れてしまって、受理されてから気が付いたけど、まぁいいか、だよ」


 名前を間違ったくせに、まぁいいか?
 わたしはカッとなったのに、オルは淡々と話している。
 そうだった、辛い話程、このひとは淡々と話すのだ。


「オシアナスって、外国の神話に出てくる海の神様の名前なんだよ。
 だから、烏滸がましい、却って良かった、って」

「……」


 名前も間違えたうえに、正もせずに、烏滸がましい?
 そいつこそ、聖職者を名乗るのは烏滸がましい!


「18になったら、成人前でも改名出来るよね?
 全然違う普通の名前に変えるのも良いかな、と思ってる。
 おねーさん、どう思う?」

「……わたしの弟はフロリアン、っていうの。
 この名前も、この国では変わっているでしょう?
 違う国の男性に多いんだけど、よくからかわれてた」

「……」

「その国に両親が旅行に行って、素敵な名前だね、次に男の子が出来たらつけたいねって、つけられた名前なの。
 だからね、オルくんのご両親も何かご事情があって、貴方を手離すことになってしまったけれど、神様の名前をつけるくらいだもの、絶対に貴方のことは大切に思っていたんだよ。
 おふたりで海を眺めていて決めたのかもね?
 きっと貴方は生まれる前から愛されていたんだよ」

「……じゃあ、オシアナスに戻した方が良い?」

「自分の人生は自分が責任を取るんだよ。
 名前も同じ。貴方が決めて?
 何か偉そうに言っちゃったけれど、オルくんじゃなくなったら、なんて呼ぼうか悩みそうだけどね」


 オルがオルシアナスじゃない未来に変わりそうな気がした。
 すっかり馴染んだ特別な名前が変わるのは複雑だけれど、オシアナスかオルシアナスか、それとも全く別の名前にするか、決めるのは本人だ。

 暫くオルは、何も言わずに考えていた。
 改名出来るまで、後8年。
 ゆっくり考えたら良い。




 それはそうと。
 彼にちゃんと言わないといけないことがある。


「10歳なら魔力判定あるよね!
 面倒くさがらずに、絶対に受けるんだよ。
 ちゃんと神父様に言ってね」


 魔力判定は王都の魔法庁本部で行われる。
 最近は勝手にないだろうと判断して、お金がかかるからと王都まで連れて行かない親も増えていると聞く。
 その結果、現れた魔力がコントロール出来なくて暴走して、周囲を巻き込む大惨事になった例も新聞で読んだ。

 父には領内の子供の魔力判定について、呉々もお願いしようと思った。
 オル程の魔力があれば暴走したら、孤児院周辺は吹き飛ぶかもしれない。


「貴方には特別な力があるの、わたしには見える」

「いい加減なこと、言って……
 あのさ……おねーさんのこと、俺は何て呼べばいいの?」

「皆ジェリー……、ディナって、呼んで」

「ディナ?」

「オルだけね、いつもはおねーさんで。
 ふたりきりの時だけ」


 制約がないだけに、やりたい放題のわたしだ。
 中身19歳のわたしが、まだ10歳のオルに、必死だな。
 オルにはディナと呼んで貰いたい、絶対に、だ。


 そこにクララが呼びにきてくれた。
 モンドのお迎えが来たみたい。


「じゃあ、帰るね、オルくん。
 また、来月来るよ」

 一応、レディ扱いしてくれているのか、オルも立ち上がって……
 いきなり、背伸びしてわたしの首に軽く噛みついた。


 何が起こったのか。
 訳が分からない。


 忘れもしないあの日のように。
 視線を合わせたオルが唇を親指の腹で拭った。

 さすがにあの時程の色気はないが、それでも……


「ディナ、俺が吸血鬼だったら、どうする?」


 血なんか吸われていない。
 甘噛みされただけ。
 光の無かった、死んだ人の様だった瞳が、金色に光った気がした。


 初めて間近に見た10歳のオル。
 右目の目尻に小さな黒子を見つけた……

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