【完結】やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかったわたしは今度こそ間違えない

Mimi

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第2章 いつか、あなたに会う日まで

22

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 孤児院の食堂は、当然高等学院のそれよりも小さい。

 だが人間の心理は10歳でも18歳でも同じで、一番奥が落ち着くのか入口から遠い、所謂3年席に彼はこちらに背を向けて座っていた。
 猫背の背中が小刻みに揺れているのは、ビスケットを咀嚼しているからか。
 

 ここ、食堂に来るまで。
 どきどきし過ぎて、胸が痛かった。
 途中何人もの子供達とすれ違って、名前も呼ばれた気がしたのに、足は止まらなかった。
 止まりたくなかった。


 早く、早く!
 早くしないと、彼がまた無詠唱で何処かへ飛んでいってしまうかもしれない。
 早く、早く! と……


 食堂と書かれたプレートが扉の上部に貼られた部屋だった。
 一応ノックはしたが、返事を待たずに入室した。


 別に感動の再会を期待した訳じゃない。
 この年のオルはわたしのことなんか知らない。
 だから、わたしの顔を見て笑顔になる訳はない。
 わたしがモニカのような美少女だったら、もしかしたら一目惚れもあるかもしれないけれど。

 それでも、それでも。
 初めて会った時、彼はどんな顔をするのか楽しみにして……
 この頃の手持ちの洋服の中で、一番のお気に入りを着てきたわたしだったのだ。


 ところが、オルは背を向けていた。
 普通に皆が選ぶ一番奥のテーブルで。
 普通なら壁を背にして、入口向きに座る人が多いのに。
 誰かが入ってきたのは分かっているのに、振り返りもせずに壁に向かったままだった。


 ◇◇◇


 オルが座っている場所から斜め前方に立つ。
 期待した以下の再会だとは言え、顔を見ずに帰ることは出来なかった。


「……はじめましてオルくん……オルシアナスくん……」

 名前を呼ばれて、彼がわたしを見上げた……仕方なく。


「……貴女、誰?」

 面倒くさそうに開いた口元にビスケットの粉が付いていた。

 顔立ちはパピーを彷彿とさせるけれど、その瞳が。
 ……金色ではなく、薄い茶色と黄色が混じったような色で。
 輝きもなく、知性も感じさせない、ドロリと濁った様な瞳している。


 この子が10歳のオル?
 わたしが一瞬答えに詰まると、オルは直ぐに視線を逸らして、またビスケットに噛りついた。


 大人のオルのあの腰に来るような声とはもちろん違う。
 幼いパピーの少し甘えたような高音の声とも違う。
 何の感情も含んでいない声。

 気付いてしまった。
 この子がどうして未だに引き取られなかったのか。
 ベンに、あんなの無理、と言われるのか。
 

 美しい人が美しく見えるのは、内側から輝いているからだ。
 心が美しいのが滲み出る、とかそんな意味じゃない。
 美しいこと以外の自信が現れている、とでも言えばいいのか。
 とにかく、目の前のオルからは訴えるものが何もなくて。
 いくら顔立ちが整っていても、何の印象も残らない子供だった。



 将来はあれ程綺麗な男性なのに。
 内側から自分の魅力をアピールして、泣く姿さえ美しかった。
 今のオルには、その片鱗もない。

 姿勢は悪くて、死んだ人のように光のない瞳はこちらをきちんと見ようとしない。
 ボソボソとしか話さず、あっちへ行けとばかりに、そこから拒否されたような感じ。



 だからと言って、わたしは直ぐに居なくならないよ。
 彼の向かい側の席に腰を下ろして、彼を真正面から見つめる。


「わたしはジェラルディン。モニカの従妹なの。
 これから毎月ここへ遊びに来るの。
 オルくん以外の子達にはもう挨拶したから、貴方にはまだ出来て無かったし、ここまで会いに来た」

「……」

「昼食出して貰えなかったの?」

「……出して貰えたけど……嫌いなもん出されたから」

「オルくん、嫌いなものあるの? 教えてよ」

「……トマト」

「え?」

「トマトで、何か煮込んでて……一番嫌いなやつ。
 あんなの、食えない」

「……」

「チキンも、野菜も食べれるけど。
 何でぐちゃぐちゃなトマトで煮込むかなっ!」


 いきなり、オルが饒舌になったのは嬉しいです。
 嬉しいですが、それはトマト煮込みの悪口だからです。
 食べられなくてお腹が空いて、怒りがこみ上げてきたのですね?
 見知らぬわたしにも訴えたくなるくらい、大嫌いなメニューなのでしょう。
 わたしが唯一作れて、多分何度も何度もオルに振る舞ったトマト煮込み……


「……何で、おねーさんが泣きそうな顔してんの?」

 
 ……また顔に出ていた。
 ここは正直に言おうと思った。
 ついでに大好きなメニューを聞いて、将来に備えてウチのシェフに教えを乞おうと思った。


「トマト煮込みって、わたしが唯一作れる料理なんだよ……」

「……あー、そ……
 唯一、って、他に料理しないの?」

「あまり、得意じゃなくて……
 オルくんは何が好きなの?
 練習するよ! 教えてよ!」


 ここでもわたしは嘘をついた。
 あまり得意じゃない、ではなくて、ほとんど出来ないのに。


「俺の? 何で俺の……
 卵だよ、卵料理なら何でも」


 わたしはシェフが知る限りの、卵料理を教えて貰うことを決意した。
 少なくとも、今回では。

『好きだよ、すごく好き』と、オルに嘘をつかせたくない。
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