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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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「お疲れ様でした、大変でしたでしょ?」

 下拵えを言いつけられるのではなくて、労われてしまった。
 体力がないと思われている?

 最近は週に1度だけだけど、立ちっぱなしで働いてて少しは体力も出てきた。
 だけど、丁度サーラさんに聞いていただきたい話があった。


 それは出掛けしなに、母にお願いした話だった。
『先方が賛成してくれるなら』と母は前向きだった。


 ◇◇◇


「奥様のお菓子教室にウチの子達を、ですか?」

 わたしが提案したのは、ノックスヒルのキッチンに希望する子供達を招いて、お菓子作りを母から学んで貰うことだ。
 焼いたケーキを母が届けるのではなくて、自分達が食べるケーキを自分達で焼いて、持ち帰って貰う。
 焼いて冷まして、デコレーションして。
 冷ます時間はお茶を飲んで、皆でお話をする。
 ケーキを焼くオーブンを新たに孤児院に設置するお金はない。
 それなら、来て貰って焼けばいい。

 最初は来たい子なら、誰でもと思っていた。
 だけど、クララから話を聞いて考えは変わった。

 ケーキを焼きたいと希望する13歳以上の子供達。
 彼等を毎月招いて教える。
 そこから……


「どうして13歳以上と限定を?
 小さい子供達は足手まといになるからですか?」

 詰問してくるサーラさんが好ましい。
 この方は本当に子供達のことを考えてくれているのが、それで分かる。
 領主が半ば命じたことでも、納得出来なければ反対をするひとだ。


「13歳以上になっても養子の口がなくて、自分達には労働力しか期待されていないと、将来を悲観して欲しくないからです」

「……」

「ケーキ作りは取っ掛かりだと思ってください。
 文字通り、そこから将来はケーキ職人やパン職人になりたいと思う子が出てきてくれたら嬉しいです。
 だけど、ケーキにはそれだけじゃない。
 フルーツや生クリームや牛乳、卵、小麦粉も使用します。
 果物を育てることや、畜産、農業、それらに興味を持ってくれるかも。
 自分達の労働がこんな風に繋がっていくことを実感して欲しい。
 また、もの作りだけではなくて、送迎も荷馬車になるけれどいつもの御者にして貰います。
 彼には車の免許も取得して貰うので、男の子なら、そこから……」

「領外に目を向けさせて、ですか?
 そんな夢を見させて、却って子供達を辛い目に遭わせるだけでは?」

「出ていきたい子供が居るなら、その夢をその子が叶えようと努力するなら、伯爵家……いえ、はっきり申し上げます。
 ムーアが彼等をバックアップします」

「奥様のご実家、ですね。
 それはムーアの労働力になるだけではありませんの?」

「生意気を申し上げますが。
、ムーアを見くびらないでくださいませ。
 彼等の人生を搾取しなくてはいけない程、落ちぶれてはいません」


 サーラさんはムーアのことをご存じだったが、少し考え込んでいた。


「自分の人生は自分で責任を取るしかない、とわたしは思っていますが、現状の彼等には、その選択肢はないように見えました。
 母には『先方が賛成してくださるなら』と言われました。
 子供達の現状を一番把握されているのは、神父様ではなく貴女方です。
 サーラさんが反対されるなら、諦めます。
 お返事はいつまでも待ちます。
 お世話役の他の方達とも、ご相談の上お返事をいただけたら、と思います」


 夕食の準備もあるだろうし、サーラさんを延々と説得するのはやめた。
 偉そうに言ったが、わたしも子供達のことだけを思って提案したんじゃない。


 モニカの友人が来たことをあんなに喜んでいた母。
 ご令嬢を集めてお菓子を一緒に作れる、とうきうきしていた母。
 クレイトンには王都育ちの母が楽しめるものなんて無い。
 ノックスヒルに子供達がやって来るのは、母の楽しみになるはずだ。
 彼等とリアンが顔馴染みになれば、3年後の悲劇は避けられるかもしれない。


 丘の上の邸から彼等に会いに行くのが難しいのなら。
 反対に彼等から、丘の上の邸に来て貰えばいい。


 孤児院出身者の多い信者達が騒ぎを起こしたのは、モニカの結婚問題だけじゃない。
 彼等には日頃から鬱憤が溜まっていたのだと思った。
 ここから、クレイトンから出て行けずに、労働力として給金無しで働かされる毎日に。




 モンドが迎えに来てくれるまで、まだ時間はあった。
 次はクララ達幼い子供を集めて絵本でも読み聞かせようか。


 ぼんやりそう考えながら、皆のところに戻ろうとしたら、ベンがわたしの前までやって来た。


「オル、帰ってきたよ。
 何も食べてないみたいで、食堂でビスケットを食べてる。
 ジェリー会いたいんだろ? 行ってこいよ」

 オル! オルが帰ってきたの!
 何も食べさせて貰って無かったの!


「ありがとう、ベン! 食堂だね? あっち?」


 慌てるわたしに、ベンは食堂がどこか教えてくれた。


「お礼はさ、車に乗せて貰うの、大きい俺は最後でもいいからさ。
 皆より長目に走らせてよ。
 それと俺は初等じゃねえから。
 もう中等へ通ってんだよ。
 今度間違えたら、ぶっ飛ばす」


  
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