上 下
93 / 112
第2章 いつか、あなたに会う日まで

42

しおりを挟む
 わたしは、ずっと考えていた。


 11月に入り、行列係に配置が変わった。
 
 テイクアウトは混雑しないように、10組のお客様しか店内に通さない。
 入口と出口が分けられていて、お客様が1組出られると、1組入れる、で。
 店内には常に10組のお客様がいらっしゃる、という方法を取っていた。

 事前に行列整理係が購入される商品を通し番号のついた3枚1組の注文書に記入し、間違いがないか確認して控えをお渡しする。
 注文時に、ケーキについてご質問を受けると、説明はさせていただくのだが、店内に入ってから実物のケーキが並べられたショーケースをご覧になると変更されるお客様も多い。


 それで時間がかかっているのを、2ヵ月間品出ししながら側で見て。
 改良出来ないか、と思いつつ、指示されるまま売場と厨房との往復を繰り返した。


 ◇◇◇


 今月からシドニー・ハイパーが学院を休校しているのは、1年生の間でも知られていた。
 男子寮では、シドニーは週末にはいつも朝から出掛けているので、年上の未亡人の家に入り浸っている、とか。
 恵まれた容姿を利用して、いけない仕事をしているのでは、とか。 

 以前から怪しげな噂をされていたらしいが、11月第1週目の土曜日の夜、学生寮に彼は戻ってこなかった。
 部屋の荷物はそのままなので、家出ではなく。
 女性絡みで何か危ないことに巻き込まれたのでは? という噂が学院を駆け巡っていた。


 心配よりも面白がっている風潮なのは、普段の王子の態度が悪いからだ。
 王子という呼び名は、見た目の良さと尊大な態度から来ていたのだろう。
 自業自得の、用心し過ぎた結果だ。

 監視役のゲインは自宅通学組なので、シドニーの週末のご乱行はご存じなく。
 よって侯爵も知らなくて、学校からの連絡で取りあえず、休学届を出して、残された荷物を引き取っていったそうだ。



 自分が消えた後の学院の話を聞くのが、サイモンのお気に入りだ。
 女性絡みのトラブル、で爆笑していた。
 そうだろう、彼が会いに行っていた年上の未亡人と言うのは妹で、
 容姿を利用した仕事と言うのは、配達の力仕事だった。

 ゲインが『あの男』からの回し者だと気付いていたらしい。
 仲良くするようにと中等部に入学して直ぐに紹介されて、
『こんな奴とは、絶対に友達にはならない』と思っていたそうだ。
 それを、5年以上の付き合いなのに、決してファーストネームで呼ばない、というささやかな抵抗で表していた。


 誰かに見つかったら大変なのに、サイモンは配達の仕事は続けていた。
 バーナビー商会との契約は年内いっぱいだったので、終了までは続けたいと祖父に直談判して許可されたのだ。

 どうしてだ、ムーアの邸でおとなしくしていろ。
 そう言いたかった。



 配達の仕事を終えたサイモンが、わたしを裏口で待っていた。
 11月に入って、気温はぐんぐん下がり、17時過ぎると辺りは黄昏に包まれる。
 荷馬車に乗るのに手を差し出してくれたサイモンの指先が少し冷たくて、結構待ってくれていたのかな、と思った。


「指、冷たいな。
 行列係、風邪引かないか?」

 サイモンもわたしの手に触れて、同じ様に冷たく感じたようだ。


「11月はまだましだ、って先輩が言ってました。
 12月から3月が地獄だって」


 しかし、その地獄をお客様は並んでくださっている。
 あの時間をどうやって短縮出来るだろう。
 考えろ、考えろ……


「それより、先輩は何で仕事を続けてるんですか?
 誰かに見られたら、侯爵に伝わりますよ?」

「作業服を着た男なんて、誰も意識して見ないよ。
 特に若い女達なんて、道ですれ違うと、すごく避けられる。
 誰も俺のことなんか覚えてないし、街で紛れるのにはこの格好が1番だ。
 その証拠に、ムーアの旦那様も作業服で出没してるんだろ?」


 祖父がやめてくれ、と頼んでも、デイビス兄妹は旦那様と呼んでいた。
 彼等は邸に引き取られていても、一線を引いていて。
 だから、サイモンは働き続けているのかもしれない。


 年が明けると、大学入試が本格化する。
 彼のバーナビーとの契約が年内終了だったのは、そのためだ。
 エドワーズ侯爵から逃げたので、大学進学はどうするのだろうか。
 入試必要書類作成のためには、連絡を取らなくてはならないだろう。
 その辺りも祖父と話はしているのだろうか。
 彼の進学については、わたしには何も出来ないので、こちらからは聞くのをやめた。


 今夜は祖父の邸で、旅行から戻ってきた祖母のお帰りなさい会があった。
 週明けにサイモンの誕生日があるのは、まだ祖父には教えていない。
 もちろん彼自身から伝わることはない。


「キャンベルって、すごくしゃべるのか、無口なのか、どっち?」

「……よく口が回る、とは言われました」

「それは、例の運命の魔法士?」

「……そうですが」

「なんか……変な気分なんだ。
 キャンベルのことは、何とも思っていないはずなのに、その男の話を聞くと失恋した気分になる」

「……そうですか」


 ……そうですか、としか、言えないし。
 サイモンだって、そうだろう。
 この黄昏と夕闇が混じり合った時間がいけないのだ。
 何となく寂しく感じて人恋しくなってしまう。

 もう、ふたりで荷馬車になんか乗らない方がいい。
 話題を変えよう。


「13年後について、何か聞きたいことがあるんですよね?」

 サイモンも話題が変わって、ホッとしたように見える。


「クララのことなんだ。
 まだ元気にしていたのかな?
 妹は……生き延びていた?」


しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...