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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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わたしは、ずっと考えていた。
11月に入り、行列係に配置が変わった。
テイクアウトは混雑しないように、10組のお客様しか店内に通さない。
入口と出口が分けられていて、お客様が1組出られると、1組入れる、で。
店内には常に10組のお客様がいらっしゃる、という方法を取っていた。
事前に行列整理係が購入される商品を通し番号のついた3枚1組の注文書に記入し、間違いがないか確認して控えをお渡しする。
注文時に、ケーキについてご質問を受けると、説明はさせていただくのだが、店内に入ってから実物のケーキが並べられたショーケースをご覧になると変更されるお客様も多い。
それで時間がかかっているのを、2ヵ月間品出ししながら側で見て。
改良出来ないか、と思いつつ、指示されるまま売場と厨房との往復を繰り返した。
◇◇◇
今月からシドニー・ハイパーが学院を休校しているのは、1年生の間でも知られていた。
男子寮では、シドニーは週末にはいつも朝から出掛けているので、年上の未亡人の家に入り浸っている、とか。
恵まれた容姿を利用して、いけない仕事をしているのでは、とか。
以前から怪しげな噂をされていたらしいが、11月第1週目の土曜日の夜、学生寮に彼は戻ってこなかった。
部屋の荷物はそのままなので、家出ではなく。
女性絡みで何か危ないことに巻き込まれたのでは? という噂が学院を駆け巡っていた。
心配よりも面白がっている風潮なのは、普段の王子の態度が悪いからだ。
王子という呼び名は、見た目の良さと尊大な態度から来ていたのだろう。
自業自得の、用心し過ぎた結果だ。
監視役のゲインは自宅通学組なので、シドニーの週末のご乱行はご存じなく。
よって侯爵も知らなくて、学校からの連絡で取りあえず、休学届を出して、残された荷物を引き取っていったそうだ。
自分が消えた後の学院の話を聞くのが、サイモンのお気に入りだ。
女性絡みのトラブル、で爆笑していた。
そうだろう、彼が会いに行っていた年上の未亡人と言うのは妹で、
容姿を利用した仕事と言うのは、配達の力仕事だった。
ゲインが『あの男』からの回し者だと気付いていたらしい。
仲良くするようにと中等部に入学して直ぐに紹介されて、
『こんな奴とは、絶対に友達にはならない』と思っていたそうだ。
それを、5年以上の付き合いなのに、決してファーストネームで呼ばない、というささやかな抵抗で表していた。
誰かに見つかったら大変なのに、サイモンは配達の仕事は続けていた。
バーナビー商会との契約は年内いっぱいだったので、終了までは続けたいと祖父に直談判して許可されたのだ。
どうしてだ、ムーアの邸でおとなしくしていろ。
そう言いたかった。
配達の仕事を終えたサイモンが、わたしを裏口で待っていた。
11月に入って、気温はぐんぐん下がり、17時過ぎると辺りは黄昏に包まれる。
荷馬車に乗るのに手を差し出してくれたサイモンの指先が少し冷たくて、結構待ってくれていたのかな、と思った。
「指、冷たいな。
行列係、風邪引かないか?」
サイモンもわたしの手に触れて、同じ様に冷たく感じたようだ。
「11月はまだましだ、って先輩が言ってました。
12月から3月が地獄だって」
しかし、その地獄をお客様は並んでくださっている。
あの時間をどうやって短縮出来るだろう。
考えろ、考えろ……
「それより、先輩は何で仕事を続けてるんですか?
誰かに見られたら、侯爵に伝わりますよ?」
「作業服を着た男なんて、誰も意識して見ないよ。
特に若い女達なんて、道ですれ違うと、すごく避けられる。
誰も俺のことなんか覚えてないし、街で紛れるのにはこの格好が1番だ。
その証拠に、ムーアの旦那様も作業服で出没してるんだろ?」
祖父がやめてくれ、と頼んでも、デイビス兄妹は旦那様と呼んでいた。
彼等は邸に引き取られていても、一線を引いていて。
だから、サイモンは働き続けているのかもしれない。
年が明けると、大学入試が本格化する。
彼のバーナビーとの契約が年内終了だったのは、そのためだ。
エドワーズ侯爵から逃げたので、大学進学はどうするのだろうか。
入試必要書類作成のためには、連絡を取らなくてはならないだろう。
その辺りも祖父と話はしているのだろうか。
彼の進学については、わたしには何も出来ないので、こちらからは聞くのをやめた。
今夜は祖父の邸で、旅行から戻ってきた祖母のお帰りなさい会があった。
週明けにサイモンの誕生日があるのは、まだ祖父には教えていない。
もちろん彼自身から伝わることはない。
「キャンベルって、すごくしゃべるのか、無口なのか、どっち?」
「……よく口が回る、とは言われました」
「それは、例の運命の魔法士?」
「……そうですが」
「なんか……変な気分なんだ。
キャンベルのことは、何とも思っていないはずなのに、その男の話を聞くと失恋した気分になる」
「……そうですか」
……そうですか、としか、言えないし。
サイモンだって、そうだろう。
この黄昏と夕闇が混じり合った時間がいけないのだ。
何となく寂しく感じて人恋しくなってしまう。
もう、ふたりで荷馬車になんか乗らない方がいい。
話題を変えよう。
「13年後について、何か聞きたいことがあるんですよね?」
サイモンも話題が変わって、ホッとしたように見える。
「クララのことなんだ。
まだ元気にしていたのかな?
妹は……生き延びていた?」
11月に入り、行列係に配置が変わった。
テイクアウトは混雑しないように、10組のお客様しか店内に通さない。
入口と出口が分けられていて、お客様が1組出られると、1組入れる、で。
店内には常に10組のお客様がいらっしゃる、という方法を取っていた。
事前に行列整理係が購入される商品を通し番号のついた3枚1組の注文書に記入し、間違いがないか確認して控えをお渡しする。
注文時に、ケーキについてご質問を受けると、説明はさせていただくのだが、店内に入ってから実物のケーキが並べられたショーケースをご覧になると変更されるお客様も多い。
それで時間がかかっているのを、2ヵ月間品出ししながら側で見て。
改良出来ないか、と思いつつ、指示されるまま売場と厨房との往復を繰り返した。
◇◇◇
今月からシドニー・ハイパーが学院を休校しているのは、1年生の間でも知られていた。
男子寮では、シドニーは週末にはいつも朝から出掛けているので、年上の未亡人の家に入り浸っている、とか。
恵まれた容姿を利用して、いけない仕事をしているのでは、とか。
以前から怪しげな噂をされていたらしいが、11月第1週目の土曜日の夜、学生寮に彼は戻ってこなかった。
部屋の荷物はそのままなので、家出ではなく。
女性絡みで何か危ないことに巻き込まれたのでは? という噂が学院を駆け巡っていた。
心配よりも面白がっている風潮なのは、普段の王子の態度が悪いからだ。
王子という呼び名は、見た目の良さと尊大な態度から来ていたのだろう。
自業自得の、用心し過ぎた結果だ。
監視役のゲインは自宅通学組なので、シドニーの週末のご乱行はご存じなく。
よって侯爵も知らなくて、学校からの連絡で取りあえず、休学届を出して、残された荷物を引き取っていったそうだ。
自分が消えた後の学院の話を聞くのが、サイモンのお気に入りだ。
女性絡みのトラブル、で爆笑していた。
そうだろう、彼が会いに行っていた年上の未亡人と言うのは妹で、
容姿を利用した仕事と言うのは、配達の力仕事だった。
ゲインが『あの男』からの回し者だと気付いていたらしい。
仲良くするようにと中等部に入学して直ぐに紹介されて、
『こんな奴とは、絶対に友達にはならない』と思っていたそうだ。
それを、5年以上の付き合いなのに、決してファーストネームで呼ばない、というささやかな抵抗で表していた。
誰かに見つかったら大変なのに、サイモンは配達の仕事は続けていた。
バーナビー商会との契約は年内いっぱいだったので、終了までは続けたいと祖父に直談判して許可されたのだ。
どうしてだ、ムーアの邸でおとなしくしていろ。
そう言いたかった。
配達の仕事を終えたサイモンが、わたしを裏口で待っていた。
11月に入って、気温はぐんぐん下がり、17時過ぎると辺りは黄昏に包まれる。
荷馬車に乗るのに手を差し出してくれたサイモンの指先が少し冷たくて、結構待ってくれていたのかな、と思った。
「指、冷たいな。
行列係、風邪引かないか?」
サイモンもわたしの手に触れて、同じ様に冷たく感じたようだ。
「11月はまだましだ、って先輩が言ってました。
12月から3月が地獄だって」
しかし、その地獄をお客様は並んでくださっている。
あの時間をどうやって短縮出来るだろう。
考えろ、考えろ……
「それより、先輩は何で仕事を続けてるんですか?
誰かに見られたら、侯爵に伝わりますよ?」
「作業服を着た男なんて、誰も意識して見ないよ。
特に若い女達なんて、道ですれ違うと、すごく避けられる。
誰も俺のことなんか覚えてないし、街で紛れるのにはこの格好が1番だ。
その証拠に、ムーアの旦那様も作業服で出没してるんだろ?」
祖父がやめてくれ、と頼んでも、デイビス兄妹は旦那様と呼んでいた。
彼等は邸に引き取られていても、一線を引いていて。
だから、サイモンは働き続けているのかもしれない。
年が明けると、大学入試が本格化する。
彼のバーナビーとの契約が年内終了だったのは、そのためだ。
エドワーズ侯爵から逃げたので、大学進学はどうするのだろうか。
入試必要書類作成のためには、連絡を取らなくてはならないだろう。
その辺りも祖父と話はしているのだろうか。
彼の進学については、わたしには何も出来ないので、こちらからは聞くのをやめた。
今夜は祖父の邸で、旅行から戻ってきた祖母のお帰りなさい会があった。
週明けにサイモンの誕生日があるのは、まだ祖父には教えていない。
もちろん彼自身から伝わることはない。
「キャンベルって、すごくしゃべるのか、無口なのか、どっち?」
「……よく口が回る、とは言われました」
「それは、例の運命の魔法士?」
「……そうですが」
「なんか……変な気分なんだ。
キャンベルのことは、何とも思っていないはずなのに、その男の話を聞くと失恋した気分になる」
「……そうですか」
……そうですか、としか、言えないし。
サイモンだって、そうだろう。
この黄昏と夕闇が混じり合った時間がいけないのだ。
何となく寂しく感じて人恋しくなってしまう。
もう、ふたりで荷馬車になんか乗らない方がいい。
話題を変えよう。
「13年後について、何か聞きたいことがあるんですよね?」
サイモンも話題が変わって、ホッとしたように見える。
「クララのことなんだ。
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妹は……生き延びていた?」
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