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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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オルくん、とモニカが言った。
確かに言った。
この孤児院にオルシアナス・ヴィオンが居るの?
慌てて、腰を浮かしかけて……
自分が奥に座ったこと。
外に出るにはモニカに理由を言わなくてはいけないこと。
オルの名前を出せば、彼はもうモニカにとって特別な存在になってしまうこと。
次々に頭に浮かんで。
そしてやっとの思いで。
直ぐにあのオルなのか、確認したいのを我慢する。
モンドが丘の上の邸に向かって、軽快に馬車を走らせる。
「ジェリー、もうホームシックになっちゃったの?
それとも、寮で苛められた?」
心配を装った、少し嬉しそうな声のモニカに。
「気分が悪いの、着くまで黙っててくれる?」
と、つっけんどんに答えてしまった。
今まで一度も、わたしからそんな返しをされたことがないモニカの表情にしまったとも思うし、何でも言っていいとわたしのことをずっと馬鹿にしてたのね、とも思う。
でも今は、表面上は取り繕うか。
「寮はすっごく楽しいの!
心配してくれてありがとう!」
心配をしていない相手にお礼を言ったが、全然取り繕えなかったみたい。
モニカは腹が立つのか、無言だった。
そうよ、静かにしてて。
わたしは今は考えなくてはいけないのだから。
そっちに集中したいの!
『庇ってくれた時』とモニカは言った。
8歳も上の女性を庇って怪我をした?
それはまさしく、信者の行動だ。
そのオルくんは、わたしのオルくんだと思いたくなかった。
もし、モニカの言うオルくんが、あの性格の悪いわたしのオルなら、かつてはモニカの信者だったことを恥じて、わたしにはクレイトンに居たことを言えなかったのだろうか。
疑問と嫉妬が渦巻いて。
ぐるぐると思い続けて。
わたしの中の例の『未だかつて、両想いの恋人が居たことがない女は、これだから困る』の呪いが発動したのが分かる。
まだ、わずか10歳の見知らぬオルくんと、聖女モニカの関係にわたしは嫉妬していた。
本当は直ぐにでも取って返して孤児院へ戻り、オルくんに会いに行きたかった。
だけど、それは出来ない。
どんなに確かめたくても、モニカに彼のことは聞けないし、顔を見るのは来月の帰省まで我慢するしかない。
ただ……形が変わっても、出会う日付は変わらない、とオルは言っていた。
シドニーとの出会いはわたしが覚えている前回よりも早かったし、わたしが覚えていないだけで、16歳の10月にオル少年には会っていたのだろうか。
あんなに綺麗なオルを面食いのわたしが(もう自分が面食いだと認める)
会ったのに覚えていないのはおかしい。
小さなパピーは汚れを落としたら、綺麗な顔立ちをしていた。
あの頃が5歳位のオルだとすると、10歳の今なら絶世の美少年として領内で有名で、絶対に誰かに引き取られているはずだ。
じゃあ、やはりモニカのオルは、わたしのオルではないのだろうか?
そこまで考えて、ムカムカして気分が悪くて耐えきれず。
慌てて馬車を停めて貰って、わたしは道端で……
例え、慣れた道であっても。
揺れる馬車の中では、あれこれ考えこむものではないことを実感した。
最悪の気分のままノックスヒルへ戻った。
わたし達の帰りを待ってくださっていたレディモリッツに挨拶をする。
『どうしたの? お顔の色が悪いわ』
授業は厳しいが、優しいモリッツ先生がわたしの顔色を心配してくれる。
『久し振りに馬車に揺られて、少し気分が……』
ヒューゲルト帝国語で会話するわたしとモリッツ先生に、両親とリアンが加わって、王都を走るキャリッジやオムニバスについて、会話に花を咲かせていると、側をモニカが軽く頭を下げて通りすぎて行った。
◇◇◇
久し振りに可愛い弟のフロリアン、まだ11歳になる前のリアンに会えてとても嬉しかった。
突き飛ばされて意識不明になった14歳の貴方に会いに行かなくてごめんなさい。
それが元で、貴方は車椅子生活を送ることになる。
好きな絵の道に進めて大きな賞もいただいたのに、心ない言葉に傷付いて、24歳の貴方はお酒に逃げてしまうのね。
「ちょっと帰ってくるの、早すぎるよ」
リアンのからかうような憎まれ口にわたしは誓った。
もう『車椅子の画家』なんて呼ばせない。
全てをやり直す今回は。
リアンは『美し過ぎる天才画家』!
必ず、そう呼ばせてみせる!
確かに言った。
この孤児院にオルシアナス・ヴィオンが居るの?
慌てて、腰を浮かしかけて……
自分が奥に座ったこと。
外に出るにはモニカに理由を言わなくてはいけないこと。
オルの名前を出せば、彼はもうモニカにとって特別な存在になってしまうこと。
次々に頭に浮かんで。
そしてやっとの思いで。
直ぐにあのオルなのか、確認したいのを我慢する。
モンドが丘の上の邸に向かって、軽快に馬車を走らせる。
「ジェリー、もうホームシックになっちゃったの?
それとも、寮で苛められた?」
心配を装った、少し嬉しそうな声のモニカに。
「気分が悪いの、着くまで黙っててくれる?」
と、つっけんどんに答えてしまった。
今まで一度も、わたしからそんな返しをされたことがないモニカの表情にしまったとも思うし、何でも言っていいとわたしのことをずっと馬鹿にしてたのね、とも思う。
でも今は、表面上は取り繕うか。
「寮はすっごく楽しいの!
心配してくれてありがとう!」
心配をしていない相手にお礼を言ったが、全然取り繕えなかったみたい。
モニカは腹が立つのか、無言だった。
そうよ、静かにしてて。
わたしは今は考えなくてはいけないのだから。
そっちに集中したいの!
『庇ってくれた時』とモニカは言った。
8歳も上の女性を庇って怪我をした?
それはまさしく、信者の行動だ。
そのオルくんは、わたしのオルくんだと思いたくなかった。
もし、モニカの言うオルくんが、あの性格の悪いわたしのオルなら、かつてはモニカの信者だったことを恥じて、わたしにはクレイトンに居たことを言えなかったのだろうか。
疑問と嫉妬が渦巻いて。
ぐるぐると思い続けて。
わたしの中の例の『未だかつて、両想いの恋人が居たことがない女は、これだから困る』の呪いが発動したのが分かる。
まだ、わずか10歳の見知らぬオルくんと、聖女モニカの関係にわたしは嫉妬していた。
本当は直ぐにでも取って返して孤児院へ戻り、オルくんに会いに行きたかった。
だけど、それは出来ない。
どんなに確かめたくても、モニカに彼のことは聞けないし、顔を見るのは来月の帰省まで我慢するしかない。
ただ……形が変わっても、出会う日付は変わらない、とオルは言っていた。
シドニーとの出会いはわたしが覚えている前回よりも早かったし、わたしが覚えていないだけで、16歳の10月にオル少年には会っていたのだろうか。
あんなに綺麗なオルを面食いのわたしが(もう自分が面食いだと認める)
会ったのに覚えていないのはおかしい。
小さなパピーは汚れを落としたら、綺麗な顔立ちをしていた。
あの頃が5歳位のオルだとすると、10歳の今なら絶世の美少年として領内で有名で、絶対に誰かに引き取られているはずだ。
じゃあ、やはりモニカのオルは、わたしのオルではないのだろうか?
そこまで考えて、ムカムカして気分が悪くて耐えきれず。
慌てて馬車を停めて貰って、わたしは道端で……
例え、慣れた道であっても。
揺れる馬車の中では、あれこれ考えこむものではないことを実感した。
最悪の気分のままノックスヒルへ戻った。
わたし達の帰りを待ってくださっていたレディモリッツに挨拶をする。
『どうしたの? お顔の色が悪いわ』
授業は厳しいが、優しいモリッツ先生がわたしの顔色を心配してくれる。
『久し振りに馬車に揺られて、少し気分が……』
ヒューゲルト帝国語で会話するわたしとモリッツ先生に、両親とリアンが加わって、王都を走るキャリッジやオムニバスについて、会話に花を咲かせていると、側をモニカが軽く頭を下げて通りすぎて行った。
◇◇◇
久し振りに可愛い弟のフロリアン、まだ11歳になる前のリアンに会えてとても嬉しかった。
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それが元で、貴方は車椅子生活を送ることになる。
好きな絵の道に進めて大きな賞もいただいたのに、心ない言葉に傷付いて、24歳の貴方はお酒に逃げてしまうのね。
「ちょっと帰ってくるの、早すぎるよ」
リアンのからかうような憎まれ口にわたしは誓った。
もう『車椅子の画家』なんて呼ばせない。
全てをやり直す今回は。
リアンは『美し過ぎる天才画家』!
必ず、そう呼ばせてみせる!
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