【完結】やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかったわたしは今度こそ間違えない

Mimi

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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 領内の孤児院を管轄しているのは教会だ。

 といっても、神父様達は殆どタッチしていなかった、と思う。
 実際運営をしてくださっていたのは、教会の世話役の方達だった。
 運営費は、母達が協力していた教会主催のバザーの売り上げが少々と、善意の寄付と。
 大部分は伯爵家から出ていた。
 ……それなのに、彼等は父を取り囲んだのだ。


 孤児院の敷地に馬車が停まると、小さな子供達が近付いてきた。


「お姉ちゃん、だあれ?」

 鼻の頭に小さな泥を付けた女の子が、降りてきたわたしに早速声を掛けてきた。
 良かった、紋章を入れた馬車だ。
 遠巻きにされるか、無視されるか、そのどちらかだと思っていた。
 この子達にはまだ、現伯爵家への憎しみはない。



「モニカの従妹で、ジェリーと言うの。
 今日はモニカを迎えに来たんだけど、これからはわたしもここに遊びに来るからよろしくお願いします」

「本当なの? お姉ちゃんも遊びに来てくれるの?
 クッキー焼いてきてくれる?」

 食い気味に女の子が言って、それを聞いた子供達が三々五々集まってきた。
 モニカはクッキーで胃袋を掴んだな。
 だからと言って、ではわたしも焼いてくるね、と言えない。
 人様に食べていただけるものを作る腕がない。
 ここは母に頭を下げてお願いするしかない。
 子供達にと言えば、元々はおおらかだった母は駄目だとは言わない。


「クッキーはモニカが持ってきてくれるんだよね?
 じゃあ、お姉ちゃんはケーキを持ってくるから、全員で何人居るのか教えて?」


 ケーキの一言で。
 わたしを囲んだ子供達の目の輝きが変わった。
 目の色を変える、それを実際に見ることが出来た。


「け、ケーキ!ケーキ!」

 ひとりが言い出して、その声にどんどん声が重なって、ケーキコールになって。
 建物の入口で大歓声が始まって、大人の女性がふたりと年長らしき男の子も6人ほど外に出てきた。


「まぁ、騒いでると思ったら、ジェラルディンお嬢様!
 こちらにいらっしゃるのはお珍しい」

 女性のひとりがわたしの名前を出したが、わたしの方は彼女が誰だかわからなくて、曖昧に微笑んで頭を下げた。


「今まではウチの用事で抜けられなくて、モニカに任せっぱなしだったんですが、これからは時間があれば、お手伝いをしたくて」

「王都へ行かれたんですよね?
 お手伝いを、と仰っていただけるのは嬉しいですけれど……」


 クレイトンを離れて進学したわたしが、どうやって?と言外に滲ませる。
 この人も信者で、余計なことはするな、と言いたいのかな?
 それで、それには返事をせず、子供達の方へ向き直った。


「わたしのお母さんは、とてもお菓子を作るのが上手なの。
 皆の分を焼いて貰おうね。
 モニカにクッキーの焼き方を教えたのは、お母さんだから。
 美味しいケーキを期待しててね」


 それを聞いて、小さい子供達は更にきゃあきゃあ騒ぎ。
 出てきた年長の男の子達も嬉しそうな顔をしたが、ふたりの少年だけは怒ったような表情で。
 このふたりは、既に信者だと確信する。
 そして大人の女性達は顔を見合わせた。
 母の名前を出せば、それ以上言えないのは分かっていた。


「でも、お姉ちゃん、こんなに立派な馬車初めてだよ。
 モニカお嬢様はお馬が一頭だけの馬車で来るから」 

 さっきの女の子がわたしに言う。
 わたしがお姉ちゃんで、モニカはお嬢様か。
 いいんだ、これからは領民が身近に思える伯爵家を目指すわたしには、それが丁度いい。


「いつも、モニカが乗ってるのはこれだよ。
 だから、お迎えもこれに乗ってきたの」

「嘘つき!」

 わたしと女の子の会話に口を挟んできたのは、怒っていた片割れだった。


「お嬢様は、そんな贅沢はしないからな!」

「君は可笑しなことを言うね?
 ウチには2頭の馬が居て、この通り馬車もあるの。
 御者さんだって、いつもの荷馬車と同じ人でしょう?
 特別にお金をかけて馬車に乗ってきたんじゃないの。
 それがどうして贅沢になるの?」

「……」

「ついでに教えておいてあげるね。
 来年になったら、ウチは車を購入するの。
 それはモニカがお願いしたからよ。
 王都の最新のものが大好きなモニカがね」



 それはクレイトンで初めての車だった。
 母が車の購入を決めたのは、わたしが勧めたんじゃない。
 モニカにねだられたからだった。

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