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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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泣くだけ泣いたら、いつか涙は枯れる。
泣くまいと頭は止めようとするから、身体は拒んで、心はますます苦しくなる。
母がよく言っていた。
泣きたい時は、泣きたいだけ泣けばいい。
そんな自分を見せたくないから、わたしは自分のベッドの中で泣くのよ、と。
泣き続けるオルの手を握りながら。
わたしも『こんな時は、抱き締めるのは許して』と言おうか、どうしようか、と葛藤していた。
身勝手に自殺しようとしたモニカの毒のせいで、1年以上眠り続けている、という情報はわたしを驚かせ、怒らせ、悲しませたけれど。
目の前でこんなに泣かれては、わたしも泣くタイミングを失ってしまって……
今は色々とひとりで抱え込むことを選んだオルを、思い切り泣かせてあげようと思った。
彼は頑張り過ぎたのだ。
17ヶ月、仕事以外の時間、わたしの側に居て。
眠り続けるわたしに、毎日毎日話しかけて。
もしかして、泣いてはいけないとずっと17ヶ月間我慢していたの?
そう思うくらい、こんなに泣く大人の男性は初めて見た。
やがて、いつ枯れるのか、と思われた涙がようやく止まった。
「ごめん……みっともないところを見せた。
嫌になっただろ?」
身も世もない感じで、泣き過ぎてしまった自分を恥ずかしく思ったみたい。
「みっともなくないし、嫌になんかなってない。
ずっとひとりで辛い思いをさせてごめんなさい。
貴方に内緒でモニカに会いに行ったりして……
そんな力量もないくせに、自分ひとりで解決出来る、と過信したのね。
でも、もう知ったから、忘れないよ。
8年後にわたしはモニカに会いたいとどんなに言われても、ふたりで会ったりしない。
今、それを知ったことで回避にはならないの?」
わたしはオルが同意してくれると思っていた。
「それは会って、毒を飲まないことを回避しただけだ。
君とハイパーとモニカとの悪縁が続いていることは同じだ。
さっきのあいつの態度を見ただけでも、君に対する執着が分かった。
それを8年もあいつは持ち続けていたんだ。
ディナがパーティーに参加しなくても、どこかでハイパーと再会する。
モニカもいつ、どこで、どんな手を使うかわからない。
今度は自殺ではなくて、明確な殺意を持って君を襲うかもしれない。
次はナイフか酸か、人を雇うか。
今のように眠り続ける代わりに、君は身体に一生残る傷を受けてしまうかも。
根本的に、ふたりを君から切り離さないと解決しない、と思うんだけど」
「思うんだけど?
どうしたの、急に断定した話し方じゃなくなったね?」
それを聞いた彼が、少しだけ笑ったような気がした。
「さっきもオーウェンに母上とのことを聞いていただろ。
ディナって、ほんとに……悪気なくて、言いにくいことを聞いてくる」
「え? わたし、オルが言いたくないことを聞いてる?
無神経でごめんなさい!」
それは申し訳なく思うけれど、この性分は変えられない。
ずっと分からないままに出来ない性格なのだから。
「自分に関することは、全部知りたいひとだからね。
君は決して無神経ではないし、俺に遠慮は必要ないから全然構わない。
俺はそんなディナが好きになったんだから。
これから、時戻しの魔法についても話すよ。
あやふやにしか答えられないこともあるのは、まだまだ時というものは解明出来てないことも多いからだ。
俺が分かっている範囲なら、はっきり話すよ」
話す、と言ってくれたから、ただ黙って聞けばいいのに。
またわたしは自分から尋ねてしまった。
「これは時戻しとは関係ないんだけど。
モニカの遺書と聞いて思い出したことがあるの。
彼女が急に持ち出してきた伯父の遺言書、って今まで何処にあったのか、オルは聞いたことある?
以前の顧問弁護士が預かっていたわけではないのに、誰からモニカは渡されたのか、と思って」
「モニカの逮捕で、色んな話をオーウェンから聞いたけど……偽物ではなかったことは確からしい」
そうか、父はそういう人だけれど、そこはいい加減に認めた訳じゃなかったのね。
「本人の部屋から見つかった、だったかな?
誰かが預かっていた、と名前は出ていなかった」
モニカの部屋から?
彼女の部屋は、彼女の母の前伯爵夫人の部屋で。
わたしの母にはその部屋に入る権利があったのに、モニカに譲ったのだ。
もちろん中で繋がっている隣の当主の部屋に父は入らず、そこは空き部屋になっていた。
……これは、今度フィリップスさんに会ったら、聞いておこう。
「オル、じゃあ、次の質問をするね。
どうして今だったの?
普通は半年だったり、1年が過ぎても目覚めないから、とキリのいいところで、行動を起こすと思うの。
時戻しの会得にはそれだけの時間がかかったのかも知れないけど……
今、貴方が13年前に戻ろうと動いたのは、急に戻らなくてはいけない理由が出来たの?」
オルは大きく頷いた。
「早速、知らせたくなかったことを聞かれたな……
俺が13年前に戻らなくては、と決意したのは。
眠り続けていた君の容態が変わって……」
泣くまいと頭は止めようとするから、身体は拒んで、心はますます苦しくなる。
母がよく言っていた。
泣きたい時は、泣きたいだけ泣けばいい。
そんな自分を見せたくないから、わたしは自分のベッドの中で泣くのよ、と。
泣き続けるオルの手を握りながら。
わたしも『こんな時は、抱き締めるのは許して』と言おうか、どうしようか、と葛藤していた。
身勝手に自殺しようとしたモニカの毒のせいで、1年以上眠り続けている、という情報はわたしを驚かせ、怒らせ、悲しませたけれど。
目の前でこんなに泣かれては、わたしも泣くタイミングを失ってしまって……
今は色々とひとりで抱え込むことを選んだオルを、思い切り泣かせてあげようと思った。
彼は頑張り過ぎたのだ。
17ヶ月、仕事以外の時間、わたしの側に居て。
眠り続けるわたしに、毎日毎日話しかけて。
もしかして、泣いてはいけないとずっと17ヶ月間我慢していたの?
そう思うくらい、こんなに泣く大人の男性は初めて見た。
やがて、いつ枯れるのか、と思われた涙がようやく止まった。
「ごめん……みっともないところを見せた。
嫌になっただろ?」
身も世もない感じで、泣き過ぎてしまった自分を恥ずかしく思ったみたい。
「みっともなくないし、嫌になんかなってない。
ずっとひとりで辛い思いをさせてごめんなさい。
貴方に内緒でモニカに会いに行ったりして……
そんな力量もないくせに、自分ひとりで解決出来る、と過信したのね。
でも、もう知ったから、忘れないよ。
8年後にわたしはモニカに会いたいとどんなに言われても、ふたりで会ったりしない。
今、それを知ったことで回避にはならないの?」
わたしはオルが同意してくれると思っていた。
「それは会って、毒を飲まないことを回避しただけだ。
君とハイパーとモニカとの悪縁が続いていることは同じだ。
さっきのあいつの態度を見ただけでも、君に対する執着が分かった。
それを8年もあいつは持ち続けていたんだ。
ディナがパーティーに参加しなくても、どこかでハイパーと再会する。
モニカもいつ、どこで、どんな手を使うかわからない。
今度は自殺ではなくて、明確な殺意を持って君を襲うかもしれない。
次はナイフか酸か、人を雇うか。
今のように眠り続ける代わりに、君は身体に一生残る傷を受けてしまうかも。
根本的に、ふたりを君から切り離さないと解決しない、と思うんだけど」
「思うんだけど?
どうしたの、急に断定した話し方じゃなくなったね?」
それを聞いた彼が、少しだけ笑ったような気がした。
「さっきもオーウェンに母上とのことを聞いていただろ。
ディナって、ほんとに……悪気なくて、言いにくいことを聞いてくる」
「え? わたし、オルが言いたくないことを聞いてる?
無神経でごめんなさい!」
それは申し訳なく思うけれど、この性分は変えられない。
ずっと分からないままに出来ない性格なのだから。
「自分に関することは、全部知りたいひとだからね。
君は決して無神経ではないし、俺に遠慮は必要ないから全然構わない。
俺はそんなディナが好きになったんだから。
これから、時戻しの魔法についても話すよ。
あやふやにしか答えられないこともあるのは、まだまだ時というものは解明出来てないことも多いからだ。
俺が分かっている範囲なら、はっきり話すよ」
話す、と言ってくれたから、ただ黙って聞けばいいのに。
またわたしは自分から尋ねてしまった。
「これは時戻しとは関係ないんだけど。
モニカの遺書と聞いて思い出したことがあるの。
彼女が急に持ち出してきた伯父の遺言書、って今まで何処にあったのか、オルは聞いたことある?
以前の顧問弁護士が預かっていたわけではないのに、誰からモニカは渡されたのか、と思って」
「モニカの逮捕で、色んな話をオーウェンから聞いたけど……偽物ではなかったことは確からしい」
そうか、父はそういう人だけれど、そこはいい加減に認めた訳じゃなかったのね。
「本人の部屋から見つかった、だったかな?
誰かが預かっていた、と名前は出ていなかった」
モニカの部屋から?
彼女の部屋は、彼女の母の前伯爵夫人の部屋で。
わたしの母にはその部屋に入る権利があったのに、モニカに譲ったのだ。
もちろん中で繋がっている隣の当主の部屋に父は入らず、そこは空き部屋になっていた。
……これは、今度フィリップスさんに会ったら、聞いておこう。
「オル、じゃあ、次の質問をするね。
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今、貴方が13年前に戻ろうと動いたのは、急に戻らなくてはいけない理由が出来たの?」
オルは大きく頷いた。
「早速、知らせたくなかったことを聞かれたな……
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