44 / 112
第1章 今日、あなたにさようならを言う
44
しおりを挟む
「目の前で自殺なんて、モニカはわたしをどれだけ憎んでるの……」
「憎む、その一言では言い表せない感情を抱えていたのは確かだ。
連行されたモニカのバッグから遺書が出てきて、俺も見せて貰ったが、君への想いが綿々と綴られて……
自分中心の世界観に、正直引いたよ」
エドワーズの者達に囲まれたノックスヒルで、彼女はずっとひとりだった。
何もすることがないので、忙しそうな夫の社交活動を手伝うと言っても、ただ見た目だけの君は足手まといだ、と王都への同行を断られた。
シドニーが結婚前に見せた優しさは偽物で、2年もすると閨は勿論、食事さえ一緒ではなかった。
当然、後継を作るのも夫は協力してくれない。
もう誰も彼女の話を聞いてくれる者は居なかった。
無理矢理に呼びつけた友人達に、どれだけ夫から使用人達から冷たくされているかと嘆いて見せても。
もう誰も同情はしてくれなかった。
偶に丘から降りて、寂れてしまった街を歩けば。
かつては『聖女様がこの地を治めるべき』と言ってくれた声が、今ではモニカに聞こえるように、
『ジョージ様とペイジ奥様が戻っていらっしゃらないか』と言う。
そして王都から帰ってきた夫が珍しくモニカの部屋を訪れた。
「ジェンに会って、愛していると告げたが、断られた。
これから、俺はここを出る。
死ぬ前に、この国から出ていく。
君も好きにしろ」
モニカは喜んだ。
今ではクレイトンなんかに愛着はない。
こんなところには、もう縛られない。
わたしだって、これからはジェリーのように、好きなように自由に生きるの。
ジェリーがシドなんかを愛するわけがない。
だけど、きっと寂しがっている。
ひとりぼっちは、わたしも一緒。
また王都で、あの部屋で。
ふたりで楽しく暮らそう。
思えば、あの1年が辛いことばかり起きるわたしの人生で1番楽しかった。
ジェリーは優しいから、わたしを拒否なんかしない。
だけど、あの時のケンカをまだ覚えていて、嫌だと言われたら。
ひどいことを言ったのはジェリーだけど、もう許してあげてもいい。
そこまで折れても、嫌だと言われたら。
わたしは死にます。
ジェリーが嫌だと言うから、わたしは死ぬのです。
モニカの持ち物の中には、そんな内容の遺書と。
シドニーとふたりでサインした離婚届が入っていた。
「領主夫妻がふたりとも、クレイトンを捨てようとしたの?」
「誰にも相手にされないモニカは、最後に君に縋ろうとしたんだ。
一緒に住むのを断られたら、目の前で死のう、と毒まで用意して」
「だから!どうして、目の前で死ぬの!」
「皆が自分を居ない者のように扱うから。
君には一生、覚えていて欲しいから、そう供述したよ」
◇◇◇
わたしには分からない。
どうして自分が死ぬ理由を、人に押し付けるの?
貴女が断ったから、わたしは死ぬ?
わたしをずっと覚えていて?
分からない、分からない、理解したくもない!
どこまでひとに甘えるの。
自分の人生は、自分で責任を取らなくてはいけない。
自殺の理由を責任転嫁しないで!
「離婚前でまだ妻だったモニカが逮捕されても、ハイパーは帰国しなかった。
誤って毒を飲ませてしまったが、それは給仕のミスがあったから。
君が命を落とさなかったのは、助けようとモニカがその場で水をたくさん飲ませたからだ、と彼女の弁護士は力説した。
何より彼女は伯爵家の当主で、君は平民だ。
女王陛下はこの事件が国民に広まらぬように、裁判ではなく示談で、と示されて。
領地お預けの軽い処分の提示を、俺の主とオーウェンが一生出ることを許されない王国最果ての精神病院に入れるように尽力してくれて。
病院では若くて健康でおかしなモニカは医療の未来のために、開発途中の精神薬の治験や、実験的な治療法の臨床データ収集の協力をすると、同意書にサインさせられていた」
「……クレイトンはどうなったの?」
「最終的に爵位は返上、クレイトンは王領になった。
王家としては誰かに褒賞として下賜したいが、誰だって辞退したいだろう。
寄生するつもりが見誤っていた侯爵家はモニカと距離を取ってたけど、婿入りした次男は出奔して、無関係だと逃げ切れなくて、追われるように領地へ引っ込んだ」
わたしを愛してくれているオルや家族や友人。
彼等以外から見たら、これが最善の落としどころだったのだろう。
フィリップスさんだって精一杯頑張ってくれた。
いくら、貴族が斜陽階級と呼ばれていても……
この国の法律は加害者であっても、未だに貴族を優遇する。
「貴方がここに来るまでの17ヶ月。
わたしはずっと病院に?」
「魔法庁の一室に、君の部屋を用意して貰った。
俺が空いている時間、眠る君の側で過ごせるようにね。
君との部屋は一旦解約して、いつ君が目覚めても良いように俺もそこで寝泊まりしている。
じぃじには、君を独り占めするなと叱られたけれど、1日の仕事の終わりに、その日のことを君に聞いて貰うのは、それだけは俺の……
どうしても譲れなくて……」
やっぱり、さっきは泣いていたんだ。
ふたりで楽しく料理を作った思い出が溢れた?
『君を失うかもしれない怖さは、骨身に染みてる』
オルは1年5ヶ月、それをずっと抱えていた。
子供のように、いきなり泣き崩れたオルの手を握りながら。
オルがさっき言ったこと、その意味が。
今、分かった。
「憎む、その一言では言い表せない感情を抱えていたのは確かだ。
連行されたモニカのバッグから遺書が出てきて、俺も見せて貰ったが、君への想いが綿々と綴られて……
自分中心の世界観に、正直引いたよ」
エドワーズの者達に囲まれたノックスヒルで、彼女はずっとひとりだった。
何もすることがないので、忙しそうな夫の社交活動を手伝うと言っても、ただ見た目だけの君は足手まといだ、と王都への同行を断られた。
シドニーが結婚前に見せた優しさは偽物で、2年もすると閨は勿論、食事さえ一緒ではなかった。
当然、後継を作るのも夫は協力してくれない。
もう誰も彼女の話を聞いてくれる者は居なかった。
無理矢理に呼びつけた友人達に、どれだけ夫から使用人達から冷たくされているかと嘆いて見せても。
もう誰も同情はしてくれなかった。
偶に丘から降りて、寂れてしまった街を歩けば。
かつては『聖女様がこの地を治めるべき』と言ってくれた声が、今ではモニカに聞こえるように、
『ジョージ様とペイジ奥様が戻っていらっしゃらないか』と言う。
そして王都から帰ってきた夫が珍しくモニカの部屋を訪れた。
「ジェンに会って、愛していると告げたが、断られた。
これから、俺はここを出る。
死ぬ前に、この国から出ていく。
君も好きにしろ」
モニカは喜んだ。
今ではクレイトンなんかに愛着はない。
こんなところには、もう縛られない。
わたしだって、これからはジェリーのように、好きなように自由に生きるの。
ジェリーがシドなんかを愛するわけがない。
だけど、きっと寂しがっている。
ひとりぼっちは、わたしも一緒。
また王都で、あの部屋で。
ふたりで楽しく暮らそう。
思えば、あの1年が辛いことばかり起きるわたしの人生で1番楽しかった。
ジェリーは優しいから、わたしを拒否なんかしない。
だけど、あの時のケンカをまだ覚えていて、嫌だと言われたら。
ひどいことを言ったのはジェリーだけど、もう許してあげてもいい。
そこまで折れても、嫌だと言われたら。
わたしは死にます。
ジェリーが嫌だと言うから、わたしは死ぬのです。
モニカの持ち物の中には、そんな内容の遺書と。
シドニーとふたりでサインした離婚届が入っていた。
「領主夫妻がふたりとも、クレイトンを捨てようとしたの?」
「誰にも相手にされないモニカは、最後に君に縋ろうとしたんだ。
一緒に住むのを断られたら、目の前で死のう、と毒まで用意して」
「だから!どうして、目の前で死ぬの!」
「皆が自分を居ない者のように扱うから。
君には一生、覚えていて欲しいから、そう供述したよ」
◇◇◇
わたしには分からない。
どうして自分が死ぬ理由を、人に押し付けるの?
貴女が断ったから、わたしは死ぬ?
わたしをずっと覚えていて?
分からない、分からない、理解したくもない!
どこまでひとに甘えるの。
自分の人生は、自分で責任を取らなくてはいけない。
自殺の理由を責任転嫁しないで!
「離婚前でまだ妻だったモニカが逮捕されても、ハイパーは帰国しなかった。
誤って毒を飲ませてしまったが、それは給仕のミスがあったから。
君が命を落とさなかったのは、助けようとモニカがその場で水をたくさん飲ませたからだ、と彼女の弁護士は力説した。
何より彼女は伯爵家の当主で、君は平民だ。
女王陛下はこの事件が国民に広まらぬように、裁判ではなく示談で、と示されて。
領地お預けの軽い処分の提示を、俺の主とオーウェンが一生出ることを許されない王国最果ての精神病院に入れるように尽力してくれて。
病院では若くて健康でおかしなモニカは医療の未来のために、開発途中の精神薬の治験や、実験的な治療法の臨床データ収集の協力をすると、同意書にサインさせられていた」
「……クレイトンはどうなったの?」
「最終的に爵位は返上、クレイトンは王領になった。
王家としては誰かに褒賞として下賜したいが、誰だって辞退したいだろう。
寄生するつもりが見誤っていた侯爵家はモニカと距離を取ってたけど、婿入りした次男は出奔して、無関係だと逃げ切れなくて、追われるように領地へ引っ込んだ」
わたしを愛してくれているオルや家族や友人。
彼等以外から見たら、これが最善の落としどころだったのだろう。
フィリップスさんだって精一杯頑張ってくれた。
いくら、貴族が斜陽階級と呼ばれていても……
この国の法律は加害者であっても、未だに貴族を優遇する。
「貴方がここに来るまでの17ヶ月。
わたしはずっと病院に?」
「魔法庁の一室に、君の部屋を用意して貰った。
俺が空いている時間、眠る君の側で過ごせるようにね。
君との部屋は一旦解約して、いつ君が目覚めても良いように俺もそこで寝泊まりしている。
じぃじには、君を独り占めするなと叱られたけれど、1日の仕事の終わりに、その日のことを君に聞いて貰うのは、それだけは俺の……
どうしても譲れなくて……」
やっぱり、さっきは泣いていたんだ。
ふたりで楽しく料理を作った思い出が溢れた?
『君を失うかもしれない怖さは、骨身に染みてる』
オルは1年5ヶ月、それをずっと抱えていた。
子供のように、いきなり泣き崩れたオルの手を握りながら。
オルがさっき言ったこと、その意味が。
今、分かった。
21
お気に入りに追加
623
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる