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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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辛い話はグダグダ経過説明せずに、肝心なところだけ聞かせればいい。
それはわたしのモットーだ。
だが、自分が反対にそうされて、初めてそれが自己満足でしかなくて小賢しいものだった、と気付かされた。
『毒を飲んだ』
『17ヶ月、目を覚まさない』
肝心なところはそこでも、経過を聞かせて貰わなければ、簡単には受け入れられない。
「……全部、最初から話して」
29歳のわたしは幸せだと思っていた。
子供は持てないかも、と悩んでいても。
あの夜、事故を回避出来たから、もうその悩みも消えて。
オルに愛されて、幸せにして貰って。
オルを愛して、彼を幸せにしている、と。
オル、貴方がどこか幸せそうに見えなかったのは、このせいだったのね?
◇◇◇
「今から8年後、君と俺は一緒に暮らし始めて2か月も経ってなかった。
俺が仕事でエスコート出来ず、君がひとりで参加したパーティーで、ハイパーと再会したんだ。
当時の君はシーズンズの広報の仕事をしていて、ハイパーはクレイトンの取引先を求めて、多くのパーティーに顔を出して、こまめに営業していた」
「……」
「沈みかけた侯爵家を支えるために、父親から命じられてモニカを選んだハイパーは、婿入り後にクレイトンの実情を知り、彼女を冷遇していた」
シドニーがモニカと婚約したのは、虐げられたヒロインを助け出すヒーローだったからじゃないの?
エドワーズ侯爵家の寄生先を父親から命じられて?
……2年前のクレイトンの夏祭り。
花火を見上げて、シドニーが隣に立つわたしに溢した言葉が甦る。
『君の家族は、本物だ』
言われた意味が分からなくて、聞き返しても。
彼は何も言わずに、わたしの髪をくしゃくしゃにした……
「改めて寄生するための再婚相手を探したが、張りぼての侯爵家と縁組をしたがる貴族は居なくて、モニカとの結婚を継続していながら、ディナに愛人になるように迫った。
今も昔も本当に愛していたのはジェンだった、って」
オルはこれから8年後に起こった事実を話しているだけだけど、告げられた内容は、そうなんですかと聞き流せるものじゃなかった。
「は? シドニーはどこまでわたしを馬鹿にするの?
本当に愛してるなら、愛人になれなんて言わない!
わたしにそう言ったのは、お祖父様からの資金提供と取引再開を狙っているとしか、思えない!」
叔父家族と忠実な使用人達と。
強引に決別したモニカに味方して守ってくれるものは誰も居なかった。
侯爵家は余計な邪魔が入らないように、モニカがひとりぼっちになるように、仕向けたんだ。
シドニーの父親、セドリック・ハイパー・エドワーズこそが簒奪を企む者。
それなら、もう少しちゃんとクレイトンの内情を調べるべきだったのに。
婚約した日に、直ぐには結婚しないとシドニーは言った。
婚約中に、領地収益が下向きになったクレイトンを調べ直さなかったの?
自分を守ってくれると信じたひとに虐げられたモニカ。
父親に言われて結婚して、わたしの祖父がクレイトンから手を引いたから資金繰りに追われるシドニー。
想像もしていなかった結果になって。
愚かなふたりに、ざまあみろ、と言ってやりたい。
いい気味だ、と言って……
「ハイパーを決して庇うのではないけれど、ムーアの援助を狙って、君に迫った訳じゃなかった。
モニカと結婚したのは、君への当て付けもあったみたいで、親戚としてでも繋がっていたかった、と後から聞いた。
無理を重ねて病を得て、余命が残り少ないと思ったハイパーは、初めて素直になって、これまでの生き方を捨てて、最後は君と一緒になりたかったらしい」
「……シドニーはいつ亡くなったの?」
「死病ではなかった。
医者の口振りから、ハイパーがそう思い込んだだけで」
「何なの、それ……死なずに済んだのは本当によかったと思う。
だけど、そのせいでわたしはモニカに毒を盛られてしまうんでしょう……?」
オルとの同棲が始まって、幸せの絶頂に居たはずのわたし。
わたしは何がしたくて、夫に冷遇されていたモニカと会ったのだろう?
自分の愚かさに眩暈がする程だ。
わたしは知的で慎重な女じゃなかったの?
憎まれていると分かっていながら、モニカにのこのこ会いに行く、って何を考えていたの?
その結果、毒を盛られるなんて!
「クレイトンからやって来たモニカに呼び出された君は、俺に黙って会いに行った。
カフェの屋外テーブルに最初ふたりは座ったんだが、途中で急に天候が崩れて。
屋内席へ移動する際に、モニカは自分のカップに毒を入れた」
「わたしのカップに、でしょう?」
「モニカは自分のカップに用意していた毒を入れた。
テーブルを移った時に、ふたりのカップを給仕が取り違えてしまったんだ。
彼女の目的は君を殺すことじゃなかった。
君の目の前で自殺することだった」
パピーが狂った老婆から折檻されたことを、淡々と話していたシア。
その時と同じ瞳を、オルはしていた。
それはわたしのモットーだ。
だが、自分が反対にそうされて、初めてそれが自己満足でしかなくて小賢しいものだった、と気付かされた。
『毒を飲んだ』
『17ヶ月、目を覚まさない』
肝心なところはそこでも、経過を聞かせて貰わなければ、簡単には受け入れられない。
「……全部、最初から話して」
29歳のわたしは幸せだと思っていた。
子供は持てないかも、と悩んでいても。
あの夜、事故を回避出来たから、もうその悩みも消えて。
オルに愛されて、幸せにして貰って。
オルを愛して、彼を幸せにしている、と。
オル、貴方がどこか幸せそうに見えなかったのは、このせいだったのね?
◇◇◇
「今から8年後、君と俺は一緒に暮らし始めて2か月も経ってなかった。
俺が仕事でエスコート出来ず、君がひとりで参加したパーティーで、ハイパーと再会したんだ。
当時の君はシーズンズの広報の仕事をしていて、ハイパーはクレイトンの取引先を求めて、多くのパーティーに顔を出して、こまめに営業していた」
「……」
「沈みかけた侯爵家を支えるために、父親から命じられてモニカを選んだハイパーは、婿入り後にクレイトンの実情を知り、彼女を冷遇していた」
シドニーがモニカと婚約したのは、虐げられたヒロインを助け出すヒーローだったからじゃないの?
エドワーズ侯爵家の寄生先を父親から命じられて?
……2年前のクレイトンの夏祭り。
花火を見上げて、シドニーが隣に立つわたしに溢した言葉が甦る。
『君の家族は、本物だ』
言われた意味が分からなくて、聞き返しても。
彼は何も言わずに、わたしの髪をくしゃくしゃにした……
「改めて寄生するための再婚相手を探したが、張りぼての侯爵家と縁組をしたがる貴族は居なくて、モニカとの結婚を継続していながら、ディナに愛人になるように迫った。
今も昔も本当に愛していたのはジェンだった、って」
オルはこれから8年後に起こった事実を話しているだけだけど、告げられた内容は、そうなんですかと聞き流せるものじゃなかった。
「は? シドニーはどこまでわたしを馬鹿にするの?
本当に愛してるなら、愛人になれなんて言わない!
わたしにそう言ったのは、お祖父様からの資金提供と取引再開を狙っているとしか、思えない!」
叔父家族と忠実な使用人達と。
強引に決別したモニカに味方して守ってくれるものは誰も居なかった。
侯爵家は余計な邪魔が入らないように、モニカがひとりぼっちになるように、仕向けたんだ。
シドニーの父親、セドリック・ハイパー・エドワーズこそが簒奪を企む者。
それなら、もう少しちゃんとクレイトンの内情を調べるべきだったのに。
婚約した日に、直ぐには結婚しないとシドニーは言った。
婚約中に、領地収益が下向きになったクレイトンを調べ直さなかったの?
自分を守ってくれると信じたひとに虐げられたモニカ。
父親に言われて結婚して、わたしの祖父がクレイトンから手を引いたから資金繰りに追われるシドニー。
想像もしていなかった結果になって。
愚かなふたりに、ざまあみろ、と言ってやりたい。
いい気味だ、と言って……
「ハイパーを決して庇うのではないけれど、ムーアの援助を狙って、君に迫った訳じゃなかった。
モニカと結婚したのは、君への当て付けもあったみたいで、親戚としてでも繋がっていたかった、と後から聞いた。
無理を重ねて病を得て、余命が残り少ないと思ったハイパーは、初めて素直になって、これまでの生き方を捨てて、最後は君と一緒になりたかったらしい」
「……シドニーはいつ亡くなったの?」
「死病ではなかった。
医者の口振りから、ハイパーがそう思い込んだだけで」
「何なの、それ……死なずに済んだのは本当によかったと思う。
だけど、そのせいでわたしはモニカに毒を盛られてしまうんでしょう……?」
オルとの同棲が始まって、幸せの絶頂に居たはずのわたし。
わたしは何がしたくて、夫に冷遇されていたモニカと会ったのだろう?
自分の愚かさに眩暈がする程だ。
わたしは知的で慎重な女じゃなかったの?
憎まれていると分かっていながら、モニカにのこのこ会いに行く、って何を考えていたの?
その結果、毒を盛られるなんて!
「クレイトンからやって来たモニカに呼び出された君は、俺に黙って会いに行った。
カフェの屋外テーブルに最初ふたりは座ったんだが、途中で急に天候が崩れて。
屋内席へ移動する際に、モニカは自分のカップに毒を入れた」
「わたしのカップに、でしょう?」
「モニカは自分のカップに用意していた毒を入れた。
テーブルを移った時に、ふたりのカップを給仕が取り違えてしまったんだ。
彼女の目的は君を殺すことじゃなかった。
君の目の前で自殺することだった」
パピーが狂った老婆から折檻されたことを、淡々と話していたシア。
その時と同じ瞳を、オルはしていた。
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