【完結】やる気ゼロ令嬢と時戻しの魔法士*努力しても選ばれなかったわたしは今度こそ間違えない

Mimi

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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 いくら祖父からわたしを見張れと命じられていたとしても、それはずっとではないだろう。
 あの夜に繁華街で会うなんて、偶然なんてあり得ない。
 いつから、どこから、フィリップスさんはわたしの跡をつけていたのだろう?


 一昨日の夜、フィリップスさんと出会ったのは、わたしの人生で決まっていたことだとオルから聞いた。
 どんな形であれ、出会うひとだと。


「一昨日はたまたま会った、とは仰いませんよね?
 いつから、わたしの跡をつけていらっしゃったんですか?」

「……実はムーア氏から頼まれていたのは貴女ではなく、モニカ・キャンベルについての調査なんです」

「祖父がモニカを調べていたのですか?」

「クレイトン領内で流れていた不穏な噂です。
 ムーアの名前は出していませんが、関係者は何人か領内に潜ませています。
 その者達からの報告で……」


 不穏な噂、それは後継者であるはずのモニカの権利を奪われている、だの。
 使用人のようにこき使われている、だの。
 下らない内容の噂。
 忙しい祖父が気にするようなレベルではない、と思う。


 フィリップスさんは忌々しげに口にした。


「ひとつひとつは、取るに足りない噂であっても、それがどう大きくなっていくか、わかりません。
 モニカの巧妙なところは明言をせず、匂わせて終わるところです」

「匂わせる、の意味が分かりません」

「例えると、友人に自分が焼いたケーキを褒められた場合、モニカはこう答えます。
『叔母様から言われて、キッチンによく入るから』
それを聞いた友人は、こう想像する。
『クレイトン伯爵夫人はキッチンの仕事を、姪に命じている』。
他にも刺繍の腕を褒められると、
『何度もやり直しをすると、針仕事も慣れますから』
聞かされた人物は
『モニカは前伯爵の忘れ形見なのに針仕事をさせられ、尚且つ何度もやり直しを命じられ、虐げられている』と」


 ……なる程、脱帽ものだわ、それが匂わせるということね。
 
 真相は、実家の仕事でもあるので、母はクレイトンの果物を使ったお菓子を自分でも試作していた。
 それを側で見て教えて欲しいと言ったのはモニカの方だ。
 食べる専門の娘より、一緒に作りたいと言ってくれる姪が嬉しくて、母はよくモニカを誘いキッチンでお菓子作りに励んでいた。

 また、何度もやり直しをさせられると言われた針仕事の正体は、モニカが習いたいと言った刺繍の教師からの課題に苦労していたこと、だろう。


 モニカは自分からは決して『冷遇』に触れずに、聞かされた人が想像するのに任せていた。
 気の毒に思ったその人は、深掘りせずに同情して、それを他の人に話す。

 それが『ノックスヒルの聖女』が、邸の者達から使用人扱いされている、の噂になっていた。
 エドワーズ侯爵は長年勤めてくれていた忠義者揃いの使用人達でさえ、モニカを助けない不忠者だと入れ替えることにしたのね。



 皆から離れた家、領地を見下ろす丘に建てられたノックスヒルにはそんな噂は届かない。
 わたし達には、誰も本当かと問い質さない。


 今から思えば、わたしに『貴方のお父様は中継ぎか』と言ってこられた先輩は、敢えてあんな言い方をして、モニカの虚言をわたしに教えようとしてくれたのかも知れない。
 母にだけでも伝えなかったのを、今更ながら申し訳なく思った。


 女王陛下が推進した女児に爵位継承権を与える法案が審議されて、閣議決定されたのが父の継承後。
 そこからの施行は、陛下の肝煎りなので早かったこともあり、モニカとしては悔しかったのだろう。


「伯爵家の悪評を領内に広めてきたモニカが今度は貴女の元に押し掛けてきた。
 ムーア氏は貴女が傷付けられないよう、彼女を見張るつもりでムーアで働かせようとしたが断られたので、私にモニカの素行調査を頼んできました」


「……もしかして祖父は、モニカとハイパー先輩がお付き合いを始めていたことも?」

「ハイパーが選んだ相手が貴女でなくて、安心されておられましたよ。
 ハイパー及び侯爵家の経済状況に関しては2年前、ノックスヒルを訪れた後、ペイジ夫人から依頼されて、調べていました」

 
 母は高等学院で親しくしているからとは言え、未婚の侯爵家の令息が後輩の未婚の貴族令嬢の実家に押し掛けてくる等、シドニーの行動に不審感を抱き、フィリップスさんにハイパー家を調べて貰っていたらしい。


 その結果は、エドワーズ侯爵家は歴史が古いだけで、現在ご当主は王城で大した仕事に付いている訳でもなく。
 資産の無い名ばかりの張りぼて貴族だった、とフィリップスさんは皮肉を交えて教えてくれた。


 だから、三流なんですよ、と。

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