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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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人は本当に驚いた時、声も出ず、動くことも出来ないんだ。
灯りを点けない夕刻の部屋の中は、ほの暗いのに。
彼のその姿は何故かはっきりと見える。
彼以外の全てがぼやけた世界の中で。
彼だけが鮮やかに見える魔法を、瞬間に掛けられてしまったのかもしれない。
わたしはカウチの上で固まっていたのに、元パピーの元魔女は、軽い足取りでわたしの前まで来て、膝を付いて。
少し屈んで、目線を合わせてきた。
そして、わたしに手を伸ばして……
金色に輝く瞳の。
それだけはパピーとシアと同じ。
何も言えなかった。
近付いてくる顔を真正面から見た。
その金色の瞳を見て、魅了の魔法にかけられて、操られてもいい、と思わせる程の魔物のような美しさ。
パピーの時には気付かなかった。
シアの時には無かった。
彼の右目目尻に小さな黒子がある。
わたしは震える左手の人差し指で、その黒子に触れた。
「ディナは……やっぱりこの顔好き?
どうぞ、もっと触って?
オルは鑑賞するのにいいけれど、と最初からディナは俺によく言ってたよね。
だから、俺を鑑賞するだけじゃない愛玩用のペットにして、と何度も頼んだ」
それはわたしの知らない、10年後のわたしとの思い出でしょう、と。
ぞくぞくするくらい腰にくる声で、耳と言うより首筋の辺りで囁かれたら……
言い返せない。
美しい男性には見慣れている、と思っていた。
シドニー・ハイパーは無愛想だけれど女性からは人気がある容姿をしていて。
昨日知り合ったオーウェン・フィリップスは硬質の男性美と同時に柔らかさを持った大人の魅力があった。
身内の贔屓目でも、今でも父は外見はシュッとしてて、若々しい。
弟のフロリアンだって、綺麗な少年だ。
だけど、こんな……
「どうしたの? 今度は逃げないの?
出ていけ、って叫ばれる覚悟してたのに。
まぁ、何を言われても出ていかないけどね?」
楽しそうに、少し意地悪な質問をしてくる。
わたしの髪を長い指にくるくると巻き付けて、口付けた。
その妖しい囁きと、その甘い仕草に、囚われて。
胸の辺りを鷲掴みにされたようだった。
「10年前のディナも可愛くて、やっぱり好きだよ。
また、俺のディナになってくれる?」
一瞬だった。
抱き締められて、そのままカウチに押し倒された。
クッションと彼の腕に守られて、いきなり押し倒された衝撃もなかったけれど、確かに押し倒されて、わたしの上に彼が居て。
一瞬で周囲の視界が変わったのに、視線は金色の瞳に固定されたまま。
彼がわたしに口付けて、その手がわたしの寝間着のボタンを外し始めて、少しずつ口付けが長くなってきて……
広げられた合わせめから入れられた手が。
5本の指が各々別の生き物のように動きながら、肌の上を移動していく。
まるで大切なものを愛でるかのように優しく触れるから、彼の想いが指先から伝わってきて、涙が出そうになる。
このひとはいつもこんな風に、丁寧にわたしを愛していたの?
初めてなのに、こんなの、こんなの。
優しいのに意地悪をする舌や指先に翻弄されて、
愛しさの波に呑まれて、
甘い海底に沈められそうになって、
そこで我に返った。
……ちょっとぉ、待て! このままでは溺れてしまう!
「ま、まって、待って!」
深く舌を絡ませ出したキスの合間に、息も絶え絶えに声をあげた。
「何? 待たないよ。
戻ったら、また1からやり直しになるかもしれないのに。
俺、恋人にして貰うまで、1年半口説き続けたんだよ?
そこから半年かけて同棲まで、やっとこぎ着けたのに」
これから! の時に待ったを掛けたせいか、さっきまでの甘さを捨てた言葉は子供のように自己都合ばかり。
なのに、確かにこのひとは初めてのわたしを気遣って、ずっと大切に扱ってくれた。
どちらの唾液か分からないけれど、親指の腹で濡れた唇を拭った姿の色気が凄くて、目の前がくらくらした。
え、こんな人に1年半もかけて口説かれた?
それまでよく堕ちなかったな、鉄の女か、将来のわたし。
今のわたしは会ってその場で、この為体なのに。
でも、このまま……いくら恋人になる? ひとであっても。
流されるように関係を持つのは嫌だ。
わたしは離れて欲しい、と彼の胸を押した。
口では強引なことを言っていたのに、思っていたより素直に彼は退いてくれた。
わたしは慌てて、ボタンをはめ、上体を起こした。
腰から外れていたバスタオルを巻き直して、カウチから離れていく彼の呟きが聞こえた。
「他に男が……」
自分から止めて、と頼んだのに、離れられると寂しくなった。
そんな自分に言い聞かせるように。
「絶対にこの先には進まない。
貴方の本当の名前さえ知らないのよ?
これが貴方の最終形態なの?」
「最終?……あぁ、子供に魔女に続いての第3の。
そうこれが最終形態だよ。
本当の俺、オルシアナス・ヴィオン、23歳のね」
10年後のわたし、29歳。
……6歳も年下の恋人!
灯りを点けない夕刻の部屋の中は、ほの暗いのに。
彼のその姿は何故かはっきりと見える。
彼以外の全てがぼやけた世界の中で。
彼だけが鮮やかに見える魔法を、瞬間に掛けられてしまったのかもしれない。
わたしはカウチの上で固まっていたのに、元パピーの元魔女は、軽い足取りでわたしの前まで来て、膝を付いて。
少し屈んで、目線を合わせてきた。
そして、わたしに手を伸ばして……
金色に輝く瞳の。
それだけはパピーとシアと同じ。
何も言えなかった。
近付いてくる顔を真正面から見た。
その金色の瞳を見て、魅了の魔法にかけられて、操られてもいい、と思わせる程の魔物のような美しさ。
パピーの時には気付かなかった。
シアの時には無かった。
彼の右目目尻に小さな黒子がある。
わたしは震える左手の人差し指で、その黒子に触れた。
「ディナは……やっぱりこの顔好き?
どうぞ、もっと触って?
オルは鑑賞するのにいいけれど、と最初からディナは俺によく言ってたよね。
だから、俺を鑑賞するだけじゃない愛玩用のペットにして、と何度も頼んだ」
それはわたしの知らない、10年後のわたしとの思い出でしょう、と。
ぞくぞくするくらい腰にくる声で、耳と言うより首筋の辺りで囁かれたら……
言い返せない。
美しい男性には見慣れている、と思っていた。
シドニー・ハイパーは無愛想だけれど女性からは人気がある容姿をしていて。
昨日知り合ったオーウェン・フィリップスは硬質の男性美と同時に柔らかさを持った大人の魅力があった。
身内の贔屓目でも、今でも父は外見はシュッとしてて、若々しい。
弟のフロリアンだって、綺麗な少年だ。
だけど、こんな……
「どうしたの? 今度は逃げないの?
出ていけ、って叫ばれる覚悟してたのに。
まぁ、何を言われても出ていかないけどね?」
楽しそうに、少し意地悪な質問をしてくる。
わたしの髪を長い指にくるくると巻き付けて、口付けた。
その妖しい囁きと、その甘い仕草に、囚われて。
胸の辺りを鷲掴みにされたようだった。
「10年前のディナも可愛くて、やっぱり好きだよ。
また、俺のディナになってくれる?」
一瞬だった。
抱き締められて、そのままカウチに押し倒された。
クッションと彼の腕に守られて、いきなり押し倒された衝撃もなかったけれど、確かに押し倒されて、わたしの上に彼が居て。
一瞬で周囲の視界が変わったのに、視線は金色の瞳に固定されたまま。
彼がわたしに口付けて、その手がわたしの寝間着のボタンを外し始めて、少しずつ口付けが長くなってきて……
広げられた合わせめから入れられた手が。
5本の指が各々別の生き物のように動きながら、肌の上を移動していく。
まるで大切なものを愛でるかのように優しく触れるから、彼の想いが指先から伝わってきて、涙が出そうになる。
このひとはいつもこんな風に、丁寧にわたしを愛していたの?
初めてなのに、こんなの、こんなの。
優しいのに意地悪をする舌や指先に翻弄されて、
愛しさの波に呑まれて、
甘い海底に沈められそうになって、
そこで我に返った。
……ちょっとぉ、待て! このままでは溺れてしまう!
「ま、まって、待って!」
深く舌を絡ませ出したキスの合間に、息も絶え絶えに声をあげた。
「何? 待たないよ。
戻ったら、また1からやり直しになるかもしれないのに。
俺、恋人にして貰うまで、1年半口説き続けたんだよ?
そこから半年かけて同棲まで、やっとこぎ着けたのに」
これから! の時に待ったを掛けたせいか、さっきまでの甘さを捨てた言葉は子供のように自己都合ばかり。
なのに、確かにこのひとは初めてのわたしを気遣って、ずっと大切に扱ってくれた。
どちらの唾液か分からないけれど、親指の腹で濡れた唇を拭った姿の色気が凄くて、目の前がくらくらした。
え、こんな人に1年半もかけて口説かれた?
それまでよく堕ちなかったな、鉄の女か、将来のわたし。
今のわたしは会ってその場で、この為体なのに。
でも、このまま……いくら恋人になる? ひとであっても。
流されるように関係を持つのは嫌だ。
わたしは離れて欲しい、と彼の胸を押した。
口では強引なことを言っていたのに、思っていたより素直に彼は退いてくれた。
わたしは慌てて、ボタンをはめ、上体を起こした。
腰から外れていたバスタオルを巻き直して、カウチから離れていく彼の呟きが聞こえた。
「他に男が……」
自分から止めて、と頼んだのに、離れられると寂しくなった。
そんな自分に言い聞かせるように。
「絶対にこの先には進まない。
貴方の本当の名前さえ知らないのよ?
これが貴方の最終形態なの?」
「最終?……あぁ、子供に魔女に続いての第3の。
そうこれが最終形態だよ。
本当の俺、オルシアナス・ヴィオン、23歳のね」
10年後のわたし、29歳。
……6歳も年下の恋人!
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