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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 心身の疲れに睡眠不足も加わって、情緒が可笑しくなっていたんだと思う。

 自分はパピーだと言い張る、『時戻しの魔女』を名乗る全裸の女の、豊かな胸に顔を埋めて、泣いてしまうなんて。
 ベッドの中でしか泣かない、が崩れてしまった。



 ……認めたくないけれど。
 この魔女がパピーなのだ、とわたしは理解し始めていた。
 あんなに幼い子供が勝手に出ていってしまうなんて、現実的ではないし……

 何より、魔女は黒髪に金色の目をしている。
 それはパピーの色だ。
 わたしのパピーの本来の姿は身体をクネクネさせた、お色気たっぷりの美女なのだ。


「ねぇ、落ち着いた?」

 魔女が微笑みながら、わたしの髪を撫でる。
 その掌から何か魔力のようなものが流れているように感じて、慌てて彼女から離れた。


「話は聞くから……先ずは何か着て……
 その前に、背中の傷を見せて」

 いくら同性とは言え、全裸は目のやり場に困る。
 魔力を消耗していたというパピーにさえ、魅了されたようなわたしだ。
 魔力回復したこの美女に、どのようにいいようにされるか分かったものじゃない。

 必要以上に近付いて、その目を見つめないように。
 用心するに越したことはない。



 ◇◇◇


 元パピーの背中は傷1つない綺麗なものだった。
 魔力が回復したので、自分で完治させたと言う。
 良いことなのに、なんとなく面白くないような複雑な気持ちが顔に出ていたのだろう。


「治せたのはディナのおかげなの!
 助けてくれて、ありがとう」

 大袈裟なくらい身を震わせて感謝されて、再び抱きつかれた。
 分かったから、裸の状態で抱きつくのは止めて欲しい。


「やっぱり、あれは鞭で打たれたの?
 誰にやられたの?」


 ふたりでドレッシングルームまで戻りながら、元パピーに尋ねた。
 彼女が着られそうな服を、わたしのワードローブから探して着て貰ったけれど、バストのところでボタンがはめられなくなって、屈辱感を味わうことになった。
 わたしに比べて、たわわが過ぎる。
 仕方がないので、かぶって着られる大きめのルームウェアを渡した。




「こっちへ来て、身体が小さくなったのに気付いた。
 それまで着ていた服が大き過ぎて脱げてしまうから捨てて、子供だし良いかと思って裸でふらふらしてたら
『ウチに丁度孫の服があるからおいで』とババアに声をかけられて」


 子供だから、で女の子が裸でふらふらしてた、って……
 元々、パピーは露出することに抵抗がないのだろうか。
 それに助けようとしてくれた女性をババアとは、口が悪い。

 
「ババアだから、と安心してたら家の中に入るなり、突き飛ばされて。
 子供の身体では年寄り相手でも勝てなくて、そのまま殴られて床に押し付けられて鞭で打たれた」

「……」

「お仕置きだ、とか。
 もう家から出さない、とか。
 誰かの名前を呼びながら、鞭を振り上げてたから。
 あぁ頭がおかしいババアから逃げた奴の代わりに、やられてるんだな、と」


 見知らぬ老婆から受けた理不尽な虐待を、淡々と話す魔女をただ見つめるしかなかった。
 今までの色気を滲ませた物言いも、この時は鳴りを潜めていたので、もしかしたらこちらが彼女の本来の口調なのではないか、という気がした。
 先程までの魔女は、誇張された女らしさを演じているように見えていたからだ。


 魔女は続けて、折檻して疲れた老女が眠っている間に、適当に服を盗んで逃げ出した、と話した。


「ババアから逃げても、色んな変な奴等から声をかけられたり、ちょっかいを出されたりした。
 また危ない奴に捕まりたくなくて、わざと顔を泥水で汚して、金色の瞳を隠すために髪をボサボサにして臭い草をすり込んだら、誰もが避けていくので、思惑通りだった。
 夜になってお腹がすいて、ある店の厨房の出入口に積み上げられた荷の中からパンを盗んで逃げて、ディナにぶつかった」

 そこからの流れはわたしも知ってる。




「何の見返りも求めず、助けようとしてくれたのはディナだけ。
 貴女に御礼をしたいの。
 ディナ……、もし過去の時間をやり直したいなら、1度だけになるけれど、叶えてあげる」
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