16 / 112
第1章 今日、あなたにさようならを言う
16
しおりを挟む
いくら家令のクリフォードが付いていてくれていても、侯爵ご夫妻がお見えになるのに、母だけにすることは出来ない。
次期伯爵のリアンは、先月14歳になったばかり。
……今、父がクレイトンを離れることは避けたい。
そう考えたら、病院にも警察にも行けなくなった。
お祖父様のところ……助けて貰いに行く?
どうする?どうする?
咄嗟に頭が回らなくて、次の判断が出来ない。
「こんなに迷惑をかけられているのに。
この子に関わらなければ、今頃貴女はウチに帰れていたのでは?
庇ったりしなければ良かった、と後悔していませんか?
貴女に50ルアも使わせたこの子を、足手まといの邪魔者だとは思わないんですか?」
このひとだって、臭いもしていて血を流して汚れたパピーを。
自らのコートに包んで、離さずにずっと抱いているのに。
それなのに残酷な質問を矢継ぎ早に重ねてくる彼を、わたしは見上げた。
出来たら、質問はひとつずつ。
一問一答でお願いします、と言う代わりに口から出た言葉は……
モニカがシドニーに、わたしについて断じた言葉。
「邪魔者、って今は一番嫌いな言葉なので、絶対に使わないでください。
どうしてほっておけないのか、自分でも分からないんです」
本当にどうしてパピーをほっておけないのか、自分でも分からなかった。
獰猛な肉食動物の仔が、小さな身体にうるうると濡れた大きな瞳を持つのは、生き抜けるように庇護欲を掻き立てるため、と本当か嘘か不明だけれど聞いたことがある。
泣き顔でわたしに手を伸ばしてくる小さなパピーを、守りたいと思ったのは庇護欲なの?
幼い子供だから、守ってあげたい?
もしかしたら、これが母性本能と言うもの?
自分にそんなものがあるとは、想像もしていなかったけれど。
あの、金色の瞳を初めて見た時に、身体に何かが走った気がした。
あれはパピーから離れられない魔法にでもかけられたのだろうか?
小説に良く出てくる魅了魔法にでもかけられた?
「母の実家が、貴族街の外れにあります。
祖父がそこで商売をしていて……
わたしがこんな時間にトラブルを起こしたと知られたら、同居を余儀なくされます。
……病院に行かないで、わたしが面倒を見て、パピーは元気になりますか?」
「その、お祖父様のところには連れて行きたくない、ということですか?」
「……」
「……分かりました。
これをお渡しします、僕の名刺です」
彼は器用に、眠っているパピーを抱いたまま、ジャケットの内ポケットから名刺を1枚取り出した。
──オーウェン・フィリップス
手触りの良い上質の紙を使った名刺には、ただそれだけ。
「貴女の共犯者の名前です」
元々がそういう性格なのか、それとも冗談でなのか。
ミスターフィリップスは何かヒーロー的な格好いい台詞を言いたかったのだと思う。
だから。
共犯者って?
わたしは犯罪は犯していませんけど?
と、言うのは我慢した。
次期伯爵のリアンは、先月14歳になったばかり。
……今、父がクレイトンを離れることは避けたい。
そう考えたら、病院にも警察にも行けなくなった。
お祖父様のところ……助けて貰いに行く?
どうする?どうする?
咄嗟に頭が回らなくて、次の判断が出来ない。
「こんなに迷惑をかけられているのに。
この子に関わらなければ、今頃貴女はウチに帰れていたのでは?
庇ったりしなければ良かった、と後悔していませんか?
貴女に50ルアも使わせたこの子を、足手まといの邪魔者だとは思わないんですか?」
このひとだって、臭いもしていて血を流して汚れたパピーを。
自らのコートに包んで、離さずにずっと抱いているのに。
それなのに残酷な質問を矢継ぎ早に重ねてくる彼を、わたしは見上げた。
出来たら、質問はひとつずつ。
一問一答でお願いします、と言う代わりに口から出た言葉は……
モニカがシドニーに、わたしについて断じた言葉。
「邪魔者、って今は一番嫌いな言葉なので、絶対に使わないでください。
どうしてほっておけないのか、自分でも分からないんです」
本当にどうしてパピーをほっておけないのか、自分でも分からなかった。
獰猛な肉食動物の仔が、小さな身体にうるうると濡れた大きな瞳を持つのは、生き抜けるように庇護欲を掻き立てるため、と本当か嘘か不明だけれど聞いたことがある。
泣き顔でわたしに手を伸ばしてくる小さなパピーを、守りたいと思ったのは庇護欲なの?
幼い子供だから、守ってあげたい?
もしかしたら、これが母性本能と言うもの?
自分にそんなものがあるとは、想像もしていなかったけれど。
あの、金色の瞳を初めて見た時に、身体に何かが走った気がした。
あれはパピーから離れられない魔法にでもかけられたのだろうか?
小説に良く出てくる魅了魔法にでもかけられた?
「母の実家が、貴族街の外れにあります。
祖父がそこで商売をしていて……
わたしがこんな時間にトラブルを起こしたと知られたら、同居を余儀なくされます。
……病院に行かないで、わたしが面倒を見て、パピーは元気になりますか?」
「その、お祖父様のところには連れて行きたくない、ということですか?」
「……」
「……分かりました。
これをお渡しします、僕の名刺です」
彼は器用に、眠っているパピーを抱いたまま、ジャケットの内ポケットから名刺を1枚取り出した。
──オーウェン・フィリップス
手触りの良い上質の紙を使った名刺には、ただそれだけ。
「貴女の共犯者の名前です」
元々がそういう性格なのか、それとも冗談でなのか。
ミスターフィリップスは何かヒーロー的な格好いい台詞を言いたかったのだと思う。
だから。
共犯者って?
わたしは犯罪は犯していませんけど?
と、言うのは我慢した。
3
お気に入りに追加
606
あなたにおすすめの小説
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました
チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。
そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。
そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。
彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。
ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。
それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる