18 / 112
第1章 今日、あなたにさようならを言う
18
しおりを挟む
フラットに到着すると、キャリッジの運転手は運賃とチップの受け取りを拒否した。
既にフィリップスさんがチップを含めて多めに渡してくれていたらしい。
そして、わたしがパピーを抱いているから、ドアの前まで重い氷が入った荷物を運んでくれた。
そこまでを、運転手にお願いしてくれていたのだ。
帰宅して直ぐに行ったのは、わたしのベッドに寝かせる前にパピーの汚れを拭くことだった。
着ていた服は背中からハサミを入れて、慎重に脱がせた。
血が固まりだして、傷口にくっついた服がこれ以上パピーを傷付けないように慎重に剥がしていく。
顔は泥がこびりついたような感じだったが、汚れを落とすと造作は整っていた。
身体は不思議と汚れていなくて、全身を拭くのは、明日以降にすることにした。
夢うつつ状態のパピーはわたしにされるがままで、前開きのわたしの夜着を着せて、ベッドへ運んだ。
体力気力を消耗したのか、ずっと眠っていたパピーは、フィリップスさんが教えてくれた通り夜中に熱を出した。
しかし帰宅したら直ぐに傷口を消毒して薬を塗り込んで、1錠の半分弱の鎮痛剤を飲ませるように言われていたので、それほど高熱にはならなかった。
額に手を当てると、じんわり熱さを感じるくらい。
お陰でわたしも少し眠れた。
明け方にもう一度氷嚢の氷を替えて、眠り続けるパピーの頬を撫でた。
それから手早く身支度をして。
パピーが目を覚ます前に、フィリップスさんがパピーに着せてくれていた彼のコートを手にして部屋を出た。
気が急いていた。
先ずはノックスヒルに電話を入れて、モニカのことを知らせなくては。
その後、コートをクリーニングに出して。
馴染みのその店は丁寧なのに、安くて早い。
それから角の食料品店へオートミールとミルクを買いに行って、目覚めたパピーに蜂蜜を入れた甘いポリッジを作ってあげよう、と思った。
土曜日の朝早くは、いつもより人通りは少なくて静かだ。
白いとんがり屋根の電話ボックスに入って、受話器を上げて交換手にクレイトン領のノックスヒルと告げた。
ノックスヒルとは領地を見下ろす小高い丘の名前で、伯爵家のカントリーハウス以外に建物はないので、ノックスヒルと言えばウチを指した。
しばらくすると。
父がノックスヒルの真の主と呼ぶ、家令のクリフォードが電話口に出た。
「おはようございます、ジェラルディンお嬢様」
いつも通りの落ち着いたクリフォードの声だ。
彼は父が幼い頃からクレイトン伯爵家に仕えてくれている。
この忠実なクリフォードを忙しい目に合わせるのは忍びないが、今日の1日を乗り越えられるかは、彼の双肩にかかっている。
「おはようクリフォード、お父様とお母様はいらっしゃる?」
わたしは挨拶もそこそこに早口で切り出した。
「旦那様は夜明けから鴨撃ちへ。
奥様は教会のバザーへ」
わたしの逸る気持ちが受話器からも伝わったのか、返すクリフォードの返事も短い。
父が朝一番で猟に出ているであろうとは思っていた。
鴨はモニカの大好物だからだ。
11月第2週に猟が解禁されると、10日に1度は父はモニカが喜ぶから、と鴨を撃ちに行っていた。
これから。
わたしは姪の帰郷を心待ちにしているそんな父も含めて……
ノックスヒルの皆が信じたくもない、心を削るであろう話を、聞かせなくてはいけないのだ。
既にフィリップスさんがチップを含めて多めに渡してくれていたらしい。
そして、わたしがパピーを抱いているから、ドアの前まで重い氷が入った荷物を運んでくれた。
そこまでを、運転手にお願いしてくれていたのだ。
帰宅して直ぐに行ったのは、わたしのベッドに寝かせる前にパピーの汚れを拭くことだった。
着ていた服は背中からハサミを入れて、慎重に脱がせた。
血が固まりだして、傷口にくっついた服がこれ以上パピーを傷付けないように慎重に剥がしていく。
顔は泥がこびりついたような感じだったが、汚れを落とすと造作は整っていた。
身体は不思議と汚れていなくて、全身を拭くのは、明日以降にすることにした。
夢うつつ状態のパピーはわたしにされるがままで、前開きのわたしの夜着を着せて、ベッドへ運んだ。
体力気力を消耗したのか、ずっと眠っていたパピーは、フィリップスさんが教えてくれた通り夜中に熱を出した。
しかし帰宅したら直ぐに傷口を消毒して薬を塗り込んで、1錠の半分弱の鎮痛剤を飲ませるように言われていたので、それほど高熱にはならなかった。
額に手を当てると、じんわり熱さを感じるくらい。
お陰でわたしも少し眠れた。
明け方にもう一度氷嚢の氷を替えて、眠り続けるパピーの頬を撫でた。
それから手早く身支度をして。
パピーが目を覚ます前に、フィリップスさんがパピーに着せてくれていた彼のコートを手にして部屋を出た。
気が急いていた。
先ずはノックスヒルに電話を入れて、モニカのことを知らせなくては。
その後、コートをクリーニングに出して。
馴染みのその店は丁寧なのに、安くて早い。
それから角の食料品店へオートミールとミルクを買いに行って、目覚めたパピーに蜂蜜を入れた甘いポリッジを作ってあげよう、と思った。
土曜日の朝早くは、いつもより人通りは少なくて静かだ。
白いとんがり屋根の電話ボックスに入って、受話器を上げて交換手にクレイトン領のノックスヒルと告げた。
ノックスヒルとは領地を見下ろす小高い丘の名前で、伯爵家のカントリーハウス以外に建物はないので、ノックスヒルと言えばウチを指した。
しばらくすると。
父がノックスヒルの真の主と呼ぶ、家令のクリフォードが電話口に出た。
「おはようございます、ジェラルディンお嬢様」
いつも通りの落ち着いたクリフォードの声だ。
彼は父が幼い頃からクレイトン伯爵家に仕えてくれている。
この忠実なクリフォードを忙しい目に合わせるのは忍びないが、今日の1日を乗り越えられるかは、彼の双肩にかかっている。
「おはようクリフォード、お父様とお母様はいらっしゃる?」
わたしは挨拶もそこそこに早口で切り出した。
「旦那様は夜明けから鴨撃ちへ。
奥様は教会のバザーへ」
わたしの逸る気持ちが受話器からも伝わったのか、返すクリフォードの返事も短い。
父が朝一番で猟に出ているであろうとは思っていた。
鴨はモニカの大好物だからだ。
11月第2週に猟が解禁されると、10日に1度は父はモニカが喜ぶから、と鴨を撃ちに行っていた。
これから。
わたしは姪の帰郷を心待ちにしているそんな父も含めて……
ノックスヒルの皆が信じたくもない、心を削るであろう話を、聞かせなくてはいけないのだ。
22
お気に入りに追加
623
あなたにおすすめの小説
捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。
鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」
聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。
死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。
シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。
「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」
それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。
生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。
これは互いの利益のための契約結婚。
初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。
しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……?
……分かりました。
この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。
夫を好きになったっていいですよね?
シェラはひっそりと決意を固める。
彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに……
※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。
主人公が変わっているので、単体で読めます。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる