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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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「この子が盗んだパンの料金は、わたくしが支払います。
金額はおいくらになりますか?」
「え、えー……」
お金さえ払えば、おじさんは許してくれるはずだ。
幼いパピーを巡っての、わたしとおじさんのやり取りを周囲の人達も聞いている。
ちょっとした見物なのか、足を止める人が増えてきて、こちらを面白そうに見ているのが分かった。
「に……いや、5個盗まれましてね、合計は30ルアで」
「ひでぇな、5個で30って、ぼったくってんじゃねぇ!」
おじさんの法外な金額申告に、周囲の誰かから野次が飛んだのが聞こえた。
おじさんはそちらに向かって中指を立てたが、わたしには卑屈な、それでいて馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。
「違う……」
わたしを見上げたパピーが必死で訴えようとするけれど、わたしは口許に人差し指を当てた。
いいの、分かってる。
だけど、もう時間をかけずに解決する方を優先しよう。
押し問答が長引けば見物人の誰かが、警察官を呼ぶだろう。
最初は、に、と言いかけていた。
本当は5個盗まれたんじゃなくて2個なんじゃないの?
わたしだって、そう言ってやりたかったけれど。
盗んだのは何個だったか、証明は出来ないのだから。
被害者であるおじさんの言い分を聞くしかない。
おまけにおじさんはわたしのことを、パンの適正価格もわからない世間知らずのバカ娘、と思っている。
パン1個が6ルアなんて、ぼったくり金額を吹っ掛けられているのも、分かっていた。
しかしながら、ギャラリーの前で
『わたくしはお貴族様なのです、文句ありますの!』をやってしまったのは、わたし。
父の爵位に、クレイトンの名に懸けて。
値切ることは致しません! 出来ません! くそっ!
それでもぼったくられるままに、素直に支払うのは業腹だ。
ちょっとぐらい言わせて貰う。
「おひとつ6ルアのパンなんて、わたくしは食したことはごさいませんわ。
とても美味なのでしょう、是非とも我が伯爵家に納品してくださいません?
貴方様のお名前とお店の名前、勿体つけずに教えてくださいな。
わたくしは警察の方にも知り合いがおりまして、その方も美味しいパンに目がないもので、貴方様のお名前を知らせて差し上げたいのです」
途端におじさんの顔色が悪くなったのを、横目で確認出来たので、少し気分が良くなった。
学生のわたしに警察の知り合いなんているわけがないのに、信じたのかしら。
気分が良いから調子に乗った愚かで見栄っぱりなわたしは、エプロン姿のおじさんがおつりなど持っていないのも分かっていたのに、財布から取り出した50ルア紙幣を、ゆっくりと周囲に見せつけるように頭上にかざしてから差し出した。
倹約家の母が知ったら、頭をはたかれること必須の。
自分では1ルアも稼げないくせに偉そうに言った『おつりは結構よ』の台詞と共に。
周囲から拍手と口笛と、よくやった!の声が飛んで。
拙いカーテシーで、それに応えた。
お金を手にしたおじさんは、そそくさと消えた。
……これで、バカな娘の三文芝居は終わりだ。
わたしに向けた歓声に大変いい気分にさせていただいたけれど、内心は後悔が渦巻いていた。
それは、このエリアからわたしのフラットまでキャリッジに乗ったら……
その料金は50ルアが消えたわたしの手持ちでは心許ない、という現実だった。
金額はおいくらになりますか?」
「え、えー……」
お金さえ払えば、おじさんは許してくれるはずだ。
幼いパピーを巡っての、わたしとおじさんのやり取りを周囲の人達も聞いている。
ちょっとした見物なのか、足を止める人が増えてきて、こちらを面白そうに見ているのが分かった。
「に……いや、5個盗まれましてね、合計は30ルアで」
「ひでぇな、5個で30って、ぼったくってんじゃねぇ!」
おじさんの法外な金額申告に、周囲の誰かから野次が飛んだのが聞こえた。
おじさんはそちらに向かって中指を立てたが、わたしには卑屈な、それでいて馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。
「違う……」
わたしを見上げたパピーが必死で訴えようとするけれど、わたしは口許に人差し指を当てた。
いいの、分かってる。
だけど、もう時間をかけずに解決する方を優先しよう。
押し問答が長引けば見物人の誰かが、警察官を呼ぶだろう。
最初は、に、と言いかけていた。
本当は5個盗まれたんじゃなくて2個なんじゃないの?
わたしだって、そう言ってやりたかったけれど。
盗んだのは何個だったか、証明は出来ないのだから。
被害者であるおじさんの言い分を聞くしかない。
おまけにおじさんはわたしのことを、パンの適正価格もわからない世間知らずのバカ娘、と思っている。
パン1個が6ルアなんて、ぼったくり金額を吹っ掛けられているのも、分かっていた。
しかしながら、ギャラリーの前で
『わたくしはお貴族様なのです、文句ありますの!』をやってしまったのは、わたし。
父の爵位に、クレイトンの名に懸けて。
値切ることは致しません! 出来ません! くそっ!
それでもぼったくられるままに、素直に支払うのは業腹だ。
ちょっとぐらい言わせて貰う。
「おひとつ6ルアのパンなんて、わたくしは食したことはごさいませんわ。
とても美味なのでしょう、是非とも我が伯爵家に納品してくださいません?
貴方様のお名前とお店の名前、勿体つけずに教えてくださいな。
わたくしは警察の方にも知り合いがおりまして、その方も美味しいパンに目がないもので、貴方様のお名前を知らせて差し上げたいのです」
途端におじさんの顔色が悪くなったのを、横目で確認出来たので、少し気分が良くなった。
学生のわたしに警察の知り合いなんているわけがないのに、信じたのかしら。
気分が良いから調子に乗った愚かで見栄っぱりなわたしは、エプロン姿のおじさんがおつりなど持っていないのも分かっていたのに、財布から取り出した50ルア紙幣を、ゆっくりと周囲に見せつけるように頭上にかざしてから差し出した。
倹約家の母が知ったら、頭をはたかれること必須の。
自分では1ルアも稼げないくせに偉そうに言った『おつりは結構よ』の台詞と共に。
周囲から拍手と口笛と、よくやった!の声が飛んで。
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お金を手にしたおじさんは、そそくさと消えた。
……これで、バカな娘の三文芝居は終わりだ。
わたしに向けた歓声に大変いい気分にさせていただいたけれど、内心は後悔が渦巻いていた。
それは、このエリアからわたしのフラットまでキャリッジに乗ったら……
その料金は50ルアが消えたわたしの手持ちでは心許ない、という現実だった。
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