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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 わたしは背中を未だに撫でてくれている子供をちゃんと見た。
 最初は犬かと思った……真っ黒にしか見えなくて、黒い毛並みの間から金色に光る目が見えて。

 思いの外、強めのその瞳の輝きに、身体に電流が走ったようにビクッとなったけれど。



 落ち着け、この子はさっきちゃんと喋っていた。
 よく見ると、黒い髪がバサバサに伸びていて、顔も泥で汚れていて、おまけに着ているのは黒いブカブカの服、というだけの、人間の子供だ。


「わざとぶつかったんじゃないよね、だからね、もう謝らなくてもいいよ。
 心配してくれたのね?
 背中を擦ってくれてありがとう、パピー」


 子犬みたいで、ついパピーと呼んでしまった。
 ちゃんとした名前も聞かないでそう呼んだのは失礼だし、嫌がるかと思ったけれど、わたしがそう言うと子供は恥ずかしそうに笑って、黙って頭を何度も振った。
 パピーは性別も分からないぐらい汚れていて、避けたくなるくらい……少し臭うけれど、その仕草が可愛いな。



「ね、君どこの子供なの……」

「見つけたぞ!ゴルァ!」


 夜の街に、その大きなダミ声は響いた。




『ゴルァ!』といきなり怒鳴られて、わたしとパピーはビックリして飛び上がった。

 そして後ろからぬっと出てきた太い腕の持ち主に、服を掴まれたパピーは、勢いよくわたしから引き離された。


「見つけたぞ!こんのガキゃぁ、舐めやがって!」

「あっ、あっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「あの……」


 パピーを掴んで怒鳴り付けたのは、小太りの。
 唾を飛ばしながら怒鳴り続ける、怒りに満ちたおじさん。
 ソースが飛んだと思われる汚れたエプロンを身に付けているところから察するに、どこかの飲食店の厨房担当の人だろうか。

 と言うことは、ちゃんと仕事に就いている人だ。
 口調は荒いけれど、ブラついてイチャモンをつけてくるような破落戸ではないのだ、とわたしは少しだけホッとして。
 怒れるおじさんとふらふらになったパピーの間に、身体をねじ込んだ。

 おじさんはオラオラ~と凄みながら、抵抗できない小さなパピーを揺さぶるから、これは止めないと、と思ったのだ。


「なんだぁ、あんた!
 このガキの知り合いか?」

「知り合いではないですけど、どうしてこんな小さい子に乱暴するんですか!」

「ほっとけ!このアマがっ!
 関係ないなら、すっこんでな!」


 これまでの人生で初めてアマと口汚く罵られて、カッとなってしまった。
 わたしは生まれながらの伯爵令嬢ではないが、人様から怒鳴り付けられたことなどない。

 この子がどんなことをして、おじさんに捕まって荒々しく揺さぶられなければならないのか、何となく想像はついたけれど、絶対にパピーをこの男から助けてあげる、と決心した。


 口に出さずともそれが伝わったのか、おじさんは間に入ったわたしを睨みつけながら、乱暴に突き飛ばしたので。


「いったーい!痛いーぃ!」とわたしは声を張り上げた。

全然痛くなどなかったが、出来るだけ大きく、はっきりと。
人がたくさん集まるように。

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