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前日譚 カーティス24歳②
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今日の午後にバージル・リースを確保したと連絡があった。
早く親父に知らせたくて閉店まで待ちきれないほど心が逸った。
思ったより素直にスタール夫人が迎えの馬車に乗ったので、すこぶる気分が良い。
バージルをガーランドまで移送するか指示を待つ、との事なので、親父にだけそれを伝える。
母の耳には絶対に入れない。
行方をくらましたバージルを探す役目は、自ら親父に志願した。
定休日前夜、遅くまでレストランで働き、始発の汽車に間に合うように早朝に飛び起きる。
人を雇い報告させるだけではなく、自分で動きたかった。
ギリギリまで俺はやれる、と自己暗示をかけた。
体力的にフラフラの状態でも、頭は冴えている。
国外脱出はないだろうとふんで、バロウズ王国全体地図を部屋の壁に貼り、探した地域を塗り潰していく。
眠る前にはそれを眺め、次の休みは何処を周ろうかと考える。
この不思議な興奮状態は、どうでもいい相手との性行為より俺を高揚させた。
捜索には親父の幼馴染みのガーランド港湾人足組合長の協力が必要だった。
組合長は顔が広くて、王都は勿論のこと、他の地方都市にもネットワークを持っていた。
地元の人間に話を通して貰わないと、俺は自由に動き回れないからだ。
コーカス警察もバージルを捜索していたが、あんな組織は管轄だの何だので、他とは連携が取れていなくて、アイツらに任せていたら、一生バージルを捕らえることは出来ないな、と思ったのだ。
「コーカスまで連れてこいと、伝えてくれ」
俺の考えていた通りの場所を、親父が口にした。
店は閉めたが、あそこには商会の倉庫がまだ残っていた。
……今回使用したら、直ぐに処分しよう。
「雇ったヤツに、全部やらせろ。
お前はくれぐれも手を出すなよ。
それから、その時には……立ち会うことも禁止だ」
「あの、湖のところ……あそこにしますか?」
「キーナンの近くは、絶対に駄目だ。
もっと奥の、誰も来ないような侘しい場所にするように言うんだ」
憎々しげに親父が言った。
バージルには絶対に会わない、顔を見たら自分を抑えられない、と言う。
自分の親父で、俺も共通の痛みや怒りを持っているが、その言い方だけで、どれ程あの男を憎んでいるのか察して、少し寒気がした。
コーカスの倉庫の前で受け取りに立ち会う。
バージルは荷馬車の荷台に、麻袋に入れられ転がされた状態だった。
袋の紐を緩めながら、運搬してきた男が俺に問う。
「結構、痛め付けたので人相変わってしまいましたけど、本人か確認しますよね?」
しばらく考えて、男に断った。
バージルの顔を見たら、俺もどうなるかわからない。
親父からは絶対に手を出してはいけないと言われているし、もぞもぞ動く荷物だと思うことにする。
「いや……いい、俺は受け取ったから。
取引完了日が明日か、1週間後かは、あんたに任せる。
俺は立ち会わないが、出来るだけ森の奥にしてくれ」
へえぇ、と男が薄く笑った。
「いいんですか?確認しなくて?
信用してもらってんですかね?」
この男にバージルを助けても利はない。
人は利のある方へ傾く。
そこが信用出来るところだ。
バージルの最期に立ち会えば、コイツの臭いが付いてしまう。
来月には王都でマリオンに会う。
彼女に汚れた俺は見せられない。
マリオンだけが、利益だの……
そんなところから遠いひと、だから。
「蹴りか、拳か。
最後に一発入れるの、いかがですか?」
キーナンの無念と俺の……家族の恨みを込めて、バージルを痛め付けろ、と男が誘惑する。
その誘惑に抗う為に深呼吸をし、時間をかけて自分を落ち着かせ、男に手首から先を振った。
コイツには、そんな価値も無い。
それから俺は契約金の後払い分を男に渡した。
この男と顔を合わせるのも、ここを最後にしたかったからだ。
コイツをどこに埋めたかの報告も要らない。
その場所が心にずっと残ってしまう。
これで、この1年の懸念だったバージルは片付いた。
そろそろ、あのふたりの方に本腰を入れなくては。
2ヶ月先のパーティーまで、やる事は多い。
市役所に密告するヤツ、グレイグを煽るヤツ。
それからグレイグの妻の権利を守る弁護士は女性を探そう。
俺はジャケットの内胸ポケットに入れていた、兄が買った指輪を空にかざした。
石は小さいが、キーナンが当時の精一杯の気持ちを込めた指輪だ。
これとそっくりの指輪を作った。
いわば、偽物の指輪だ。
それをマリオンに預けて、姉のジュリアに渡してやろう。
彼女が精神的に病んでいたと知った時は気の毒に思い、こちらからだとバレ無いように子爵家に金銭的な援助をした方がいいか、と思っていたが。
今の彼女には夫も居て、来年には子供も生まれると言う。
それならば、今では捨てられるかもしれない本物のキーナンの指輪は渡さなくてもいい、と思ったのだ。
姉にキーナンの形見の指輪を渡すのは、マリオンの判断次第だが。
あの当時の話も少しマリオンに確認したかったので、その糸口に出来るかも、と期待する。
俺は再び指輪を胸へと戻した。
時々こうして取り出して、これからを想い、心を落ち着かせる。
クレアを油断させる為に、マリオンには嘘を付いてしまうが。
事前に話して、友人を騙す協力はさせられない。
謝恩パーティーが終わったら、全部話す。
あの日の傷は消えてしまったが。
どうか、俺の手を取って欲しい。
君にはこの世界の美しいものだけを見せると誓う。
今度こそ……直接、君にちゃんと伝えるから。
『あの頃から、君だけが好きでした』
おわり
早く親父に知らせたくて閉店まで待ちきれないほど心が逸った。
思ったより素直にスタール夫人が迎えの馬車に乗ったので、すこぶる気分が良い。
バージルをガーランドまで移送するか指示を待つ、との事なので、親父にだけそれを伝える。
母の耳には絶対に入れない。
行方をくらましたバージルを探す役目は、自ら親父に志願した。
定休日前夜、遅くまでレストランで働き、始発の汽車に間に合うように早朝に飛び起きる。
人を雇い報告させるだけではなく、自分で動きたかった。
ギリギリまで俺はやれる、と自己暗示をかけた。
体力的にフラフラの状態でも、頭は冴えている。
国外脱出はないだろうとふんで、バロウズ王国全体地図を部屋の壁に貼り、探した地域を塗り潰していく。
眠る前にはそれを眺め、次の休みは何処を周ろうかと考える。
この不思議な興奮状態は、どうでもいい相手との性行為より俺を高揚させた。
捜索には親父の幼馴染みのガーランド港湾人足組合長の協力が必要だった。
組合長は顔が広くて、王都は勿論のこと、他の地方都市にもネットワークを持っていた。
地元の人間に話を通して貰わないと、俺は自由に動き回れないからだ。
コーカス警察もバージルを捜索していたが、あんな組織は管轄だの何だので、他とは連携が取れていなくて、アイツらに任せていたら、一生バージルを捕らえることは出来ないな、と思ったのだ。
「コーカスまで連れてこいと、伝えてくれ」
俺の考えていた通りの場所を、親父が口にした。
店は閉めたが、あそこには商会の倉庫がまだ残っていた。
……今回使用したら、直ぐに処分しよう。
「雇ったヤツに、全部やらせろ。
お前はくれぐれも手を出すなよ。
それから、その時には……立ち会うことも禁止だ」
「あの、湖のところ……あそこにしますか?」
「キーナンの近くは、絶対に駄目だ。
もっと奥の、誰も来ないような侘しい場所にするように言うんだ」
憎々しげに親父が言った。
バージルには絶対に会わない、顔を見たら自分を抑えられない、と言う。
自分の親父で、俺も共通の痛みや怒りを持っているが、その言い方だけで、どれ程あの男を憎んでいるのか察して、少し寒気がした。
コーカスの倉庫の前で受け取りに立ち会う。
バージルは荷馬車の荷台に、麻袋に入れられ転がされた状態だった。
袋の紐を緩めながら、運搬してきた男が俺に問う。
「結構、痛め付けたので人相変わってしまいましたけど、本人か確認しますよね?」
しばらく考えて、男に断った。
バージルの顔を見たら、俺もどうなるかわからない。
親父からは絶対に手を出してはいけないと言われているし、もぞもぞ動く荷物だと思うことにする。
「いや……いい、俺は受け取ったから。
取引完了日が明日か、1週間後かは、あんたに任せる。
俺は立ち会わないが、出来るだけ森の奥にしてくれ」
へえぇ、と男が薄く笑った。
「いいんですか?確認しなくて?
信用してもらってんですかね?」
この男にバージルを助けても利はない。
人は利のある方へ傾く。
そこが信用出来るところだ。
バージルの最期に立ち会えば、コイツの臭いが付いてしまう。
来月には王都でマリオンに会う。
彼女に汚れた俺は見せられない。
マリオンだけが、利益だの……
そんなところから遠いひと、だから。
「蹴りか、拳か。
最後に一発入れるの、いかがですか?」
キーナンの無念と俺の……家族の恨みを込めて、バージルを痛め付けろ、と男が誘惑する。
その誘惑に抗う為に深呼吸をし、時間をかけて自分を落ち着かせ、男に手首から先を振った。
コイツには、そんな価値も無い。
それから俺は契約金の後払い分を男に渡した。
この男と顔を合わせるのも、ここを最後にしたかったからだ。
コイツをどこに埋めたかの報告も要らない。
その場所が心にずっと残ってしまう。
これで、この1年の懸念だったバージルは片付いた。
そろそろ、あのふたりの方に本腰を入れなくては。
2ヶ月先のパーティーまで、やる事は多い。
市役所に密告するヤツ、グレイグを煽るヤツ。
それからグレイグの妻の権利を守る弁護士は女性を探そう。
俺はジャケットの内胸ポケットに入れていた、兄が買った指輪を空にかざした。
石は小さいが、キーナンが当時の精一杯の気持ちを込めた指輪だ。
これとそっくりの指輪を作った。
いわば、偽物の指輪だ。
それをマリオンに預けて、姉のジュリアに渡してやろう。
彼女が精神的に病んでいたと知った時は気の毒に思い、こちらからだとバレ無いように子爵家に金銭的な援助をした方がいいか、と思っていたが。
今の彼女には夫も居て、来年には子供も生まれると言う。
それならば、今では捨てられるかもしれない本物のキーナンの指輪は渡さなくてもいい、と思ったのだ。
姉にキーナンの形見の指輪を渡すのは、マリオンの判断次第だが。
あの当時の話も少しマリオンに確認したかったので、その糸口に出来るかも、と期待する。
俺は再び指輪を胸へと戻した。
時々こうして取り出して、これからを想い、心を落ち着かせる。
クレアを油断させる為に、マリオンには嘘を付いてしまうが。
事前に話して、友人を騙す協力はさせられない。
謝恩パーティーが終わったら、全部話す。
あの日の傷は消えてしまったが。
どうか、俺の手を取って欲しい。
君にはこの世界の美しいものだけを見せると誓う。
今度こそ……直接、君にちゃんと伝えるから。
『あの頃から、君だけが好きでした』
おわり
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アルアル様
ご感想ありがとうございます!
タグの通りハッピーエンドには少々疑問が付きますが😅
カーティスとマリオンは『あの頃』に囚われていて……という感じですが、彼女を特別視している彼はこれからも浮気はしませんね。
ストレートな、甘いラブストーリーにはなりませんでしたが、マリオンは愛されたい女性なので、良しと致しました🙇♀️
完結してから2年後に、ご感想をいただけたこと、本当に嬉しくて。
どうもありがとうございました!
蘭丸様
ご感想ありがとうございます😁✨✨
これだけ年月かけて手に入れたマリオンをカーティスが手離す事はないと思われます。
マリオンは地味子ちゃんなので、容姿で惹かれていない分、おばちゃんになっても愛してくれそうです😅
彼の父もそうですが、母には汚い部分を見せないようにしていますので、同様にマリオンもブルーベル商会の怖さやカーティスの闇には一生気付きませんね。
『ずっとあなただけが好きでした』と、カーティスもマリオンもブレナーも、亡くなったキーナンも、クレアでさえも。
誰もが誰かをずっと好きだった、というお話でした(笑)
また、お立ち寄りいただけます様に🍀🍀🍀
明けましておめでとうございます㊗
遅ればせながら先程、発見💕
ゆっくりじっくり読ませていただきますね~↗️↗️↗️
蘭丸様
あけましておめでとうございます🎍✨✨
読み終わったら、またご感想いただけましたら幸いです。
加えて連載中の話もあります!
そちらもお時間ございましたら💕
宣伝しました(笑)
今年もどうぞよろしくお願い致します!