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第9話 カーティス18歳
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最近、キーナンの様子がおかしい。
食事の量が減り、睡眠もちゃんと取れていないようだ。
……それに、この2年欠かさずに週に1~2通出していた恋人ジュリアへの手紙が滞るようになってきている。
そのお陰で俺はマリオンを呼び出す理由が無くなって、
『冗談じゃないぞ』と、いう感じだ。
この最終学年での俺の計画では、大学受験の勉強に追われるマリオンを励ましたり笑わせたり、まあ色んな場面で支えて、彼女にとって無くてはならない存在になる予定だったのに。
そして、無事に彼女が合格したら。
この気持ちを伝えよう!
これからもよろしくね。
王都でふたりきりで頑張ろうね!
……だったのに。
もしも、彼女が試験に落ちてしまったら。
やはり、この気持ちを伝えよう!
これからもよろしくね。
俺の王都行きの話もなくなったから!
ここコーカスで楽しくやろうね!
……そうなる事になっていたんだ。
その計画が狂い出した。
つい、仕事に追われる(そう俺には見えていた) キーナンを責めるような口調になってしまっていた。
「月に1度会うのだけは続けないと、愛想つかされるし。
それは死守したい」
キーナンも危機感はあるようで、自分に言い聞かせているように俺には見えた。
それから取引で王都へ行った時に、ジュリアに贈る指輪を買った、と見せてくれた。
この話はマリオンに話してもいいけど、口止めだけはしっかり頼んでおけよ、と言った時の目付きがイヤらしい感じで、
『何だよ』と睨んだら、
『ま、カートも頑張りな』と軽く躱された。
「俺達、ブルーベル兄弟は揃って、オーブリー子爵に殺されるんじゃないかな」
そう言ってキーナンは可笑しそうに笑っていた。
本当に笑って、笑っていたのに。
俺とキーナンがふたりだけで話したのは、それが最後になった。
ちょっとやつれて、疲れていたようだったけど。
キーナンは笑っていたのに……
「多分ですけど。
逃げたんだと思います」
悲痛な表情でバージルが言った。
兄が姿を消して、早くも3日後のことだ。
同じ日からウチの事務所で働いていたルイーザ・マクガバンも無断欠勤を続けていて、バージルはふたりが駆け落ちしたのだと言う。
そんなバカな事はない。
兄が愛していたのはジュリア・オーブリーだ。
ルイーザは結婚していたし俺とも顔見知りで、彼女とキーナンがそんな関係であるはずがない。
夏前からキーナンは現場である外回りの仕事から経理に移ってきて、事務所で仕事をしていた。
そこで慣れないキーナンを補助していたルイーザと関係が出来たようだ、とバージルは親父に伝えた。
時折、ふたりだけで昼食に出たり、ルイーザの退勤に合わせてキーナンも外へ出るので、バージルは怪しいと思っていたらしい。
夏前と言えば、ジュリアに手紙を出すのが減り始めていた頃と合致はするが、まさかと思った。
「ルイーザには夫と幼い子供が居ますからね。
相手が既婚者なので、私も旦那様に言えなくて……」
バージルは子供の頃からウチの商会で働いていた子飼いだ。
キーナンとは同い年で、初等学園までは一緒に通っていた。
卒業後は商会の経理で、一心に頑張って親父を支えてくれていた。
親父は信頼しているバージルの言葉を信じた。
それに加えて。
兄が売上を横領していた、らしい。
ルイーザとふたりで逃げる為にお金を盗んだのだと考えられた。
親父が泣くところを見たのは、祖母が死んだ日以来だった。
『はした金を盗みやがって』と、親父は泣いた。
『あの馬鹿が盗んだのは金だけじゃない。
ウチの……商会の信用を盗みやがって』
キーナンはルイーザとふたりだけで逃げたのではなかった。
彼女の幼い息子も連れて、3人で逃げた。
ルイーザの夫は酒癖が悪くてギャブルに目がないと、評判は最悪で、商会で働いて家計を支えていたルイーザは良妻と言われていたのに、男と逃げたと知られた途端に悪妻と呼ばれるようになった。
これはルイーザの姑、夫の母親が触れ回ったからだ。
『ウチの跡取りの可愛い孫まで、ブルーベルに盗まれたんだ』
何が跡取りだ、婚家は貧乏な平民だ。
自分の息子の出来が悪くて、嫁が苦労しているのにも知らん顔していたババアなのに、あちこちでそう言って泣いたのだ。
噂は市内の平民の間だけにとどまらず、いつかは商会の主な取引相手である貴族階級にも広まっていくだろう。
マリオンの父親のオーブリー子爵が代行官補佐を勤めているこの地の領主で、王都のタウンハウスに住んでいるコーカス伯爵の耳に入るのも、時間の問題だと親父は頭を抱えた。
「お前の卒業まで、持ちこたえられればいいが……」
親父は余力のある内に、コーカスでの商いをたたむ準備を半年かけてする、と言い出した。
ここに最後までしがみついていたら、従業員に退職金も渡せない。
新しくやり直す資金も失ってしまう。
そうなる前には撤退しようと言う。
「新しくやり直す、その為の撤退だ……
この事は絶対に外に漏らすな」
一番悔しいのは親父だ、当たり前の事だ。
店を畳むことを友達やら……誰にも、悟られてはいけない。
わかってる。
俺だってわかっている。
だけど……マリオンにだけ。
マリオンにだけは、伝えたい。
その気持ちを抑えることは無理だった。
食事の量が減り、睡眠もちゃんと取れていないようだ。
……それに、この2年欠かさずに週に1~2通出していた恋人ジュリアへの手紙が滞るようになってきている。
そのお陰で俺はマリオンを呼び出す理由が無くなって、
『冗談じゃないぞ』と、いう感じだ。
この最終学年での俺の計画では、大学受験の勉強に追われるマリオンを励ましたり笑わせたり、まあ色んな場面で支えて、彼女にとって無くてはならない存在になる予定だったのに。
そして、無事に彼女が合格したら。
この気持ちを伝えよう!
これからもよろしくね。
王都でふたりきりで頑張ろうね!
……だったのに。
もしも、彼女が試験に落ちてしまったら。
やはり、この気持ちを伝えよう!
これからもよろしくね。
俺の王都行きの話もなくなったから!
ここコーカスで楽しくやろうね!
……そうなる事になっていたんだ。
その計画が狂い出した。
つい、仕事に追われる(そう俺には見えていた) キーナンを責めるような口調になってしまっていた。
「月に1度会うのだけは続けないと、愛想つかされるし。
それは死守したい」
キーナンも危機感はあるようで、自分に言い聞かせているように俺には見えた。
それから取引で王都へ行った時に、ジュリアに贈る指輪を買った、と見せてくれた。
この話はマリオンに話してもいいけど、口止めだけはしっかり頼んでおけよ、と言った時の目付きがイヤらしい感じで、
『何だよ』と睨んだら、
『ま、カートも頑張りな』と軽く躱された。
「俺達、ブルーベル兄弟は揃って、オーブリー子爵に殺されるんじゃないかな」
そう言ってキーナンは可笑しそうに笑っていた。
本当に笑って、笑っていたのに。
俺とキーナンがふたりだけで話したのは、それが最後になった。
ちょっとやつれて、疲れていたようだったけど。
キーナンは笑っていたのに……
「多分ですけど。
逃げたんだと思います」
悲痛な表情でバージルが言った。
兄が姿を消して、早くも3日後のことだ。
同じ日からウチの事務所で働いていたルイーザ・マクガバンも無断欠勤を続けていて、バージルはふたりが駆け落ちしたのだと言う。
そんなバカな事はない。
兄が愛していたのはジュリア・オーブリーだ。
ルイーザは結婚していたし俺とも顔見知りで、彼女とキーナンがそんな関係であるはずがない。
夏前からキーナンは現場である外回りの仕事から経理に移ってきて、事務所で仕事をしていた。
そこで慣れないキーナンを補助していたルイーザと関係が出来たようだ、とバージルは親父に伝えた。
時折、ふたりだけで昼食に出たり、ルイーザの退勤に合わせてキーナンも外へ出るので、バージルは怪しいと思っていたらしい。
夏前と言えば、ジュリアに手紙を出すのが減り始めていた頃と合致はするが、まさかと思った。
「ルイーザには夫と幼い子供が居ますからね。
相手が既婚者なので、私も旦那様に言えなくて……」
バージルは子供の頃からウチの商会で働いていた子飼いだ。
キーナンとは同い年で、初等学園までは一緒に通っていた。
卒業後は商会の経理で、一心に頑張って親父を支えてくれていた。
親父は信頼しているバージルの言葉を信じた。
それに加えて。
兄が売上を横領していた、らしい。
ルイーザとふたりで逃げる為にお金を盗んだのだと考えられた。
親父が泣くところを見たのは、祖母が死んだ日以来だった。
『はした金を盗みやがって』と、親父は泣いた。
『あの馬鹿が盗んだのは金だけじゃない。
ウチの……商会の信用を盗みやがって』
キーナンはルイーザとふたりだけで逃げたのではなかった。
彼女の幼い息子も連れて、3人で逃げた。
ルイーザの夫は酒癖が悪くてギャブルに目がないと、評判は最悪で、商会で働いて家計を支えていたルイーザは良妻と言われていたのに、男と逃げたと知られた途端に悪妻と呼ばれるようになった。
これはルイーザの姑、夫の母親が触れ回ったからだ。
『ウチの跡取りの可愛い孫まで、ブルーベルに盗まれたんだ』
何が跡取りだ、婚家は貧乏な平民だ。
自分の息子の出来が悪くて、嫁が苦労しているのにも知らん顔していたババアなのに、あちこちでそう言って泣いたのだ。
噂は市内の平民の間だけにとどまらず、いつかは商会の主な取引相手である貴族階級にも広まっていくだろう。
マリオンの父親のオーブリー子爵が代行官補佐を勤めているこの地の領主で、王都のタウンハウスに住んでいるコーカス伯爵の耳に入るのも、時間の問題だと親父は頭を抱えた。
「お前の卒業まで、持ちこたえられればいいが……」
親父は余力のある内に、コーカスでの商いをたたむ準備を半年かけてする、と言い出した。
ここに最後までしがみついていたら、従業員に退職金も渡せない。
新しくやり直す資金も失ってしまう。
そうなる前には撤退しようと言う。
「新しくやり直す、その為の撤退だ……
この事は絶対に外に漏らすな」
一番悔しいのは親父だ、当たり前の事だ。
店を畳むことを友達やら……誰にも、悟られてはいけない。
わかってる。
俺だってわかっている。
だけど……マリオンにだけ。
マリオンにだけは、伝えたい。
その気持ちを抑えることは無理だった。
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