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第四章 メイレスタの安息
23.微妙なプレゼント
しおりを挟む城壁都市メイレスタにある、とある一軒のパン屋――ベーカリーカトレア。カトレアってのは花の名前が由来らしい。知らんけど。
俺はこのパン屋に、一ヶ月ほど前まで通っていた時期があった。というのも、ここに通うようになったのはここの店員であるフェルトという少女が大きな理由だったりする。
フェルトはこの辺では珍しい狐の獣人族の女の子で、彼女にはもふもふの狐耳としっぽがついている。そしてもとの幼げな容姿も加わって、唯一無二の可愛さを放っているのだ。
でも俺は、決して彼女が可愛いとかそういう理由でこの店に通っていた訳ではなく、ただパンの感想を率直に彼女に教えていたからだった。毎回俺が来店してパンを買うと、フェルトはキラキラした目で感想を求めてきた。……だからまあ、結局それが可愛いくて断れなかっただけだ。
閑話休題。
そんなほんの一ヶ月前の過去を振り返っていた俺は、久々にそのパン屋を訪れていた。
でもなぜか、久々に会ったフェルトの様子がおかしい。
「……フェルト、これ、ほんとに全部俺が食っていいのか?」
「はい! たくさん食べてください、お兄さん!」
俺が入店した途端、フェルトはまず数秒間硬直した。その時点で俺は対応に困ったのだが、フェルトは何かを思い出したように準備を始め、そのあとで俺の手を引いてイートインスペースに連れ込んだ。そしてそこにあったのは、大量の焼きたてパンの山だったというわけだ。
正直、俺はものすごく困惑している。
でもパンがたくさん食べれるのは嬉しい。山の頂上に積まれていたクロワッサンを手に取り、一口いただいた。やっぱり美味い。
そして改めて彼女の姿を見る。紛れもなくフェルトは美少女だ。少女、と呼ぶにはいささか幼いような気もするが、少女寄りの幼女と言ったところだろう。
華奢なその肩まで届く色素の薄いブロンドの髪、宝石でいうエメラルドのような輝きを持つ深緑の瞳。加えて、まだあどけなさの残る幼げな顔。最後にオーバーキル気味にそのかわいさを倍増させるもふもふのケモ耳としっぽ。だがそれもまた特有の獣らしさを出すこともなく、彼女の少女としての魅力をさらに引き出している。
結論、フェルトはかわいい。
俺が見つめすぎたのか、フェルトは不思議そうな表情で小首を傾げている。ずっと目を合わせているのも気恥しいので、慌てて目を逸らす。
パンを食べ始めた俺を見て、フェルトは言った。
「実はですね、最近はお客さんが少なくて、せっかく作ったパンが余っちゃうんです……」
ケモ耳が連動して垂れている。
「な、なるほど。それは確かにもったいないな」
「はい、なのでお兄さんには好きなだけ差し上げます。もったいないですから!」
「それって売り上げはプラマイゼロなんじゃ……」
俺がタダで食っていい代物じゃないと思うけど、とりあえず今はフェルトの意向に従うことにしよう。パンが美味いのは確かだし。
「それで……お兄さん、その、最近はどこへ行ってたんですか?」
気遅れ気味におずおずとフェルトが訊ねた。
俺も少し返答に迷う。
「うーん……なんていうか、色々あったんだ」
「いろいろ?」
「まず前のパーティに追放されて、それからかくかくしかじか……」
なんとなくハイル先輩のことは伏せておいて、ここ一ヶ月であったことを大まかに話した。だから本筋はほとんどギャンブラー時代の不幸話になってしまった。
するとフェルトは、悲しそうな顔でこう言った。
「そんなことがあったんですね……お兄さんが可哀想で仕方ないです……」
「そんなことないよ。それより、俺もしばらくここに来れなくて寂しかったな。ここのパンもしばらく食べれてなかったし……」
「わ、私も寂しかったです! しばらくお兄さんに会えなくて、ほんとに……」
フェルトの背後で、彼女のしっぽがぶんぶん揺れている。振れ方が強すぎて、そのうちどっか飛んで行きそうなくらいだ。ちょっと心配になる。
「……あっ」
少々前のめりになっていた彼女は、突然頬を赤らめた。
「こ、これは、その……ただ、お客さんとしてのお兄さんが急にいなくなったのが心配で、決して会えなくて寂しかったとかそういうのでは……」
「うん……?」
「なので、誤解です!」
わたわたと慌てた様子で弁明を始めたフェルトを不思議に思いつつ、俺は三つ目のパンであるメロンパンに手を伸ばしていた。
とりあえず俺は話題を転換した。
「……そういえば、今日店長機嫌良さそうだよね」
「あ、やっぱりそう見えますよね?」
フェルトの代わりに店番をしていた店長さんは、なんか一ヶ月前までの彼女とは一味違っていたような気がした。なんか、吹っ切れたような。
平常運転に戻ったフェルトは、こう説明した。
「仕入れ先の商人の人が、山賊が居なくなったおかげで山道を通れるようになったみたいで。それで材料が届くようになったのが嬉しいらしいです」
「へー……山賊か」
そういえば、そんな人助けもしたっけ。
「お兄さん?」
「いや、世界って変なところで繋がってるもんだなって思ってさ」
「はぁ……」
「まぁ、とりあえず今日もパンは美味いよ」
「そう言ってもらえると、すごく嬉しいです」
そうしてまた彼女はいつも通り、幸せそうな笑みを浮かべる。無意識に脳がキラキラなエフェクトを付けてしまうような、そんな天使みたいな笑顔だ。見てるこっちまで昇天しかける。ひょっとすると俺は、彼女のそんな笑顔をずっと見たかったのかもしれない。
「フェルトも食べたら? 俺一人じゃ食べきれないし」
「いえ、私は平気です……」
「いつもみたいに朝ごはん抜いてるんだろ? よくないよ、それ」
「あはは、そうですよね……じゃあいただきます」
なぜか遠慮がちにフェルトはチョココロネを手にした。自分で作ったんだから遠慮しなくてもいいのに、と思うけど言うのは野暮だろう。
ふと、さっき買った砂時計のことを思い出した。
そして、俺の頭の中でとある思いつきが生まれた。ほんとに、なんとなくの思いつきだった。これも何かの縁ということで迷うのは止めて、アイテムボックスから砂時計を二つ取り出した。
「フェルト、」
「はい?」
チョココロネの最後の方を咥えながら、フェルトはもごもごと言った。
「これさっき買ったんだけど、いる? 砂時計」
一瞬、謎の沈黙が流れた。
やばい。
これは普通に考えて頭おかしかったかもしれない。
急に何の包装もしてない不格好な砂時計を差し出されて、嬉々として受け取ることができる聖人などどこにいるというのだ? そもそも砂時計プレゼントされて嬉しいか?
「…………え」
しばらくして、フェルトはなぜか顔を赤らめた。数秒遅れて、しっぽがゆっくりと左右に揺れ出した。
「それって、いわゆるプレゼントという……あれ、ですか?」
「えっと……うん、まあ。いらなかったら全然いいけど」
「い、いります! 砂時計欲しいです!」
予想外の事態だった。俺の予想とは真反対に、フェルトは目をキラキラさせながら砂時計を所望してきた。そんなに砂時計が欲しかったのか、と思わず彼女の需要に疑問を抱く。
「じゃあ、二色あるけどどっちがほしい?」
青い砂と、白い砂。
二つの砂時計をテーブルに並べて、フェルトに見せた。フェルトは興味津々といった様子でその二つをじっと見つめていた。こんなに熱心に砂時計を見つめる女の子は珍しい気がする。変な画だな、って思う。彼女は何をしてもかわいいんだけど。
「あの、これって本当に私が選んでいいんですか……?」
上目遣いでフェルトは訊ねる。はい可愛い。
「好きな方選んでいいよ。どうせ俺は使わないし」
「じゃあ、白にします」
「オッケー」
白の砂の砂時計を小さな手のひらに載せ、フェルトは様々な角度から眺めた。
「砂時計って、こうして見ると可愛いんですね」
「そうか?」
「お兄さんからこんなものを頂けるなんて、私は幸せ者ですね。すごく嬉しいです!」
「砂時計が?」
「いえ、砂時計でなくても、お兄さんがくださるものなら全部嬉しいです! それにお兄さんとお揃いだなんて……」
「そういうもんかな……」
正直、ここまであげて喜ばれるとは思ってなかったので意外だった。
「えへへ、そういうもんです」
でも、それでフェルトが喜んでくれたなら結果オーライだということにしよう。彼女に小さな幸せをもたらせたのなら、それでいい。
嬉しそうにその小さな砂時計を手にするフェルトの姿を眺めていたら、思わず頬が綻んだ。
女の子って、ほんとによくわからないな。
「さて、俺もこのパンの山を片付けるか」
そうしてパンの山に視線を戻すと、突然ある記憶がフラッシュバックしてきた。蘇ってきたのは、高く積まれた魔導書の山。なんだっけこれ?
……あ。
「まあ、いいか」
「何がいいの?」
嘘だろって思った。一瞬背筋が凍った。
声のした方には、やはりあの人がいた。
「やほ、弟子くん。美味しいねこのパン」
あー最悪だ。
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