上 下
11 / 51
第二章 セルロ村の幽霊

10.かくしごと

しおりを挟む
「助けていただいて本当にありがとうございました!」
 商人らしき若い男は深々と頭を下げた。
 山賊に襲われたところを俺と先輩が助けてあげたというわけなんだが⋯⋯別に俺は見返りを求めてはいない。本当だ。ハイル先輩とは違う。
「いえいえ、私たちも偶々ここを通りかかっただけですから。ね?」
 意味深な目配せはやめてほしいのだが。
「⋯⋯そうですね。僕たちは当然のことをしたまでです」
「とんでもない! 実は私の地元の同業者たちも、ここの山賊の被害に遭っていまして。退治してくださって有難い限りですよ」
「⋯⋯でも、彼らはあの程度で懲りるんですかね? 騎士団にでも連行していった方が⋯⋯」
 いかんせん、今回は平和的解決を掲げて挑んだために直接的な武力行使は出来ていない。もしこれに懲りずにまた強盗行為を働いた場合、これまでの二の舞になってしまうのではないか。
「それは大丈夫だよ」妙に自信ありげに彼女は言う。
「何でですか?」
「私を知ってたから。だからもう彼らは、ここに戻ってくることはないだろうね」
「それって⋯⋯」
「あ、ところで積荷は無事でした?」
 俺の言葉に被せるように、彼女は話題を転換する。若い男は、彼女に訊かれてはっとしたように荷台を確認しに行く。
「幸い、積荷は無事なようです」
「よかったね、弟子くん」
「はい。ところでその積荷の中身って⋯⋯」
「ああ、中身は全部小麦ですよ。この先の街にあるパン屋に仕入れてもらっているので。⋯⋯あ! もし良かったら、この馬車で街までお送りしましょうか? まあ、お礼と言っては何ですが⋯⋯」
 男の提案を受け、隣に立つ彼女は少しの間顎に手を当てて逡巡しゅんじゅんした。そして、なぜか俺の方を見て微笑んだあとこう言った。
「遠慮しておきます。でもその代わりに、何か私たちに依頼はありませんか? 魔物の退治とか、街で困っている人がいたら教えてほしいです」
 内心、「げっ」と俺は思った。なるほど、これが彼女の求める旅のやり方か。行き当たりばったりの旅もなかなか悪くないとは思うけど。依頼がないなら自分で見つけに行けばいいと。なんともアクティブな。
「依頼、ですか⋯⋯そうですね⋯⋯あるにはあるんですが⋯⋯少し難易度が高めと言うか」
「大歓迎です! 彼にお任せください!」
「えっ普通に何言ってんですか」
「そういうことでしたら、私がご案内しますよ」
 これが彼女の真の狙いか。山賊を退治してちゃっかり人助けをして、ちゃっかり依頼を受けて、ちゃっかり俺のトレーニングに使う。まったく計算高いというかなんと言うか⋯⋯
 わざわざ商人の彼に送ってもらって(本当にありがたい)、俺たちは山を少し進んだところにあった集落で降ろされた。住居はどれも朽ちかけていて裕福そうな村とは言えなかったが、途中見かけた人達の愛想の良さを見る限り活気までは失われていないようだった。
 馬車から降りて散策すると、『←セルロ村』と書かれた道標が地面に突き刺さっていた。
「セルロ村⋯⋯」
「へー、いいところだね。空気が美味しい」
「美味しいって⋯⋯そんなに変わるもんですか?」
「山の空気は澄んでるんだよ。ここはご飯も美味しそうだ」
「なんでご馳走してもらう前提なんですか⋯⋯」
「あはは⋯⋯」
 馬車を降りて早々腹黒い彼女の一面が垣間見えてしまったが、そこは今どうでもよくて。
「おや、坊やたち見ない顔だねぇ?」
 馬車の音で気づいたのか、民家から出てきた一人の年老いた女性が話しかけてきた。しわのある顔だったが、表情と口調は柔和な印象を受けた。
「はじめまして、俺は剣士のルフトです。彼に依頼を紹介してもらって来ました」
「冒険者かい、珍しいねぇ」
「どうも、お久しぶりです。ステラさん」
 商人の青年が少し前へ出る。
「ああ、久しぶりだねぇ。エリック。あんたが依頼を?」
「ええ。彼らに助けてもらったお礼に、紹介してほしいと頼まれたので。例の、アンデッド退治を」
 それを聞いた老婆は、少し表情を硬くして答えた。
「そうかい⋯⋯あれを頼んじまったかい」
「?⋯⋯ステラさん?」
「何でもないよ。ほら、冒険者のお二人さん、それからあんたもお茶を淹れてあげるから家へお入り」
「ありがとうございます」
「お邪魔しまーす!」
 俺と先輩がその家で束の間の休息をとっている間、エリックさんは殴られた馬車馬たちの手当てに勤しんでいた。まさかここで街で買った回復薬が役に立つとは思っていなかった。
 ⋯⋯ここまで彼女が初めから読めていたとしたら、俺は正直引く。
「そうかい、ずいぶんと遠い所から来たもんだねぇ」
「いえいえ、私たちも旅人ですし」
「⋯⋯ところで、そっちのお嬢さんはその耳、エルフかい?」
「はい。⋯⋯って言っても、まだ少ししか生きてない端くれ者ですけどね」
 まだまだ若いですよ、と愛らしい笑みで彼女は言う。実の所は彼女の実年齢が気になるところだが、長寿な種族であるエルフにそんなことを訊くのは野暮中の野暮だろう。俺は一度訊きかけたけど。
「お嬢さん、ここに来たことはあるかい? どうしてか、あなたとは初めて会った気がしなくてねぇ」
「確か⋯⋯前に何度か。おばあさんとも、どこかで会ってるかもしれませんね」
「不思議なもんだねぇ」
 しばし彼女の家で談笑したあと、俺たちは例の魔物が出る墓地の近くまで案内された。どうやら彼の言っていた通り、依頼はアンデッド退治らしい。⋯⋯アンデッドってどうやって倒すの?
「ここで、夜な夜な兵士の姿をしたアンデッドが現れるそうなんです。住人にはまだ直接被害は及んでいませんが、姿が姿だけに不安を煽るようで⋯⋯」
 エリックさんは、その人気のない墓地で淡々と依頼内容を告げた。その墓地――というか墓石が置かれた場所の付近は何者かによって雑草が刈り取られており、定期的に墓参りに訪れる人の存在を感じさせた。
「アンデッドか⋯⋯じゃあ夜まで待たないと出てこないね。どこかに泊めさせてもらおうか」
「そうしましょうか」
 といっても、俺には一晩でなんとかできるような自信はさらさらないのだが。
 その墓石の前に近づき、膝を折ってしゃがみこむ。墓石には「シュプリンガー」という名前が丁寧に刻まれていた。見たところ、それ以外の名前は刻まれていなかった。
 俺の隣で墓石を眺めていたハイル先輩が、疑問形で呟く。
「シュプリンガー⋯⋯?」
「先輩? どうかしましたか?」
「ううん、なんか聞き覚えのある名前だなって思っただけ。でもきっと人違いだよね⋯⋯」
 曖昧に答え、彼女は目線を落とした。
「先輩、今日なんかおかしくないですか?」
「え?」
 具体的に言えば、いつもより彼女の言い回しが回りくどくて曖昧だと思った。俺もまだ彼女のことを深く理解している訳ではないのだが(もしかしたらまだ一ミリも知らないのかもしれない)、何故か引っかかりを覚える。
 取り繕うような微笑みを溜息とともに捨て、彼女はいつになく小さな声で言った。
「⋯⋯弟子」
「はい?」
「――私の隠しごとはきっと、君はまだ知らない方がいいよ。君が、私の弟子でありたいと少しでも思うならね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

ゆとりある生活を異世界で

コロ
ファンタジー
とある世界の皇国 公爵家の長男坊は 少しばかりの異能を持っていて、それを不思議に思いながらも健やかに成長していた… それなりに頑張って生きていた俺は48歳 なかなか楽しい人生だと満喫していたら 交通事故でアッサリ逝ってもた…orz そんな俺を何気に興味を持って見ていた神様の一柱が 『楽しませてくれた礼をあげるよ』 とボーナスとして異世界でもう一つの人生を歩ませてくれる事に… それもチートまでくれて♪ ありがたやありがたや チート?強力なのがあります→使うとは言ってない   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 身体の状態(主に目)と相談しながら書くので遅筆になると思います 宜しくお付き合い下さい

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...