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第一章 追放…ギャンブル…果ての弟子入り
4.剣と魔法と脳筋エルフ
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剣を振った。
空気が薄く裂かれる音がした。
そしてまた剣を振る。さっきからこの動作を何回も繰り返している。無意味だ。
「うんうん、だいぶ良くなったよ」
「そうですかね⋯⋯?」
「まったく、師匠の言うことぐらい信用しなよ」
「師匠があなただから信用できないんですけどね」
足の甲をぐりぐり、と彼女に蹴られる。
「さあ、次は実践練習といこうか」
「あー帰りたい」帰る場所なんてないけどな。
彼女――ハイル先輩は周りの折れた木々を集め始める。両手が木材でいっぱいになったところで、彼女は五本ほどその木材を持ち出し、それぞれを地面に打ち込み始めた。杭として打ち込まれた木々は、やがて大きめの円を形作った。
そして不思議な杭のサークルができたところで、ようやく先輩が説明⋯⋯かと思いきや。
「はい、次の課題はこれ!」
「は?⋯⋯いやハイル先輩、なんですかこれ?」
「これはあれだよ。ほら、わかるでしょ?」
「早速説明を放棄するな」
「えー、仕方ないなぁ⋯⋯」
フィーリングで物事がうまく進むような仲だったら、俺は彼女の弟子になることを拒否などしていないだろう。ともかく、これは意味わからん。マジで。
「まずこの円の中心に立って⋯⋯」てくてく。
「剣を構えます。あ、これ見られてると緊張するね」
「ですねー」「雑だねー」「で?」
だいたい分かった(大嘘)から聞くまでもないけど。
「ここから、二秒以内にこの杭を全部斬るの」
ほえー、と思わず変な声が漏れる。
二秒ねー、はいはい。無理じゃね?
「簡単でしょ?」
「⋯⋯まあ、そうなんでしょうね」
「じゃあやってみようか、弟子リムシくん」
「死ぬほどダサいあだ名ですね」
弟子とゾウリムシが融合した特殊すぎるニックネームが爆誕してしまったところで。俺はとりあえず先輩の指示通りサークルの真ん中に立つ。
杭は目測で中心から半径三メートルは離れている。杭同士の距離はだいたい一メートル。走っていけば、なんとかなる距離とでも彼女は踏んだのだろう。
「数えるよー」
俺はうなずく。そして安物ながら頑丈なつくりの剣を構え、息を整える。
「よーい、どん!」
合図と同時に駆け出し、まず一本。そのまま切り返しで二本目。構え直して三本目⋯⋯
「しゅうりょー」
先輩の声。俺の手は止まった。
待て、今斬ったのはたった二本?
「意外と難しいですね」
「そう? でも二秒はちょっと短かったかな⋯⋯」
「いえ、まだなんとかできそうです」
「お、珍しくやる気だね。じゃあその意気でもう一回!」
二回、三回と繰り返しても、俺が二秒で斬れるのは最大で三本だった。繰り返していくうちに、疲労で足取りが悪くなっていく。次第に俺もムキになっていくものの、結果的に変わらない。悪循環だ。
「⋯⋯くっそ、もう一回!」
肩で息をする俺に、先輩は諭すように肩に手を添える。
「弟子くん、焦っちゃダメだよ」
「わかってます、でも⋯⋯」
「息切れがひどいね。休憩しようか」
「⋯⋯え?」
「休憩。疲れたでしょ?」
そんな人道的な時間を設けてくれるとは思っていなかったので、素直に驚く。意外とこういうところはまともなんだな、と勝手に失礼なことを思う。
というわけで、俺とハイル先輩は森の中の川辺に移動した。
澄んだ透明の水を手ですくって飲んでみる。やっぱり美味い。川の水は余計な風味がないから、喉が乾いたときには純粋に重宝する。思わず深い溜息が出る。
「川っていいよねー。心が豊かになる感じがする」
「そうですね」
「せっかくだし水浴びでもしようかな」
ブーツとソックスを脱ぎ、先輩は素足で水面をなぞる。スカートから伸びる白い脚が露わになる形だ。今更ながら、意外と脚長いなって思う。そう、彼女は「意外と」と言うべき一面が多いのだ。単に俺が過小評価してるだけな気もするけど。
「あ、もしかして私の生足にドキドキしてる?」アホか。
「その歳で何言ってんですか」
「歳でいじるの禁止! あと私はそこまで年老いてないから!」
「へーそうなんですかすみません」
まあ、エルフだから五百歳ぐらいまでは許容範囲なんだろう。多分。
でも外見上彼女は、十代後半の未熟な少女にしか見えない。不思議な話だ。
「青二才め、私に惚れても知らないぞー?」
「その心配は絶対にいりませんね」
アホめ。誰がこんな人⋯⋯
いや、悪く言いすぎか。外見だけ切り取ればの話だけど。
「まあ⋯⋯君とはそうならないだろうね。弟子だし」
「だから弟子じゃないですって⋯⋯」
「えー? まだこれでも私の弟子を拒否するの? じゃあどうしたら君を弟子にできるわけ? 装備だって買ってあげたのに⋯⋯」
「それを俺に訊きます?⋯⋯俺はただ、怖いんですよ。見ず知らずだった先輩にそれだけ恩を売られるのが」
本音を言えばそうだった。
助けたついでとはいえ、俺は彼女に木の実のスープしか与えていない。その見返りにしては彼女の厚意は筋違いな気がするのだ。いくら長い半生を送るエルフの暇つぶしとはいえ。
「⋯⋯それは、君が仲間に裏切られたから?」
「そうかもしれません。けどそれに甘える自分も俺は嫌いです」
「信じてほしいなぁ⋯⋯君を助けた私が、君を裏切るわけないのに」
「そりゃあまあ、そうですけど⋯⋯」
厚意を向けられた相手を疑うのは、失礼だろうか?
「さ、この話は置いといて。そろそろ修行の続きといこうか」
「⋯⋯ですね」
水面に水滴が落ちて音をたてた。
再び杭のサークルの中心に戻る。
頭でイメージしてみても、この五本を斬りながら走り回るのは無理がありそうだ。
「弟子くん」ハイル先輩の呼び声。
「はい?」
「この訓練はね、単に瞬発力を上げるための訓練じゃないんだよ」
「?⋯⋯それは、どういうことですか?」
「うーん⋯⋯そうだ、君魔法は使える?」
「え、まあ初級魔法くらいなら⋯⋯」
「じゃあなんとかなるね」
なんとかなるらしい。
魔力の少なめの剣士の俺が使えるのは、発火魔法、水を出す魔法、初級回復魔法、局所防御魔法の四つのみ。
これだけの組み合わせで、俺にこの杭たちを破壊できるのだろうか?
「うーん⋯⋯」
初級回復魔法《ヒール》と局所防御魔法は攻撃には使えないから却下として。残りの二つは?
「――発火魔法」
試しに指先に炎を出してみる。炎は俺の意思で自由に形を変えることができる。もちろん、その長さも。
⋯⋯ん、長さ?
待てよ、これを剣に使えば⋯⋯
剣先に発火魔法を使い、魔力消費を無視してその長さを一瞬限界まで伸ばす。やがてその全長は剣の刃の長さを越え、リーチはもとの約四倍ほどとなった。
「なるほど、そういうことですか⋯⋯」
中心から剣を真っ直ぐに向けると、その切っ先は丁度杭に届いた。でも今の火力では杭は焼き切れない。
「お、やってみる?」
「はい。お願いします」
「いっくよー! よーい、どん!」
瞬発的に拳に力を込め、剣に纏う炎を強化する。
この火力を保てるのは長くてあと一秒。
やるなら今だ。
「ハァッ!!」
身体全体をひねって、一回転。
剣先の炎が弧を描く。
その一瞬、俺はとてつもない手応えを感じた。
今まで感じたことのない、新しい種類の感覚。
「やったね。第一の試練クリアだよ」
「え、俺やりました?」
「うん。ほら、杭は全部君が斬ったんだよ」
見渡すと確かに、木の杭はすべて真っ二つに焼き切れていた。
それはまぎれもなく、俺が成したことだ。
瞬間的な火力に耐えきれなかったのか、安物の剣の刃は黒く焼け焦げていた。
「さて、今日はご褒美に何かご馳走様しようかな。君は何がいい?」
「俺、新しい剣が欲しいです。俺はもっと⋯⋯剣術を磨きたい」
「おー! 君がそう言ってくれると嬉しいな。いいよ、私のヘソクリも使って買ってあげる」
それが、俺にとっての第一歩だった。
空気が薄く裂かれる音がした。
そしてまた剣を振る。さっきからこの動作を何回も繰り返している。無意味だ。
「うんうん、だいぶ良くなったよ」
「そうですかね⋯⋯?」
「まったく、師匠の言うことぐらい信用しなよ」
「師匠があなただから信用できないんですけどね」
足の甲をぐりぐり、と彼女に蹴られる。
「さあ、次は実践練習といこうか」
「あー帰りたい」帰る場所なんてないけどな。
彼女――ハイル先輩は周りの折れた木々を集め始める。両手が木材でいっぱいになったところで、彼女は五本ほどその木材を持ち出し、それぞれを地面に打ち込み始めた。杭として打ち込まれた木々は、やがて大きめの円を形作った。
そして不思議な杭のサークルができたところで、ようやく先輩が説明⋯⋯かと思いきや。
「はい、次の課題はこれ!」
「は?⋯⋯いやハイル先輩、なんですかこれ?」
「これはあれだよ。ほら、わかるでしょ?」
「早速説明を放棄するな」
「えー、仕方ないなぁ⋯⋯」
フィーリングで物事がうまく進むような仲だったら、俺は彼女の弟子になることを拒否などしていないだろう。ともかく、これは意味わからん。マジで。
「まずこの円の中心に立って⋯⋯」てくてく。
「剣を構えます。あ、これ見られてると緊張するね」
「ですねー」「雑だねー」「で?」
だいたい分かった(大嘘)から聞くまでもないけど。
「ここから、二秒以内にこの杭を全部斬るの」
ほえー、と思わず変な声が漏れる。
二秒ねー、はいはい。無理じゃね?
「簡単でしょ?」
「⋯⋯まあ、そうなんでしょうね」
「じゃあやってみようか、弟子リムシくん」
「死ぬほどダサいあだ名ですね」
弟子とゾウリムシが融合した特殊すぎるニックネームが爆誕してしまったところで。俺はとりあえず先輩の指示通りサークルの真ん中に立つ。
杭は目測で中心から半径三メートルは離れている。杭同士の距離はだいたい一メートル。走っていけば、なんとかなる距離とでも彼女は踏んだのだろう。
「数えるよー」
俺はうなずく。そして安物ながら頑丈なつくりの剣を構え、息を整える。
「よーい、どん!」
合図と同時に駆け出し、まず一本。そのまま切り返しで二本目。構え直して三本目⋯⋯
「しゅうりょー」
先輩の声。俺の手は止まった。
待て、今斬ったのはたった二本?
「意外と難しいですね」
「そう? でも二秒はちょっと短かったかな⋯⋯」
「いえ、まだなんとかできそうです」
「お、珍しくやる気だね。じゃあその意気でもう一回!」
二回、三回と繰り返しても、俺が二秒で斬れるのは最大で三本だった。繰り返していくうちに、疲労で足取りが悪くなっていく。次第に俺もムキになっていくものの、結果的に変わらない。悪循環だ。
「⋯⋯くっそ、もう一回!」
肩で息をする俺に、先輩は諭すように肩に手を添える。
「弟子くん、焦っちゃダメだよ」
「わかってます、でも⋯⋯」
「息切れがひどいね。休憩しようか」
「⋯⋯え?」
「休憩。疲れたでしょ?」
そんな人道的な時間を設けてくれるとは思っていなかったので、素直に驚く。意外とこういうところはまともなんだな、と勝手に失礼なことを思う。
というわけで、俺とハイル先輩は森の中の川辺に移動した。
澄んだ透明の水を手ですくって飲んでみる。やっぱり美味い。川の水は余計な風味がないから、喉が乾いたときには純粋に重宝する。思わず深い溜息が出る。
「川っていいよねー。心が豊かになる感じがする」
「そうですね」
「せっかくだし水浴びでもしようかな」
ブーツとソックスを脱ぎ、先輩は素足で水面をなぞる。スカートから伸びる白い脚が露わになる形だ。今更ながら、意外と脚長いなって思う。そう、彼女は「意外と」と言うべき一面が多いのだ。単に俺が過小評価してるだけな気もするけど。
「あ、もしかして私の生足にドキドキしてる?」アホか。
「その歳で何言ってんですか」
「歳でいじるの禁止! あと私はそこまで年老いてないから!」
「へーそうなんですかすみません」
まあ、エルフだから五百歳ぐらいまでは許容範囲なんだろう。多分。
でも外見上彼女は、十代後半の未熟な少女にしか見えない。不思議な話だ。
「青二才め、私に惚れても知らないぞー?」
「その心配は絶対にいりませんね」
アホめ。誰がこんな人⋯⋯
いや、悪く言いすぎか。外見だけ切り取ればの話だけど。
「まあ⋯⋯君とはそうならないだろうね。弟子だし」
「だから弟子じゃないですって⋯⋯」
「えー? まだこれでも私の弟子を拒否するの? じゃあどうしたら君を弟子にできるわけ? 装備だって買ってあげたのに⋯⋯」
「それを俺に訊きます?⋯⋯俺はただ、怖いんですよ。見ず知らずだった先輩にそれだけ恩を売られるのが」
本音を言えばそうだった。
助けたついでとはいえ、俺は彼女に木の実のスープしか与えていない。その見返りにしては彼女の厚意は筋違いな気がするのだ。いくら長い半生を送るエルフの暇つぶしとはいえ。
「⋯⋯それは、君が仲間に裏切られたから?」
「そうかもしれません。けどそれに甘える自分も俺は嫌いです」
「信じてほしいなぁ⋯⋯君を助けた私が、君を裏切るわけないのに」
「そりゃあまあ、そうですけど⋯⋯」
厚意を向けられた相手を疑うのは、失礼だろうか?
「さ、この話は置いといて。そろそろ修行の続きといこうか」
「⋯⋯ですね」
水面に水滴が落ちて音をたてた。
再び杭のサークルの中心に戻る。
頭でイメージしてみても、この五本を斬りながら走り回るのは無理がありそうだ。
「弟子くん」ハイル先輩の呼び声。
「はい?」
「この訓練はね、単に瞬発力を上げるための訓練じゃないんだよ」
「?⋯⋯それは、どういうことですか?」
「うーん⋯⋯そうだ、君魔法は使える?」
「え、まあ初級魔法くらいなら⋯⋯」
「じゃあなんとかなるね」
なんとかなるらしい。
魔力の少なめの剣士の俺が使えるのは、発火魔法、水を出す魔法、初級回復魔法、局所防御魔法の四つのみ。
これだけの組み合わせで、俺にこの杭たちを破壊できるのだろうか?
「うーん⋯⋯」
初級回復魔法《ヒール》と局所防御魔法は攻撃には使えないから却下として。残りの二つは?
「――発火魔法」
試しに指先に炎を出してみる。炎は俺の意思で自由に形を変えることができる。もちろん、その長さも。
⋯⋯ん、長さ?
待てよ、これを剣に使えば⋯⋯
剣先に発火魔法を使い、魔力消費を無視してその長さを一瞬限界まで伸ばす。やがてその全長は剣の刃の長さを越え、リーチはもとの約四倍ほどとなった。
「なるほど、そういうことですか⋯⋯」
中心から剣を真っ直ぐに向けると、その切っ先は丁度杭に届いた。でも今の火力では杭は焼き切れない。
「お、やってみる?」
「はい。お願いします」
「いっくよー! よーい、どん!」
瞬発的に拳に力を込め、剣に纏う炎を強化する。
この火力を保てるのは長くてあと一秒。
やるなら今だ。
「ハァッ!!」
身体全体をひねって、一回転。
剣先の炎が弧を描く。
その一瞬、俺はとてつもない手応えを感じた。
今まで感じたことのない、新しい種類の感覚。
「やったね。第一の試練クリアだよ」
「え、俺やりました?」
「うん。ほら、杭は全部君が斬ったんだよ」
見渡すと確かに、木の杭はすべて真っ二つに焼き切れていた。
それはまぎれもなく、俺が成したことだ。
瞬間的な火力に耐えきれなかったのか、安物の剣の刃は黒く焼け焦げていた。
「さて、今日はご褒美に何かご馳走様しようかな。君は何がいい?」
「俺、新しい剣が欲しいです。俺はもっと⋯⋯剣術を磨きたい」
「おー! 君がそう言ってくれると嬉しいな。いいよ、私のヘソクリも使って買ってあげる」
それが、俺にとっての第一歩だった。
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