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第一章 追放…ギャンブル…果ての弟子入り

3.願い下げです

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「あのー、ハイル先輩?」
「んー⋯⋯?」
 んー?じゃねえ。朝っぱらからこの人は果物屋の前で一体何をしてるんだ?
「このアラフォーエルフ⋯⋯」
「今なんか言った? 私は今フルーツの目利きで忙しいの」
 こいつ。俺の気を引くための変なあだ名付けをスルーしやがった。どんなサイキョーメンタルだよ。あとフルーツの目利きってどんなスキルなんだ。
「あと私はアラフォーじゃないよ」
 聞こえてたか。地獄耳め。あと、ツッコみたいところはもう一つ。
「昨日『今夜だけ』って言ったのはどなたでしたっけ? なんで今日も俺を連れ回そうとしてるんです?」
 そう、昨日はあのあと食堂で一晩明かしたわけなんだが……
 ――帰っちゃだめ!
 三十回ぐらい彼女にそう引き留められて、果てにはお酒まで勧められて(未成年飲酒は法律で禁止されているので断ったが)…………それで結局いまに至る。
「別にいいじゃない。私も今日はヒマ、君も今日はヒマ。暇人同士仲良くやろうよ」
「誰が暇人だ⋯⋯だからってあんたと行動する義理は――」
「あ、そうだ! 今日は君に服を買ってあげるよ!」
「わかりやすく金で釣るのはやめろ⋯⋯」
 そしてこいつの資金源が謎なのだが。
 一人のためにこれだけ散財できるエルフなど、どこぞの賞金獲りとしか思えないのだが?
「そうと決まったら、次は服屋だね」
「あ、もう俺に決定権はないんですね」
「よーし、今日も散財だ♪」
「もう勝手にしろ⋯⋯」
 というわけで。昨夜出会ったこのよくわからない美少女エルフのハイライトさんに俺は未だに振り回されていたのだった。「今夜だけ」という確約などクソ喰らえということらしい。
 まさか次の日まで付き合うことになるとは。
 そしてついでに言うと、昨日散々笑われたせいで俺は彼女のことを若干ウザく感じてきていたのだった。俺も器がそこまで小さいわけではないので根に持ってはいないが。
「うーん、君にはどんな服が似合うかな⋯⋯」
 気づくと俺はもう彼女と服屋に居着いていた。逃さないとでも言わんばかりに、俺の手首は彼女に握られている。彼女のノリに流されるとロクなことがなさそうだ。
「ん、一応訊くけど君男の子だよね?」
「そうですけど⋯⋯」
「男の娘ではないんだよね?」
「なんの確認だよ」
「おっけー了解。じゃあメイド服でも買っておこうか」
「そんな暴挙がまかり通ると思うなよ」
 冗談冗談、と笑いながら彼女はメイド服を戻しに行く。俺が拒否していなかったらとっくに試着室に入れられていたことだろう。ほんとに勢いだけで生きているような人だ。
「おー、なかなか似合うね」
「⋯⋯意外とセンスがまともで何も言えない」
 十六歳のほぼクソガキレベルの俺でも様になる、そんなちゃんとした剣士っぽいコーディネート。この人にこんな服選びのセンスがあったことが意外でならない。
「お会計しよっか。もちろんお代は私持ちで」
「あなたに借りが増えるのが結構怖いんですけど」
「大丈夫だよ。私のでs⋯⋯付いてきてくれればね」
「⋯⋯」
 もう何も言うまい。
「さてと、となると次は武器屋だね」
「ちょっと待ってください」
「ほ?」
「うまい具合に俺を弟子にしようとしてませんか?」
「思ってないよ。まず君に形から入ってもらおうなんて思ってないよ」
「なんて正直な口だ⋯⋯」
 武器屋に行こうとしている時点でバレバレだけど。
「君だって、嫌なら逃げればいいんだよ。私から逃げられるかは別として」
「サラッと怖いこと言わないでください⋯⋯あと俺は金を人質に取られてるから後々が怖いんですよ」
「お金のトラブルは怖いからねー。さすが元ギャンブラーだよ」
 ここまでこの人に借りが増えてしまうと、もう逃げられない気もするけど⋯⋯まあいいか。

「さて、これで理想の弟子が完成したところで⋯⋯修行編スタートといこうか」
 結局武器屋で安めな剣を買ってもらって、無事俺は初級冒険者としての外見を獲得したのだった。物事はもう彼女の思うがままに進んでいる。もう俺に拒否権という切り札は存在しない。
「一応言っときますけど」
「うん?」
「俺はあなたの弟子になんてなりませんよ」
「え~、なんでさー」ムスッ。
「あなたに弟子入りした時点で、俺は人間として地に落ちる気がするんですよ」
「ふふふ、それはどういう意味かな? ゾウリムシくん」怖い怖い目が怖い。
 いや、まだ俺はゾウリムシなのか?
 というかなぜ俺はゾウリムシなのだ?
「もぉ⋯⋯見返したくないの? 君を追放したパーティメンバーをさ」
「そんなこと、無意味ですよ。どうせもう俺はあいつらに必要とされる存在にはなれないんですから……」
 そして実際は、俺はあいつらと喧嘩別れしたようなもんだ。
「ふーん、向上心がないね君は」
「なんとでも言ってください」
「んー、じゃあもうさ、私の暇つぶしに付き合うと思ってよ。私を助けるつもりで。お願い!」
 なんでそこまでして俺を弟子にしたいのか、なんて質問は野暮中の野暮だろう。もうここまでお膳立てされてるからには、断る理由もなにもない気もしてきてしまう。思い切って付き合ってみるか。
「わかりましたよ⋯⋯弟子にはなりませんけど」
「ありがと。君は呑み込みが早くて助かるよ」
「ヤケになっただけです」
「さ、まずは剣を握ってみて。私が一から教えるから」
「はいはい⋯⋯」
 多少やり方は強引だが、彼女の妙なやる気には押し切られざるを得ないのだ。
 ……どんだけ暇なんだよって話だけど。
「うーん、なんか違うような⋯⋯」
「何がですか」
「なんか、こう、剣筋が良くないの。無駄な動きが多いって言うか⋯⋯」
「はぁ⋯⋯」
「私、人に教えるの苦手なのかも」
「じゃあ師匠には向いてないですね」
 全然大丈夫じゃなかった。
 きっと生粋の天才肌か、生粋の脳筋か、どっちかなのだろう。たぶん後者。
「とりあえず私が手本を見せてあげるか⋯⋯」
 彼女は背中に携えた大きな長剣を抜刀し、おもむろに構える。
「ちょっと離れてて。でもちゃんと見ててね」
「はい」
 俺は彼女から三メートルくらい離れたところに立った。もういっそこのまま逃げてもいいのだが。
「いくよー」
 剣の切っ先を天に向けて、彼女は直立不動なまま剣を振り下ろす⋯⋯ように俺には見えた。
 だが現実は違った。その一瞬で、彼女は周囲の木々をなぎ倒していた。なんでまた木を斬りたがるのか。
「わかった?」
「いいえ」
 わかってたまるか。

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