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王都編

36.デートはいつも突然に

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 うーん、どうしてこうなったのだろう⋯⋯?
 僕はどうして今彼女と一緒にいるのだろう?
 まあ、そんなことをここで考えるだけ野暮だな。
「⋯⋯それで、急にデートなんて言い出したのはなんで?」
 考えても分からないので、とりあえず訊いてみる。
 何しろ、僕の隣を歩く魔法使いの彼女――ルシアは僕とそこまで接点があるわけでもなければ、話した回数だってまだ少ないのだ。なのに一体どうして僕をデートに誘ったのか。よく分からん。
「それは⋯⋯普通私に訊く?」確かに。
「そうだよね。理由なんて、一つか」
「そうだよ。乙女心がわかってないなぁ~」
 実際わからないのだから仕方ない。
「でも、ほんとに僕でよかったの? もっと誰か相応しい人がいると思うけど」
「それは謙虚すぎだよ。私は君がいいから誘ったの」
「ふむ⋯⋯」
「そんなに疑わしいなら、手でも繋ぐ? 誘ったのは私だから、遠慮しないでいいよ」
「⋯⋯遠慮しとくよ。色々早い気がするし」
「そっか、残念。じゃあほら、まずは雑貨屋でも行かない? 私欲しいものがあるから」
 彼女に手を引かれて、僕は城の門から下へと続く階段を駆け下りた。仕事も中断してきたし、これじゃまるで駆け落ちだ。あとでリーファに殺されるかもしれないな。南無三。
「そうそう、これ! この髪飾り、前から欲しかったの」
 それを手に取り、試しに髪に当ててみる彼女。「どうかな?」
「似合うと思う。綺麗だよ」
「ほんとに? 嬉しいな~」
 えへへ、と天真爛漫は笑みを浮かべる彼女は、どこか僕の記憶の奥底にあるものを呼び起こさせる。どこか彼女には、僕の幼馴染である美恋の面影を感じてしまうのだ。女の子をそんな風に見るのは失礼かもしれないな、とあとで気づく。
「言ってくれれば僕が払ったのに⋯⋯」
「いいよ、申し訳ないもん。ただでさえ私が無理言って連れてきちゃってるんだから」
「そういうのは気にしないでいいよ。さて、次はどこへ行く?」
「ケイくんがやる気になってくれてよかった~。えっと、次はね⋯⋯」
 その後、僕たちは露天商の並べる不思議な石を眺めたり、いかにもな水晶持ちの占い師に運勢をそれっぽく占ってもらったり、魔法で生み出した炎を使って派手なパーフォーマンスをする大道芸人を観たりして過ごした。
 僕が想定していた時間より、それは妙にあっという間に過ぎていった。
 その間も、僕はルシアの挙動一つ一つにどこか懐かしさを感じていた。そのおかげか、僕は彼女に振り回されるのもまったく苦ではなかったし、むしろ心地よいテンポで物事が進んでいくようだった。
「ん~、おいし~!」
「口に合ってよかった。君が何が好きなのかわからなかったから、安心したよ」
「うん、ありがとう。とっても美味しい!」
 歩き疲れた様子の彼女は、僕が買ってきたマフィンを美味しそうに食べている。そして僕はその姿で唐突にエルのことを思い出したりする。
 エルは今頃、どこで何をしているんだろう。
「⋯⋯ところで、だいぶ城から離れたとこまで来たね」
「うん、そうだね」
 その彼女の笑みには、どこか影がある気がしていた。
「⋯⋯ここなら、いいかな」
「ん、何が?」
「ねぇ、ケイくん」
 うつむき加減に、ルシアは僕に呼びかける。
「今からちょっと変なこと訊くね。⋯⋯君は、もし今ここで死んだら後悔する?」
「え⋯⋯?」
「そうなるのも無理ないよね。でも、私は今日この話をしに君をデートに誘ったの」
「話って?」

「――今日、君は城で殺されるはずだったの」

 突然、僕の周りから音が消えてしまったような感覚に襲われた。でもそれはほんの一瞬で、頭で理解した瞬間に終わっていた。
「それは、君のパーティメンバーだった『彼』と関係がある?」
「判ってたんだね⋯⋯」
「『彼』と僕が城で接触するのを防ぐために、君は僕を連れ出した。僕が今考えたのはここまで」
「おおむね正解だよ。さすがに暗殺者さんは鋭いね」
 彼女はそう言っているが、事態は少し違う。
 僕も僕で、そのリスクを脳から除外して生きてきたから。
 あの日、あの森で、「彼」の心に僕に対する憎しみが植え付けられるのを僕は嫌というほど理解した。僕は「彼」の仲間を間接的に見殺しにした。それを忘れたわけではなかったはずなのに。
「今日、リヒトは騎士団の遠征から帰ってきたの。リヒトはきっと君が城にいることは知らないだろうけど、それを知るのも時間の問題だからね。リヒトは、やると決めたら一切迷わないタイプだったから」
「そうか、じゃあ僕は本当に復讐されるはずだったんだね」
「うん、だから今日君にする必要があったの。リヒトとは絶対に会わないでほしい、って」
「わかった。あと、さっきの質問の答えだけど⋯⋯」
 あのときとは違う答え。
 生きる原動力を得た僕が選んだその答え。
「僕はまだ死ねない。死ぬわけには、いかない。あのときとは抱えているものが違うし、僕が死んだら『無責任だ』って僕を責める人がきっといるから」
「⋯⋯そっか。そうだよね。私もその一人だから、君の気持ちはよくわかるよ」
 彼女は僕に笑いかけた。それは僕を勇気づけるための笑顔だったのかもしれない。
「リヒトもきっと、上官の命令に反することはしないだろうから。だから、極力彼とは会わないように残りの日数を過ごして。私からも説得するから」
「ありがとう。僕を助けてくれて」
「いいよ。それに、これが私にできる精一杯の恩返しだからね」
 そこまで話し終えたところで、日が暮れる前に僕らは城へ戻ることにした。門の前まで来たところで、彼女は別れ際にこう切り出した。
「今日はほんとにありがとう。私のワガママに付き合ってくれて」
「ワガママじゃないでしょ。君は現に僕を助けてくれたんだから」
「ううん、半分くらいはワガママだよ。言ったでしょ? 私は君がいいからデートに誘ったの」
「そう、なの⋯⋯?」
「ふふ、今日は久々に楽しかったよ。ありがと。じゃあ、またね」
「うん、また」
 僕は別れ際、やはり彼女との関係は曖昧なままでいいんだろう、とさえ思っていた。これ以上どちらかが歩み寄る必要もなければ、この関係を断ち切る必要もない。今はただ、このぬるま湯のような関係が心地よかった。
 僕はその後、何事もなく仕事部屋に戻り、当然のようにリーファに叱られ、残業を終えたあとで眠りについた。「彼」に憎しみの念を抱かれていることすら、意識の隅に追いやっていた。

 僕はまだ何かを見落としている。
 僕の見立ては本当に甘いのだ。
 は、もたらす可能性すら「彼」もろとも意識の外だった。
 このときの僕に今の僕が一つ助言をするならば、それは一つに限られる。
「今、僕の中には誰がいる?」

 
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