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王都編

32.忘れてください

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「にゃぁああああああああ!!」
 朝早く、僕はそんな悲鳴を耳元で聞いて目を覚ました。起き上がって目を擦っていると、なぜか頬を鋭いもので引っかかれる。
「いったぁ⋯⋯な、なに!?」
「ななな、なんでお兄さんが私のベッドにいるんですか!? 変態! ロリコン!」
「はぁ? いやなんで僕が⋯⋯」
 慌てて辺りを見渡してみると、そこは確かにリーファの寝床⋯⋯ではなく。
「ここ、僕のベッドだけど⋯⋯」
「へ?」
 突き刺すような目を元に戻し、リーファも部屋を隅から隅まで眺め回す。そしてようやく気づいたのか、きょとんとした顔で僕を見つめる。
「えっと、じゃあ今私がここにいるのは⋯⋯」
「寝ぼけて部屋を間違えたとか、そういうことじゃない? ま、間違いは誰にでもあるよ」
「あ、え⋯⋯はい」
 よほど衝撃だったのか、至極腑に落ちない表情を浮かべたまま彼女はベッドに座り込んで硬直した。 
 するとしばらくして、服のポケットから応急処置用の絆創膏のようなものを取り出して、僕の引っかかれた頬に貼った。
「⋯⋯すみません、取り乱しました」
「うん。でも僕は大丈夫だから⋯⋯」
 処置を終えて、彼女は至って普通に僕に背を向けて部屋を出ていった。
 確かに昨日は彼女も夜遅くまでレポートの処理をしていたし、僕も何杯コーヒーを注いだか覚えていない。働きすぎるとこういうこともあるよな、と僕は勝手に納得し始めた。
 彼女と入れ違いで、今度はエルがドアを開けて入る。
「ケイ、朝ごはん行こう?」
「⋯⋯」
「ケイ?」
「あ、ごめんね。すぐ行く」
 黒い正装に着替えて、僕は食堂へ向かった。
 この宿舎では、朝昼晩食堂でとることもできれば、勝手に街へ出て外食もできるらしい。もちろん僕は外出には許可証プラス監視の同伴が必要だけど。
 とりあえず、無難な朝食セットを受け取ってエルとテーブルにつく。無難に牛乳なんかもつけて。
「お仕事、忙しいの?」
「うん。でも楽しいっちゃ楽しいかな」
「そっか、よかった」
 わかってる。僕がいない間、エルはずっと寂しい思いをしてることくらい。出会ったあのときから、僕は彼女のために生きるなんて約束したくせに。 
 「忙しいの?」なんて彼女に言わせてしまう僕は、やっぱり他人の人生まで抱えて生きていくなんておこがましいくらいに無責任で嘘つきなんだ。
「エルは? 最近何してるの?」
「街へ出かけたり、森で魔物を退治したり、お城の高いところで景色を眺めたりしてるかな。人には迷惑はかけてないよ。ここは意外と暇しないから⋯⋯」
「楽しそうだね。安心した」
「⋯⋯でも、ケイがいないと寂しい。これまで一人でいて寂しいなんて思ったことなかったのに」
「エル、ごめん。本当にごめん」
「いいよ。私は一人でも慣れてるから⋯⋯」
 そうは言っても、その表情からはわずかにさびしさが滲み出ている。出会った頃より表情が増えた分、そういった感情が僕を苦しめることも増えた。
「でも、僕にできることがあったら何でも言って。こうなったのは全部僕が悪いから」
「うん、ありがとう。⋯⋯じゃあ、だからと言ってはなんだけど⋯⋯撫でて?」
「どこを?」
「頭だよ。そこ以外は⋯⋯だめ」
「わかった」
 早々に朝ごはんを食べ終えた僕は、彼女の隣に座って頭を撫でてあげた。相変わらずケモ耳の感触が気持ちいい。エルも嬉しそうに目を閉じながら毛並みのいいしっぽをぶんぶん振っている。可愛い。
「ケイ、今朝部屋から出て行ったあの子⋯⋯何かあったの?」
「ぎくっ⋯⋯」
「顔真っ赤だったよ?」
「そ、そうなんだ⋯⋯」
 いや、そんなじっと見つめられても。僕は無実無根なわけで⋯⋯
「ケイー?」
「あ、そろそろお仕事の時間だから行かないと⋯⋯」
「えっ⋯⋯」
「エル、僕の仕事が終わったらまた三人で旅しよう。約束する」
「う、うん⋯⋯」
「じゃ、また」
 僕にできる最大限の笑顔で彼女にそう言ったあと、僕はその場をあとにした。

「先生、今日の仕事は?」
「今日は⋯⋯そうですね、街に買い出しに行ったあと、ついでに患者さんの経過観察に行くつもりでいます。当然、お兄さんにも付き合ってもらいますよ」
「もちろん。じゃあ、準備しとくね」
「はい。あと五分で出ますから」
 朝にあんなことがあっても、彼女のやり取りは普段と変わらなかった。ただし僕と目を合わせてくれなかったけど。
 僕と彼女は許可証を見せ城の門を出て、外の街に出た。僕が以前入り浸っていたあの街とは比較にならないほど活気にあふれていて、至るところに大道芸人や露天商の姿があった。ただふらふら歩いているだけでも新しい発見があるような、都市らしい町並みだった。
 そこで僕らは備蓄用の食料や、注文されていた書籍などを買って回った。
「これ⋯⋯トマト? だったらどれがいいんだろう⋯⋯」
「どれでもいいです。早く買ってください」
「はいはい。すみません、これください」
 この世界の野菜や果実は、現実と形は似ているようで似ていない。食べれるからいいんだけど。
「⋯⋯お兄さん、」
「なに?」
「今朝のことは、なるべく早く忘れてください」
「今朝? なんのこと?」もちろん、しらばっくれているだけだ。
「あれ、もう忘れたんですか?」
「何を言ってるかわからないなぁ⋯⋯」
「それはそれで心配なんですけど⋯⋯。あの、本当に忘れたんですか?」
「ナ、ナンノコトカナ⋯⋯?」
「お兄さん⋯⋯?」
 今日は何かと女の子に疑いの目で見られるな。厄日か? 厄日か何かか?
 リーファはおもむろにバッグから一本の注射器を取り出す。
「ここに記憶の一部を消す薬があるんですが⋯⋯。お兄さんはどうされたいですか?」
「それって、僕に選択権はあるのかな?」
「ある訳ないじゃないですか」
 後ずさりする僕を追うように、じりじりと近づく彼女。注射針から液体がしたたり落ちる。
「逃げる気ですか? お兄さん⋯⋯困りますね」
「これでも僕は一応暗殺者だからね。その気になれば君の監視をかいくぐって逃げることだってできるんだから⋯⋯」
「やってみます? 国と鬼ごっこ、楽しそうですね」
 サディスティックな笑みを浮かべて、隙を見て逃げ出した僕に彼女は瞬時に追いつく。執念がすごい。
 絶体絶命のピンチ。⋯⋯そんなとき、
「――あ、あのすみません! 王都の医療班の方ですよね?」
「はい、そうですけど⋯⋯」
 僕に壁ドンして注射針を向ける彼女は、振り向いてその人に受け答えをする。
「急患です! すぐそこに住むウィルターさんの容態が急変して、回復魔法を使える人が必要で⋯⋯」
「⋯⋯チッ。すぐに向かいます。案内してください」
「えっ今舌打ちしたよね?」
「お兄さんも行きますよ!」
 嫌な予感。


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