上 下
33 / 53
王都編

31.冒険者?⋯⋯いや、労働者だ

しおりを挟む
「ここの書類ください」
「りょ、了解⋯⋯。あれ、どれだっけ⋯⋯」
「あと三十秒以内に探さないと、夕食が半分になりますよー?」
「うわぁああああ!!」
 大急ぎで棚を漁る僕と、醒めた目でデスクに頬杖をつくリーファ。それは令嬢と従者などという甘々な関係ではなく、さながら女王と社畜もしくは奴隷だ。
 僕は冒険者から労働者に転職した。
「さーん、にーい、いー⋯⋯」
「滑り込みセーフ!!」
「自分で言います? それ。でもまあいいでしょう」
「やった、間に合った⋯⋯」
「そろそろお兄さんも休憩でいいですよ」
「わかった。⋯⋯でも、君はいいの?」
「私は大丈夫です。ご心配なく」
 そう言ってリーファは目の前の書類を眺め始める。僕も邪魔をしては悪いと思ったので早々に退散した。
 三日ほど働いてみて思ったことがある。
 ――彼女、働きすぎでは?
 昨日から彼女はほとんどデスクを離れていないし、離れたとしても患者や被験者の経過観察や診察に行ったりしている。最低限の生活の他にはほとんどの時間を仕事に費やしているようだ。
 それなのに目の下に隈もなく(睡眠は割ととっているみたい)、疲れた様子も見せない彼女は多分異常だ。
 まさかあの歳でワーカホリックなんて有り得るのか?
「ご心配なく、か⋯⋯」
 邪魔になるのはわかってるけど、彼女の身体が心配になる。
 明らかに働きすぎの彼女をねぎらういい方法はないものか、と逡巡しながら僕はとりあえず城の中をブラブラ歩いていた。
 セオは騎士団の合同演習に特別に参加させてもらって不在だし、エルは王都を自由に歩き回っていて宿舎以外ではなかなか会えない。
「何かいい方法は⋯⋯⋯⋯いてっ、あ、すみません!」
 上を向いて歩きすぎたせいで正面からくる誰かとぶつかった。「上を向いて歩こう」なんて廊下でするもんじゃないな。
「あら? あのときの坊やじゃない」
「えっと、貴方は確か⋯⋯」
「魔法研究部門のシャーロットよ。坊やは何か考えごと?」
「ええ、ちょっと」
「そう、それなら話だけでも聞かせてくれないかしら? 坊やも休み時間でしょう?」
 妖艶な笑みを浮かべる彼女に連れられて、僕は城の休憩所まで移動した。そこでは城で働く人が自由に飲み物が飲めるシステムになっており、僕も彼女と同じハーブティーを注いでスツールに座った。
「それで? 坊やの悩み事は?」
「それが⋯⋯」
 僕は事情があまり大事おおごとにならない程度に彼女に話した。
「そう⋯⋯。やっぱりあの子は⋯⋯」
「居候の僕が口出しできる問題じゃないのは、わかってるんです。僕がこうやって心配するのもお節介だってことも。それでも、放っておけないというか」
「坊やが心配するのは悪いことじゃないわ。坊やを心配させるリーファちゃんにも非はあるもの。⋯⋯でも、あの子は今まで誰が何を言おうと変わらなかった。何かに脅されるように、壊れるまで頑張り続けちゃうの」
「壊れるまで、ですか⋯⋯」
「あ、でも言い忘れていたけど、あの子はああ見えて坊やより歳上よ?」
「え?」
 今なんて? 見た感じ十代前半くらいの彼女が、僕より歳上? どゆこと⋯⋯
「まあ驚くのも無理ないわね。でもあの子は私の知る限りでは六年くらいはあの姿のまま。ほんとに羨ましいわ」
「え、じゃあ彼女実年齢は⋯⋯」
「それは私も知らないわ。でも絶対本人に訊いちゃ駄目よ? 最悪一週間薬で眠らされる羽目になるから」
「ひぇっ⋯⋯」
「ふふ。あの子はね、色々ワケありなのよ。坊やと一緒でね」
 動揺しまくる僕とは対照的に、彼女は優雅にカップのハーブティーをすする。これが大人の余裕というやつか。
「でも、どうしても心配だっていうなら⋯⋯紅茶でも出してあげるのがいいんじゃないかしら? あの子自分じゃ面倒くさがって水しか飲まないから」
「そうすることにします。確かにそれなら邪魔じゃないですからね」
「それがいいわね。あの子も人の厚意を無下にするような子じゃないから」
「はい! 貴重なご意見ありがとうございました。参考にさせていただきます!」
「ええ。私もそんな優しい坊やが大好きよ」
 去り際に彼女はそう言って、カップを片付けていった。僕も時間を確認してハーブティーの残りを啜った。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯大好き?」

 ・・・

 休憩時間終了の十分前くらいに、僕は医療部門の仕事場に戻った。
「あれ、もう戻ってきたんですか?」
「はい。僕も時間を持て余してしまって⋯⋯」
「そうですか。まあこの辺は特に何もないですからね」
 ものすごいスピードで書類を読み進めながら、彼女は僕に受け答えをする。仕事のしすぎで仕事が無意識にできるのか、それとも僕との会話に頭を使っていないのか。後者だとすごく悲しい。
 そう思いつつ、僕は適当なカップを引っ張り出して熱めの紅茶を注いでいた。
「先生、どうぞ」
「これは?」
「紅茶です。少しでも気休めになればと」
「はぁ⋯⋯まあ、ありがたくいただきます⋯⋯」
 不思議そうにカップの底を見つめながら、彼女は不承不承紅茶を冷まして飲む。⋯⋯が、
「⋯⋯あっつ、」
「あれ、熱かったですか?」
「死ぬほど熱いです。お兄さん私に何か恨みでもあるんですか?」
「先生が猫舌だからじゃないですかね? ちょっと貸してください」
 うーん。確かにそこまでの熱さではないと思うんだけど、当の本人は恨めしそうに涙ぐんでいる。
 念のため僕も一口飲んでみた。
「え? いやあの⋯⋯何してるんですか?」
「何って⋯⋯あ! すみません、先生もやっぱりこういうの気にするタイプですよね。すぐに取り替えます⋯⋯」
「む⋯⋯別に気にしません。返してください」
 珍しく顔を赤くして、彼女は僕からカップを奪い取る。こういう一面があるのもちょっと意外だ。
「じゃあ、冷めないうちに飲んでくださいね」
「うるさいです。⋯⋯というか、さっきから気になってたんですけど、何で急にお兄さんまで敬語なんですか? あと『先生』ってなんですか?」
「いや、僕も最低限の敬意を払った方がいいかなと⋯⋯」
「あなたの敬意なんて要りません。大体すごく気持ちわる⋯⋯」
 うつむいたまま一向にカップに口をつけずぐるぐるかき混ぜる彼女は、何かに思い至ったように手を止めた。
 あと絶対今「気持ち悪い」って言おうとした⋯⋯
「待って、聞いたんですか!? 誰かに私のこと!」
「え、まあ⋯⋯シャーロットさんに」
「最悪です⋯⋯。あの人も余計なことを⋯⋯」
「?」
「とにかく! お兄さんは敬語はやめてください。私に敬意なんて向けなくていいです。あ、でも『先生』呼びは許します」
「わかっ、た。リーファ先生」
「わかったのなら早く仕事に戻ってください。邪魔です」
「はいはい」
 あっち行け、のジェスチャーをされては僕もこの場をあとにせざるを得ない。大人しく地獄の薬品管理へ戻る。
「このカップどうしたら⋯⋯」
「ケイ、居る?」
「あ、エルさん丁度いいところに! この紅茶あげます」
「?⋯⋯いいの?」
「はい。私は飲めないので。それじゃあ!」
 ⋯⋯。
「⋯⋯おいしい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景
ファンタジー
 クラスメイトと共に異世界に召喚された主人公、清田京助。これから冒険譚が始まる――と思った矢先、とある発言により城から追い出されてしまった。  それにめげず「AG」として異世界を渡り歩いていく京助。このままのんびりスローライフでも――なんて考えていたはずなのに、「神器」を手に入れ人もやめることになってしまう!? 「OK、分かった面倒くさい。皆まとめて俺の経験値にしてやるよ」  そうして京助を待ち受けるのは、勇者、魔王、覇王。神様、魔法使い、悪魔にドラゴン。そして変身ヒーローに巨大ロボット! なんでもありの大戦争! 本当に強い奴を決めようぜ! 何人もの主人公が乱立する中、果たして京助は最後まで戦い抜くことが出来るのか。  京助が神から与えられた力は「槍を上手く扱える」能力とほんの少しの心の強さのみ! これは「槍使い」として召喚された少年が、異世界で真の「自由」を手に入れるための救世主伝説! *ストックが無くなったので、毎週月曜日12時更新です。 *序盤のみテンプレですが、中盤以降ガッツリ群像劇になっていきます。 *この作品は未成年者の喫煙を推奨するモノではありません。

処理中です...